「厳しければ伸びる?」スパルタ捨てた教習所。卒業生が号泣、事故率も激減「ほめちぎる指導」の正体
「厳しく育てなければ、一人前になれない」という常識は、本当でしょうか。桜咲く季節、免許取得の場である「教習所」で卒業生が号泣し、親からは感謝の手紙が届く。そんな光景が広がるのが、13年前にスパルタ指導を一新した「ほめちぎる教習所 伊勢」です。「甘やかしではないか?」といぶかる人にこそ知ってほしい、事故率を激減させ、若者の自己肯定感も呼び覚ます指導の正体を、副管理者・米澤義幸さんに伺います。
【写真】「読んだら思わず涙腺が…」教習生の母親から届いた1枚のハガキ(6枚目/全9枚)
S字コースだけでもほめるポイントは7つもある
── 学校教育ではほめて伸ばす「ゆとり教育」は学力低下への懸念などを理由に廃止されましたが、この教習所では「ほめる」を通り越して「ほめちぎる」そうですね。その教え方で、安全運転のスキルは身につくものでしょうか?
米澤さん:教習生は初めて運転するわけですから、少しのミスで叱っていたら、萎縮するばかり。パニックや緊張で硬直することだってあるし、やる気も低下してしまいます。だからといって、常にほめていいわけではありません。私たちは、ポイントを細分化してほめていきます。
たとえばS字コースでの教習では、入る前の目の配り方、安全走行の速度づくりなど、7つのステップがあります。ひとつミスをしても、できた部分を「ほめちぎる」。そうすると、教習生は成長実感が得られ、「運転って楽しい」「上達しているんだ」と、気持ちが変化していきます。ただ、事故なく安全運転するのが大前提ですから、ミスはミスとして丁寧に指摘します。
── ほめる指導法によってポジティブな変化も生まれたそうですね。
米澤さん:教習生は安全への意識づけがより強くなったほか、指導員側も働きがいを感じ、離職率が大幅に下がったんです。双方の信頼関係も深まったことで、他人の意見にさらに耳を傾けるようになるなど、相乗効果が生まれています。
「孫だと思えばほめられた」指導員の変化
── 脳科学では、ほめられると脳が「報酬」だと感じ、脳が活性化してドーパミンが放出。達成感やモチベーションが上がる効果があり、「またほめられたい」と行動変容が起こると言われています。でも、こちらの教習所も12年前までは、多くの教習所と同じく、厳しく指導するスタイルだったそうですね。簡単に方針転換できるものですか?
米澤さん:指導員は観察眼に長けています。だから、ちょっとしたミスや不注意に気がつき、厳しく指導できました。逆を言えば、運転技術を少しも見逃さないから、いくらでもほめるポイントを発見できる下地があるわけです。ただ、従来の方針では、ほめることを言葉にしなかっただけなんです。
方針転換の課題は、気質的にほめるのが苦手なタイプの指導員。でも、年配のある指導員が「自分の子どもや孫と思って接したら、簡単にほめられるようになった」と、報告してきたんです。その視点を共有し、ほめる指導に向き合っていったら、教習生の運転もうまくなっていく実感を得て、皆、ほめるスタイルになじんでいきましたね。実際、卒業1年後の事故率を見ても、ほめる指導前の1.76%から0.31%へと減っています。
── ほめるスタイルへの方針転換は、人口減少などにより教習生の数が伸び悩むなど、時代背景があったそうですね。大きなきっかけは何だったのでしょうか。
米澤さん:厳しい指導を続けていた当時、弊社の社長が「ほめる効果」に関するニュースを見たことです。そこで、一般社団法人「日本ほめる達人協会」と「ほめ達検定」の存在を知って、検定を受けに行くことに。「ほめることは相手のやる気を高め、人間関係も円滑にさせる。これは教習所で活かせる」と思ったそうで、新たな方針が定まったんです。
── 今では指導員全員がほめ達検定3級を取得する徹底ぶり。さらに指導員同士でほめるマニュアル作りもしたそうですね。そのスタイルが評判を呼び、教習生の数はこの11年間で160%増えたとか。
米澤さん:最近の若い世代は以前と違って、免許取得にそもそも積極的な方が少なくなったように感じます。「就職したら普通免許の資格が必要だから」「親から取得を勧められたから」といった理由での入所が多く、モチベーションが低い。加えて、厳しく怒られていては、人は集まりませんよね。
10人に2人が卒業式で涙する訳
── 驚くべきは、卒検を終えた後の卒業式で涙を流す教習生がいるとか。親御さんから「運転だけでなく、見違えるほど人間性が成長した」と、お礼のハガキも届くこともあるそうですね。「免許を取りに来て泣いちゃう」のは、ちょっと信じがたいのですが…。
米澤さん:卒業式で10人に2人は泣いています。なぜ涙が出てくるのか。これは教習所の理念が関係します。「心と技の交通教育を通じお客様に永遠の安全を提供する」を掲げ、仕事の源泉は「お客様からのありがとう」。感謝が喜びとなり、やる気につながり、成長につなげる。「お客様に喜び、感動して、ずっと心に残してほしい」が私たちの願いなんです。
教習は基本的に担当指導員制ですが、技能教習では別の指導員が担当する場合もあります。そのため指導員同士で「こういう子だからよろしくね」と情報を共有し、フォローする体制づくりをしてきました。所内で見かけたら、気軽に声かけもする。信頼関係をつくりながら、ほめて自己肯定感も高めていく。その教えが醸成されて卒業を迎えると、自然と涙に変わるのだと思います。
── 他人から認められにくい世の中で思春期の教習生が日々、自己肯定感を感じていける。これから社会に出ていく自信の第一歩を贈ってもらえる、そんな意味にすら聞こえてきます。
米澤さん:多くの教習生は18~22歳前後。もちろん免許取得のために指導し、接しますが、それ以上に「自分で自分を認められる」人であってほしい。誰にでも可能性や成長の余地があると思っています。私たちがそのことに気づく「支え」になれたら、これほど嬉しいことはありません。
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教習所が若者に贈ったのは、免許証以上の「自信」でした。「厳しく育てるのが愛」という価値観のなかで、私たちは自分を認めることを忘れてはいないでしょうか。大人になってから、誰かにほめられて救われた記憶。そんな温かな循環が、今の社会を少しずつ変えていくのかもしれません。
取材・文:西村智宏 写真:ほめちぎる教習所 伊勢

