八十八夜を前に「ほうじ茶が消える」…購入制限の茶舗が続々 “世界に見つかった”だけじゃない切実な事情
「夏も近づく八十八夜」――。立春から数えて88日目、例年5月初旬は新茶の摘み取りが始まる目安とされる。2026年の「八十八夜」は5月2日にあたる。新茶シーズンを目前に控えたこの時期は、本来であれば店頭がにぎわい始めるタイミングだ。ところが今、静かな異変が起きている。香ばしい風味で親しまれてきた庶民の味「ほうじ茶」が、手に入りにくくなっているのだ。
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【写真を見る】世界のインフルエンサーたちに溺愛されるほうじ茶(主にラテ)。インスタ「#houjicha」の投稿は7.5万件にのぼり“モデル級美女”の姿も
京都の老舗「一保堂茶舗」では、ほうじ茶の一部商品に1人1個の購入制限を設け、また「極上ほうじ茶200g袋」「くきほうじ茶200g袋」など大袋商品の販売を休止。公式サイトでは、《お茶を取り巻く状況と番茶類の販売制限についてのご案内》として、原料となる茶葉の不足や需要の急増により、安定供給が難しくなっている状況の説明がなされている。

この他にも中小や通販系の茶舗でほうじ茶の「終売」「販売終了」が相次いでおり、新茶の季節となっても、ほうじ茶には復活の兆しが見えてこない。
「日常使いのお茶」として広く親しまれてきたほうじ茶に、なぜこのような事態が起きているのだろうか。
“庶民のお茶”が奪い合いに
背景には、想像以上にグローバルな「お茶需要の変化」があった。創業昭和33年の老舗茶舗「神楽坂銘茶 楽山」店主・齋藤昭人氏に話を聞いた。
「欧米、特にフランスでは、抹茶の価格が高騰しています。中東の富裕層にも抹茶の価値が波及しており、言ってしまえば数十億人規模。抹茶市場は常に品薄状態となっているんです。そんな抹茶人気の流れを受け、ほうじ茶が世界に見つかってしまった、といったところでしょうか」
ご存じの通り、抹茶は苦みや滋味がある。もちろんそれを好む海外の愛好者も多いが、1グラムあたり約30ミリグラムのカフェインを含む。しかも高価だ。
それに比べて、ほうじ茶はナッツ・キャラメル系の香ばしさがあり、とくに西洋人にとっては、コーヒーやココアに近い味に感じられ、親しみやすい味だそう。カフェイン量も1グラムあたり5〜10ミリグラムとローカフェインで、価格も安いことから人気に火が付いたようだ。
TikTokやInstagramのショート動画などで「#Hojicha」と検索すると大量の投稿が見られる。海外の若者たちの間で“おしゃれな和ドリンク”として拡散されているというのだ。
「特に“ほうじ茶ラテ”といった飲み方が若者を中心に人気となっているようです」(齋藤氏、以下同)
「抹茶に次ぐ新たなターゲット」としてほうじ茶が注目され、需要が増えたことで国内のほうじ茶が不足しているというわけだ。同時に、そもそも国内の「ほうじ茶生産量」が減っているのも事実、と齋藤氏はいう。
抹茶もほうじ茶も原料は同じ
われわれが言うところの「日本茶」は、その多くが同じチャノキ(茶の木)というツバキの仲間の植物から作られる。育て方や収穫時期、使う部位、加工の仕方によって、抹茶・玉露・煎茶・番茶(ほうじ茶、玄米茶など)といった種類のお茶になるのだ。
拡大するお茶需要の一方で、日本の茶園面積は2000年代の約5万ヘクタールから現在は3万ヘクタール台前半まで減少しており、生産基盤の縮小が続いている。
茶畑が20年で約3割減――。その中でいったい何が起きているのだろうか。
「作り手側からすると、同じ原料を使用するなら、単価の高いものの生産を優先するのは当然。この数年の圧倒的な“抹茶”ブームで抹茶の生産量が増え、価格が高騰した結果、ほうじ茶に回す原料まで高くなってしまっているのです」
国内小売りベースで、抹茶とほうじ茶の価格の違いを見ると、抹茶は用途によっては「1グラムあたり数十円から100円」を超える一方、ほうじ茶は「数円程度」にとどまり、その価格差は数倍から十数倍に開く。実際、取材した齋藤氏が店主を務める「楽山」で販売される「もっとも高価な商品」は、20グラムで2万円を超える抹茶だった。
同じ“お茶の木”から取れる葉でも、より「高く売れる抹茶」の優先順位が高くなるため、どうしても「安価なほうじ茶」が確保しにくくなるのだ。
庶民のお茶は「課題満載」
近年、お茶農家には、高齢化と後継者不足による生産量の減少や、猛暑や干ばつなど気候変動による品質の不安定化などの課題が重くのしかかっている。
さらに製茶業界には、「ガスや電気代の高騰による焙煎コストの上昇」「ナフサ高騰によるパッケージコストの増加」といった問題も……。
ほうじ茶は元来、番茶や茎茶といった比較的安価な原料を、強火で焙じて作られる“お安いお茶”だ。そのためコスト増の影響を受けやすく、供給が絞られやすい。結果として「安いものから消える」という現象が起きてしまっている。
「家計にやさしい庶民のお茶」であるほうじ茶は、このままなくなってしまうのだろうか……。前出の「楽山」では、毎月「5のつく日」と土曜日に店頭で自家焙煎した、できたてのほうじ茶を長年販売している。
「今は確保が少し大変ですが、うちがほうじ茶を扱わなくなることはないですよ。やっぱりほうじ茶は日常のお茶ですから……」
八十八夜を迎えるこの季節、湯気とともに立ちのぼる香ばしい香りが、これまでのように気軽に楽しめなくなりつつあるのはつらい所だが、ほろ苦い現実ごと、しっかりと受け止めて味わいたい。
デイリー新潮編集部
