鈴木彩艶のVision 小学生時代から浦和で指導する工藤輝央氏が語る原点
【2026W杯北中米大会 最高の景色を見に行こう】セリエA・パルマの日本代表GK鈴木彩艶(23)はいかにして世界から注目を浴びる守護神に成長したのか。浦和で小学生時代からトップチームまで指導を続けた工藤輝央氏(46=現WEリーグ三菱重工浦和スポーツダイレクター)は長期的な視野で選択する力と時間管理能力の高さが際立っていたと証言。当時のエピソードとともに原点に迫る。(木本 新也)
浦和とプロ契約した高校2年時。複数メーカーが競合した用具契約の交渉で、鈴木彩は現在もサポートを受けるアディダス社を選択した。より好条件のオファーもあったが、ビジョンに共感。自ら契約条件の修正も提案し、実績のない1、2年目の減額を希望したという。工藤氏は「まだ経験のあまりない高校生なら金額の高いところを選ぶことが多いのではないかと思います。でも彩艶はビジョンを大切にした。プロの世界は選択の連続。目先にとらわれず長い目で考えられるから、ここまで成長できたと思う」と目を細める。
所属クラブの選択もしかり。浦和からシントトロイデンに移籍した23年夏はマンチェスターUからもオファーが届いたが、断った。少年時代からの夢であるプレミアリーグを蹴って出場機会を優先。昨夏も複数のプレミアクラブから獲得を打診されたが、パルマに残留した。工藤氏は「W杯前に移籍するリスクを考えた決断だと思う。僕も“パルマは守勢の時間も長く、GKにたくさんボールが来る。継続した出場ができれば経験値を増やせるクラブ”と話しました」と振り返る。
浦和は鈴木彩が小学5年になるタイミングで小学5、6年対象のジュニアを発足。将来性を買い、6年生ではない鈴木彩を正GKに抜てきした。練習場はトップチームと同じ大原サッカー場。GK西川周作から「早くトップチームで一緒にやろう」と声をかけられ、ドイツ移籍直前のMF原口元気には練習相手としてシュートを打ってもらった。
ジュニア加入後は毎日約30分のストレッチを欠かさず、硬かった体を改善した。成長期の選手の身長が故障離脱中に一気に伸びるケースが多かったため、ジュニアユース昇格後の中学1〜2年にかけての約10カ月は練習を週1回に制限。その間にグングン身長が伸び、身長1メートル83の西川を抜いた。
工藤氏は「原口から本気に近いシュートを打たれた彩艶は一歩も動けず“速すぎる”と驚いていた。周作は彩艶が小学生の時は“早く一緒にやろう”と声をかけていたけど、身長を抜かれてからは“GKは経験が大事。焦らなくていい”と冗談を言いながらライバルとして意識し始めていた。彩艶にはトップの選手から刺激をもらえるいい環境だったと思います」と回想した。
浦和ジュニアに加入間もない小学5年時。工藤氏は鈴木彩から「折り畳み自転車を買っていいですか?」と質問された。理由を聞くと、対外試合などで公共交通機関を利用する際にバスの待ち時間が無駄なため、最寄り駅からの自転車移動を模索しているという。仲間と一緒に移動して対話する重要性や事故リスクを考慮して却下したが「時間を効率的に使おうとする点に感心した。発想も凄い」とうならされた。
鈴木彩は昨年11月に左手を骨折。日本でリハビリ中に工藤氏は食事を2度ともにしたが、時間を有効活用する姿は変わらなかった。足元の技術強化や左手以外の筋力トレなどに加え、英会話やピラティスなど一日のスケジュールはびっしり。食事中も腫れた患部を冷やしながら可動域を狭めないために可能な範囲で左手を動かしていた。工藤氏は「骨折して落ち込んでいるかと思ったら楽しんでいた。リハビリ中も忙しそうでした」と明かす。
少年時代から長期的な視野で物事を考え、時間を大切にサッカーと向き合い、鈴木彩は世界から注目される守護神に成長した。工藤氏は「W杯では日本人GKの価値を高める活躍を期待しています。世界との真剣勝負を楽しんでほしい」とエールを送った。W杯はプレミアリーガーになる幼少時代からの夢につながる舞台でもある。
