GoToトラベル事業で不正受給を行った【HISグループ子会社】コロナ禍で財務状況が痛み、現場では「とにかく数字を作れ」と過度なプレッシャーが…
近年、さまざまな企業や団体で<不祥事>が発覚する事案が相次いでいます。しかし「その陰では、真面目に業務に取り組んでいた人が不正や不法行為の“犯人”として糾弾されるケースが少なくない」と指摘するのは、プリンシプル・コンサルティング・グループ代表取締役でコンプライアンス問題のプロである秋山進さんです。そこで今回は、秋山さんの著書『企業不祥事の真相 「普通の人」を悪者に仕立てる歪んだ構造』より一部引用、再編集してお届けします。
【書影】ニュースでは報道されない「普通の組織」に潜む罠を、コンプライアンス問題のプロが解説。秋山進『企業不祥事の真相 「普通の人」を悪者に仕立てる歪んだ構造』
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HIS――ノルマが空気をねじまげた“現場型不正”
新型コロナワクチン接種関連業務を委託されていたKNT(近畿日本ツーリスト)が、2021年3月から2022年末までの長期間にわたって東大阪市に約2億9000万円の過大請求を行い、元支店長らに有罪判決が言い渡された。
一方、HIS(エイチ・アイ・エス)で起きたのは、現場の子会社による“個別の暴走”であり、組織的・制度的な曖昧さに起因するKNTのケースとは異なり、“もう少し意図性の高い不正”であった。
架空の記録で給付金を申請・受給
2020年後半、コロナ禍で打撃を受けた旅行業界を助ける意味でスタートした、政府実施のGoToトラベル事業による旅行割引が全国で展開されていた。このときHISの子会社ミキ・ツーリストおよびジャパンホリデートラベルは、宿泊実態のない申請を含む不正受給を行っていたことが、HIS設置の調査委員会により事実認定された。金額は合計で最大6.8億円と公表・報道されている*。
*なおその後、HISグループでは雇用調整助成金の不正・不適切受給も判明し、約62億円の自主返還(報道)や、2025年3月21日付の特別調査委員会報告書、さらに取締役会での追加返還見積(約20億円)決議などを公表している。
たとえば、予約サイト上で存在するホテルに対して、実際には顧客が宿泊していないにもかかわらず、予約が成立したように見せかけ、その記録をもとにGoTo事務局に対して給付金を申請・受給するという手口が用いられた。結果として、子会社の経営陣の処分が行われ、関与のあった社長の解任や降格が実施された。親会社であるHISは、子会社任せにしていたモニタリング体制の甘さを認め、経営トップを含む役員に対して減俸処分を科すことで、ガバナンス不全の責任を明確化した。
KNTと同様、HISの財務状況も大きく痛めつけられていた。HISは2020年10月期において、売上高は前年同期比で約53%の4303億円、営業損失は311億円、最終損失(純損失)は250億円に達した。2021年10月期はさらに悪化し、売上高は1186億円まで減少、営業損失は641億円、純損失は501億円。2年連続で大幅赤字を計上し、資金繰りと債務超過回避のため、資本増強や資産売却を進めざるを得ない状況にあった。
現場に集中する過度のプレッシャー
当時、GoToトラベル事業は、海外旅行や訪日客の需要が蒸発したHISにとって、数少ない残された収益源となっていた。そのため営業現場には、「とにかく数字を作れ」という強い業績目標が課され、現場には過度なプレッシャーが集中していた。
実際、ある社員は「誰も『これをやれ』とは言わなかったが、やれば褒められる。やらなければ怒られる」と証言しており、現場では制度の趣旨よりも目標達成が評価される空気が支配的だった。結果として、「とにかく予約を取れ」「枠を押さえろ」といった短絡的な指示が横行し、やがて不正へとつながった。
不正が発覚したのは、GoToトラベル事務局が給付データを監視するなかで、同一顧客による大量予約や、宿泊実績の不自然なパターンを検知したことがきっかけだった。
調査の結果、HIS子会社による不正受給の総額は1億円超にのぼり、数名の社員が懲戒処分を受け、関係子会社幹部も引責退任した。
具体的な不正
具体的な不正は以下のようなものである。HISの子会社ミキ・ツーリストは、関連会社である宿泊施設運営会社JHATと連携し、実際には宿泊のないプランを大量に販売したように装い、宿泊実績を水増しして補助金を申請していた。たとえば、あるプランでは「20室×60泊=1200泊」という設定で、1泊あたり6万8000円という高額価格で販売したとされていたが、実際に宿泊が確認されたのは114泊に過ぎなかった。
それにもかかわらず、事務局には満額分の宿泊実績が報告されていた。調査委員会によれば、契約上の客室代金と並行してJHATとの間で「協賛契約」が結ばれており、給付金や地域共通クーポンなどの支出・収益が両社の間で分配される構造があったとされる。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
またジャパンホリデートラベルは、法人契約を通じて「社員研修」などを名目にした大量宿泊プランを販売していたが、実際には宿泊者本人がその宿泊の事実を知らない、あるいは一度も利用していないと答えるケースが多数確認された。
GoToトラベル事務局側では、同一顧客による不自然な複数予約や高額連続予約といったパターンをシステムで検出し、HIS子会社に照会を行った。照会後に行われたアンケート調査などで、宿泊実態の欠如が次々に判明したことで、不正の構造が浮き彫りになった。
どの会社にも起こりうる問題
さらに本件で問題視されたのは、HIS本体の関与ではなく、むしろその「無関与」だった。明確な指示を出していないにしても、常識外れの高単価商品や異常な宿泊数の取引が報告されていた。にもかかわらず、本社の管理部門がそれを問題視せずに通していたのである。つまり、現場の暴走だけでなく、「見て見ぬふりをした、あるいは機能しなかった統治機構の実態」が露呈したのである。
子会社が構築したスキームは、宿泊実態のない名簿や、協賛金の名目での資金の還流など、明らかに意図的かつ計画的であり、単なる事務的ミスとは一線を画す。だが、こうした異常な処理に対して、本社からの牽制が働かなかった、または、そもそも働かせる意志が希薄だった可能性がある。
制度側のもろさも、企業の倫理的判断を鈍らせた一因となった。GoToトラベル制度は、本来の目的である「実際の旅行に対する補助金支給」に対して、宿泊名簿や契約書といった形式的書類で審査を行うという、極めてチェックの甘い、欠陥がないとはいえない制度だった。
結果として、「実態のない宿泊」や「知らないうちに名前を使われた法人契約」がまかり通り、形式だけ整っていれば支給されるという“常識”が業界内に共有されていった。とくに法人向け長期宿泊研修などは、実際に宿泊していない利用者の名前が使われていたにもかかわらず、企業間の合意があるから問題ないという論理で処理されていた。
そこには、「非常時なのだから細かいことは問われないだろう」という甘えと、「業界全体がやっているのだから自社だけがやらなくても意味がない」という圧力が交錯し、組織的な倫理感覚のタガが外れていったのである。
HISの子会社がとった行動は、単に逸脱行為をしたという話ではなく、「追い詰められた企業がどこまで正気を保てるか」「制度と倫理のどちらに忠実であるべきか」という問いを我々に投げかけている。外野の立場で非難することは簡単だ。しかし、自分が当事者だったら果たしてこれらの逸脱行為を止めることができたであろうか。
参考:エイチ・アイ・エス特別調査委員会「調査報告書」2025年3月21日
※本稿は、『企業不祥事の真相 「普通の人」を悪者に仕立てる歪んだ構造』(日経BP 日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
