■2018年度はついに5000億円を突破した

年末はふるさと納税の季節である。「過剰な返礼品競争は制度を逸脱している」「寄付なのに物品目当てはおかしい」といった批判があるものの、ふるさと納税制度による寄付額は増え続けている。

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2019年09月06日、ふるさと納税をめぐる国地方係争処理委員会の勧告を受け、記者会見で質問に答える石田真敏総務相 - 写真=時事通信フォト

もともとこの制度に消極的な総務省は、2019年6月から、返礼品を寄付額の3割以下で地場産品に限るとする「新制度」に移行し、「行き過ぎ」にブレーキをかけたが、ふるさと納税への人気は一向に衰える気配を見せない。

全国の自治体が受け入れたふるさと納税の総額は、2018年度は5127億円と前の年度の1.4倍に拡大した。総務省が「過度な返礼品」を問題視して制度の見直しを打ち出したことから、「駆け込み」的に豪華な返礼品を出す自治体が出現、さらにふるさと納税人気が盛り上がった。

「ワンストップ特例制度」が始まった2015年度は1652億円と、前の年度の388億円から一気に4倍以上に跳ね上がったが、その後も年々、寄付額が増加。2016年度は2844億円、2017年度は3653億円となり、2018年度はついに5000億円を突破した。

■「金持ちほど返礼品がたくさん」は不公平なのか

国民に大きく支持されているふるさと納税制度だが、総務省をはじめ霞が関ではとにかく評判が悪い。「あんな制度はさっさと止めるべきだ」と公言する官僚も少なくない。本来は住んでいる自治体からさまざまな住民サービスを受ける「原資」になっている住民税などを、他の自治体に回すことは本来の税金のあり方を歪めている、というのが彼らの主張だ。しかも、「税金を他に移しただけで、お礼をもらえるというのは理不尽だ」という。納税者の間にも、「金持ちほど返礼品がたくさんもらえるのは不公平だ」という声がある。確かに、義務である税金の支払いで物をもらって得をするというのは、正しくないという気もしないではない。

だが、総務官僚がふるさと納税を目の敵にするのは、そうした“正論”だけが理由ではない。

納めた税金は納税者が住んでいる地域だけで使われるわけではない。人口や所得によって自治体ごとの歳入に大きな差があるので、それを平準化するために、財政の豊かな自治体から貧しい自治体へ、資金を再配分している。地方交付税交付金である。

所得税や法人税、消費税の大半はいったん国税として国が集め、それを地方に分配する。この分配権こそ、総務省(旧自治省)の巨大な利権であり、地方自治体に圧倒的に強い権限を行使する力の源泉になっている。

総務省から現役官僚が副知事や副市長、部長など自治体幹部に現役出向するのは当たり前で、退職後には知事選や市長選に打って出るというパターンが出来上がってきた。政府が選んだ知事を各県に送り込んで支配した明治の伝統が、形は変わっても生きているのだ。

■税金再分配の権限を「納税者」にわたす制度

地方交付税交付金の支給権限が総務省にあることで、自治体は首根っこを押さえられ、国のいうことに従わざるを得なくなる。自治体とは名ばかりで、国の指示に従って国の行政事務を代行するというのが実態になっている。首長の最大の仕事は上京して、総務省など霞が関の役所や国会議員を訪ね、「陳情」して歩き、少しでも降ってくる予算を大きくしてもらうことだった。

その地方交付税交付金制度に穴を開けたのが、「ふるさと納税」制度だった。税金再分配の決定権限を、総務官僚ではなく、納税者自身が握ることになったのだ。もちろん、納税額のごく一部である。

制度自体は、菅義偉官房長官が総務大臣だった際に政治主導で導入したものだ。秋田から集団就職で上京し、その後政治家になった苦労人の菅氏は、都市部に集中している税金の一部を生まれ故郷に還元する仕組みが必要だ、という声にいち早く反応したのだ。

もちろん財務省は反対し、地方税の一部を実質的に移す現在の仕組みが出来上がった。初年度は81億円。10兆円を超える地方税の個人住民税(2017年度決算では12兆8465億円)から見れば微々たるもので、総務省も当初は歯牙にもかけていなかった。

■「ふるさと」とは関係ない金券を配る自治体も登場

一方で、自治体には大きな変化をもたらした。納税者に地場産品などの返礼品を送ることで、税収を増やすことができるようになったからだ。

地方では人口減少が大きく、税収減に悩んでいた。魅力ある商品を用意すれば、自治体自身のPRにもなる。「予算を使うのが仕事で、税収を増やすことを考える事がなかった自治体職員の意識が大きく変わった」と近畿地方にある山間部の市長は言う。実際、さまざまな創意工夫でふるさと納税集めに奔走する自治体職員が生まれた。

「仮に寄付額のほとんどを返礼品として返しても、地域の産業振興につながるので、自治体にとってはプラスだ」と九州にある市の市長は言う。市の判断で産業振興予算を付ける代わりに、返礼品に採用して納税者の「選択」に任せた方が、本当の意味での産業振興になる、と語る首長もいる。

そんな中で、「悪乗り」する自治体も現れた。地域の産業振興には必ずしも直結しない全国共通の商品券やギフト券、全国ブランドの商品などを返礼品として贈るところが出てきたのだ。ネットショップばりの品揃えの中から納税者が返礼品を選べる仕組みを作ったところもある。その典型的な例が大阪府泉佐野市だ。同市は2017年度に135億円を集めてトップになり話題を呼んだ。

泉佐野市総務省に反発して「閉店セール」

もともと、ふるさと納税制度に批判的だった総務省にとって、制度を見直す格好のチャンスになった。2019年6月から新制度に移行することを決める一方で、総務省が繰り返し通達で求めていた、地場産品の利用や返礼品の金額割合を抑えることに従わなかったことを理由に、大阪府泉佐野市、静岡県小山町、和歌山県高野町、佐賀県みやき町を新制度の対象から除外することを一方的に決めた。

小山町などは総務省に恭順の意を示したが、泉佐野市は猛烈に反発。市長が先頭に立って総務省批判を展開し、副市長による記者会見を東京都内で開いたりした。また、制度から除外される5月末までの限定として、ギフト券を大盤振る舞いするなど「閉店セール」を実施、テレビの情報番組などでも大きく取り上げられた。

この結果、逆に泉佐野市の宣伝となり、2018年度は497億円を集めて圧倒的なトップになったほか、2019年度も2カ月だけとはいえ、多額の寄付を集めたとみられる。

泉佐野市は新制度から除外した総務省の決定を不服として、「国地方係争処理委員会」に申し立て、2019年10月に委員会は、「過去の募集方法を根拠に除外するのは改正地方税法に反する恐れがある」と指摘、総務省に再検討を求めた。それでも総務省は除外方針を変えなかったため、泉佐野市が高裁に提訴している。

総務省の「再分配」は本当に公平なのか

その後も総務省泉佐野市の全面対決は続いている。総務省が全国の自治体に分配する地方交付税交付金の2019年度12月分の特別交付税分を総務省が減額した。ふるさと納税で多額の寄付を集めたことを理由にした減額に、泉佐野市は「本市を狙い撃ちにした嫌がらせだ」と反発している。

もっとも、泉佐野市のような「やり過ぎ」の自治体との係争は、総務省にとっては願ってもないこと。本来は住民サービスに使われるべき税金が他の自治体に回り、しかも返礼品で納税者に戻っている、という批判を展開する格好の具体例になっているからだ。

では、総務省が行う地方交付税交付金による再分配は、本当に「公平」なのだろうか。全国に1765ある自治体のうち、財政が黒字で交付金を受け取っていない自治体(不交付団体)はわずかに86である。圧倒的多数が財政的に自立していないのだ。自治体の自主財源を増やして、財政自立を求めていく方針だったはずだが、不交付団体は一向に増えていない。再分配機能に名を借りた国による地方支配が続いていると言っても良い。

しかも、地方交付税交付金の総額は15兆2100億円にのぼる。ふるさと納税がいくら増えたと言っても5000億円だ。

■納税者が「税金の使途」を決める動きを止めるな

だが、それでも総務官僚にとっては目の上のたんこぶなのだろう。泉佐野市のように財政支出を圧倒的に上回る自治体が出てくれば、実際に起きているように、総務省の言うことを聞かなくなる。住民からの歳入よりも、ふるさと納税による寄付額の方が大きい自治体も数多く出現した。

納税者の意識も変わってきた。ふるさと納税として寄付する際、その資金の使途分野を選択できるようにする自治体が大きく増えてきたのだ。総務省の調査では全体の95.5%が選択できるようになっている。分野だけでなく、具体的な事業まで選択できる自治体も20.1%に達している。

また、返礼品なしで、災害復旧などに寄付するものや、自治体が新規事業を掲げて原資としてふるさと納税を募る「ガバメント・クラウド・ファンディング」なども広がっている。

つまり、ふるさと納税をきっかけに、納税者が、自分が税金を払う自治体を決め、払った税金の使途も決めるという動きがジワジワと広がっているのだ。民主主義国家としては当たり前のこととも言えるが、これは税収を何に使うかを事実上決める権限を握り続けてきた官僚組織にとっては「脅威」に他ならないわけだ。

新制度によって、2019年度のふるさと納税額が、霞が関の期待通り頭打ちになるのか。はたまた一度根付いて国民に支持されている制度はそう簡単には衰えないのか。大いに注目すべきだろう。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)