「時給より知識欲」70歳でたどり着いたお寺の受付、古典を読みながら働く元技術職の幸福論

70代でも仕事を続ける時代、「働く」意味は何か。画像は生成AIによるイメージ(画像:Shutterstock)
働く70代が増えている。2026年春闘の賃上げ率は加重平均で3年連続5%を超えた(連合の3次集計)。一方、公的年金の26年度の増額率は国民年金が1.9%、厚生年金(報酬比例部分)が2.0%にとどまった。公的年金は物価スライド制だが、現役世代の保険料の増加を抑えるために増額分を調整しているからだ。そこに原油高や円安インフレ、75歳以上であれば後期高齢者医療制度の2割負担も加わった。政府の高齢者雇用推進や人手不足によって70代も働く時代になっている。その労働環境や、働く人たちの本音を探った。
人生の充実度がワンランク上がった
最初に紹介するのは元会社員の70歳の男性。1年前から寺院の受け付けのアルバイトを始めた。
ウィークデイの9時から16時までの“お勤め”で、主な仕事は参拝者や檀家への対応、境内の清掃などだ。
時給は1400円。「うちの近くの回転寿司のバイトより100円以上安いが、文句はない」という。
開創600年近い由緒ある寺だそうだが、平日の参拝者は数えるほどしかない。受け付けで待機中は『徒然草』や『風姿花伝』などの古典を紐解くようになり、「禅という実に奥深い存在との出合いで知識欲も満たされ、人生の充実度がワンランク上がったような気がする」と笑顔を見せる。
企業の技術職だった男性は65歳まで雇用延長で働いた後、知見を生かせるコンサルタントの道を探ったが叶わず、受験塾の講師や公的機関の補助業務などのアルバイトを経験してきた。「今の仕事が一番自分に合っている。可能な限り続けたい」と話す。
男性の現在の収入は年金が月20万円、保有株の配当が月にならすと5万円ほどになる。これだけだと会社勤めをしていた頃の収入より10万円ほど減ってしまう。月20万円を目標にアルバイト収入を得て、そこから自分の小遣いも確保している。
3歳下の妻は「70歳までは働く」と言って、週3日のパートを続けている。妻の年金も出ているため、「今はカミさんの方が金持ち。娘や仲間とよく歌舞伎や旅行に出かけているよ」と苦笑する。
日本では、この男性のような「働く70代」が現在進行形で増えている。
男性は70代前半で2人に1人、後半でも6人に1人が働く
65歳以上の就業率は年々増加傾向にあり、総務省「労働力調査(基本集計)2024年」によると、男性は70〜74歳で43.8%、75歳以上で17.3%に上った。70代前半で2人に1人、後半でも6人に1人が働いている計算だ。
内閣府が60歳以上の男女を対象に実施した「令和6年度 高齢者の経済生活による調査」では、収入を伴う仕事に就いている男性が働く理由は「収入のため」が59.6%と突出して多かった。以降は「働くのは体によいから、老化を防ぐから」18.7%、「自分の知識・能力を生かせるから」13.1%が続く。
同じ調査で何歳くらいまで収入を伴う仕事をしたいか尋ねたところ、「働けるうちはいつまでも」が22.4%おり、「75歳くらいまで」「80歳くらい」までを合わせると4割を超える(対象は60歳以上の男女)。
高齢者の就労推進に向けた施策が加速したのは10年前の16年。第3次安倍政権下で「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定された。高年齢者雇用安定法では企業に65歳までの雇用を義務化、さらに70歳までの雇用を努力義務とし、65歳以上の就業率を大きく引き上げた。
労働問題に詳しい専門家は「日本の高齢男性は諸外国と比べ、労働に対して意欲的」と分析するが、70代前半の男性の半数近くが就業している理由はそれだけではなさそうだ。内閣府の調査では「収入のため」に働く人が断トツだったように、年金収入や老後資金の不足分を補うために“働かざるを得ない”と考える人も相当数存在すると思われる。
要因の1つが年金の低水準だ。
スキマバイトやリゾートバイトにも高齢者が進出
経済協力開発機構(OECD)では加盟38カ国の年金制度による平均的な加入者の所得代替率※を算出しているが、それによれば日本は42.4%とG7(主要先進7カ国)の中で最も低く、OECD平均の63.2%に遠く及ばない。ちなみに、イタリアは79.0%、フランスは70.0%、英国は54.2%、ドイツは53.3%、米国は51.3%、カナダは45.1%だった(OECD『Pensions at a Glance 2025』)。
※現役世代の収入に対する年金額の水準。厚生労働省が発表している所得代替率は日本独自の評価によるもので「分母が2人分(受給者夫婦)であるのに対し、分子は1人分(現役世代)なのは違和感がある」という指摘もある。OECDは分母・分子を1人分で揃えた加盟国の所得代替率を計算し、毎年、公表している。

出所:OECD 『Pensions at a Glance 2025』をもとに作成
といっても、日本の年金環境が先進国の中で際立って悪いというわけではない。前出の専門家が解説する。
「09年のギリシャ危機の際は同国の年金の受給開始年齢が50歳だったことが驚きをもって受け止められたが、今や、社会保障が手厚い欧州諸国も高齢化や財政難で受給開始年齢は65歳の日本とほとんど変わらない。
フランスでは国民の猛反発を受けながら23年に受給開始年齢を62歳から64歳にする年金改革を断行し、さらに65歳への引き上げを検討中。デンマークでは40年までに受給開始年齢を70歳に引き上げる法律が可決された。
ただし、30年には65歳以上が国民の3人に1人を占める“高齢化先進国”の日本では、社会維持の観点からも、高齢者はQOL(生活の質)を維持しながら細く長く働くことが求められている」
そうした中、かつては清掃や施設の警備・案内などがメインだった高齢者の仕事の選択肢は大きく広がっている。近年大きく市場を拡大しているスキマバイトやリゾートバイトの世界でも高齢者の進出が目立つ。
“高齢化先進国”ゆえに働くことが求められた結果だが、専門家が懸念するのは、求人と高齢者のニーズのミスマッチだ。
会社員時代の経験にこだわると求人が限られる
「高齢者向けの求人が多いのは介護や清掃などだが、高齢者自身は減少傾向にあるホワイトカラー系や、自分の会社員時代の経験を生かした職種で働きたいと考える人が多い。そこにこだわると求人自体が限定されてしまう上、希望が叶っても必ずしも思い通りに仕事ができるとは限らない。
例えば、私が知る経理部長経験者はスタートアップに財務責任者として招かれたが、法令の変化や経営のスピード感についていけず、1年も経たないうちに会社を去った。一方で、金融機関の支店長経験者が帰郷して公営温泉施設の運営に携わったり、営業部長経験者が飲食店で接客をしたりと、第二の人生を謳歌している例もある」
70代前半(男性)の2人に1人が働く時代、高齢者の「職選び」も幸せに暮らす大事なポイントになっている。冒頭の男性のように笑顔で働くには、自分の性格や得意分野を冷静に分析し、柔軟に仕事選びをすることが求められるようだ。
筆者:森田 聡子
