私、港区女子になれない:高学歴キャリア女子VS男に頼る港区女子。賢いのはどっち?
頑張った先に、幸せはあるの―?
慶應義塾大学卒業後、大手広告代理店に就職し、エリート街道をひた走る篠田涼子・29歳。欲しいものは、自分で手に入れてこそ意味がある。そう信じて努力を重ねてきた。
しかしある女との出会いをきっかけに、心に疑問が浮かぶようになる。自分で努力することなく男に頼り、男の愛を利用して生きる女、香奈。
仕事に邁進する高学歴女子と、男に頼る港区女子。

30歳までに、バーキンを持つにふさわしい自分になる。
「才色兼備」
涼子の大好きな言葉だ。女性にとって、最高級の賛辞だと思う。
見た目だけの女なら、世の中に溢れている。特に、東京には。けれど、美しい容姿にプラスして優れた知性を併せ持つ女は、一部に限られる。
慶應義塾大学卒業後、誰もが名を知る広告代理店に就職を決めた篠田涼子は、その一部の選ばれし女に属するはずだ。
バリバリ仕事をして高給を稼ぎ、おしゃれも遊びも一流。東京の中心で活躍する代理店ウーマンに、才色兼備という形容詞はぴったり当てはまる。
オフィスエントランスを抜け、エレベーターホールの鏡に映る自分の姿を見て、涼子は満足げに微笑んだ。
―私が歩んできた道は、正しかった。
すらりと伸びた手足、すっと鼻筋の通った顔立ちは天から与えられたものだが、自信に満ちた微笑みも、涼しげでありながら意志の強さを感じさせる瞳も、努力して成功体験を積んできたからこその涼子の生き様が現れている。
営業職として7年。着実にキャリアを積み重ね、社内外からの信頼も厚い。30歳を目前にして、ついに先日同期で初めて大型コンペのチームリーダーも任された。
涼子は、心に決めていることがあった。
―30歳の誕生日に、自分で稼いだお金でHERMESのバーキンを買う。
バーキンを手に入れる。それだけなら、これまでにもチャンスはあった。
しかし涼子は、ただブランドバッグを振りかざす女になりたいわけではない。高級品は、身に着けるのに相応しい自分になって手に入れるからこそ、価値があるものだから。
才色兼備を地で行く涼子の前に、ざわつく女が現れる…?
達成感は、努力した者だけが味わえる甘い蜜。
「篠田!今からクライアント先行くぞ!」
営業フロアに到着するや否や、部長に呼び止められた。涼子の担当する某自動車メーカーの広報部長から呼び出しがあったのだと言う。
バーキンの妄想から一転、緊張が走る。呼び出しの内容は、先週、涼子がチームリーダーとなって挑んだコンペの結果に違いない。
記憶を呼び戻し、コンペの感触を思い出す。手ごたえはあった。それに、わざわざ呼び出して伝えるのだから、良い結果なのではないだろうか…?
大手広告代理店で、30歳の女がリーダーを任されるチャンスはそう多くない。今回は若いママ向けの新車プロモーション案件ということで、若手女性メンバーを中心に異例のメンバー編成がなされたのだ。
これを逃したら、次のチャンスはいつあるかわからない。涼子は祈るような気持ちでデスクの引き出しから資料をかき集め、慌てて部長の背中を追った。
◆
「新車プロモーションですが、御社にお願いしたいと思っています。篠田さんの企画、社内でも皆、絶賛していましたよ。」
クライアント先である某自動車メーカーの会議室で、広報部長が確かにそう言った。
「え…!あ…ありがとうございます…!!」
絶対に勝つ。そう決めて挑んだコンペだったし、自信もあった。クリエイティブと何度ぶつかっても妥協せず、この1か月で何日徹夜しただろう。その努力が、報われた。
丸顔で人の良さそうな広報部長のおじさまに抱き着きたいくらい、嬉しい。
涼子の胸に、達成感という甘い蜜がじんわりと広がる。
この甘い蜜を味わう度に、涼子は強く美しく成長してきたように思う。達成感は、どんなにお金を積んでも買うことはできない。人に頼って得る事もできない。努力をして成功を掴んだ者だけが、知ることのできる味なのだ。

涼子をざわつかせる女、香奈。
「失礼します。」
コンペ勝利が決まった3日後。涼子がチームメンバーの後輩女子2人を連れて会議室に入ると、社内クリエイティブの先輩・和也が、売れっ子クリエイターの浅木和磨たちと何やら盛り上がっていた。
「おい、篠田も学んだ方がいいぞ。香奈ちゃんのモテ技を。」
和也はいつも、涼子に男っ気がないことをこうして茶化してくる。
香奈ちゃん、と呼ばれた女は、クリエイター浅木和磨の秘書だ。背が高く、華やかで目鼻立ちのくっきりと整った美人。浅木のような、派手好きなおじさまが好みそうな女である。
しかし涼子は、初めて会った時からこの女が苦手だ。
「モテ技、和也さんにも効果あるかしら。」
和也を上目で見遣り、「うふふ」と悪戯っぽく笑う香奈。和也も和也で、「いや、俺はそんなお金ないよ〜」などと言いながら、まんざらでもない顔をして鼻の下を伸ばしている。
―まったく、男ってやつは…。
涼子は、苛立ちを悟られないよう俯きながら心の中で毒づく。
本当は、何を買ってもらったの?などと聞いてあげればいいのだろう。聞いてなどやりたくない、と思ってしまう私は、可愛げがないのだろうか。
仕方なしに香奈に向き合った瞬間、涼子は香奈の傍らに置かれたバッグに目が釘付けになった。
真新しいバーキンだった。
涼子の心に芽生えた、ある疑問…
女には、欲しいものを手に入れる方法が、もう1つある。

「いますよね〜、ああゆう女!」
『春秋ユラリ恵比寿』で、涼子の隣の席に座る後輩・麻里子が、大げさな溜息をついてみせた。平日21:00以降でも胃もたれしない、素材の生きた優しい和食が疲弊した心と身体に沁み渡る。
麻里子は新車プロモーションのチームメンバーで、昼間の打ち合わせにも同席していた。ああゆう女というのはもちろん、浅木和磨の秘書、香奈のことだ。
「どこの港区おじさんと付き合ってるのか知らないけど。100万以上するようなバッグを他人に買わせて、罪悪感とか感じないのかな。」
香奈の生き方をとやかく言うつもりはないのだが、麻里子の言葉には同感である。
涼子は、昔の彼氏にプレゼントしてもらったものを、思い返してみる。
セリーヌのバッグ、TASAKIのジュエリー、ジミーチュウのパンプス…
それらだって十分な高級品だが、バーキンを買わせた香奈と比較してしまうと、自分が随分と安上がりな女に思えてくる。
いや、それは違う。
安い女なのはむしろ、香奈のほうではないか。バーキンを買わせるなんて、水商売の女じゃあるまいし…。
涼子は無意識に首をふるふると横に振っていたらしく、麻里子に「大丈夫ですか?」と心配されてしまった。
欲しいものは、自分で手に入れる。
涼子にとってはそれが当たり前で、そうやって今まで生きてきた。しかし女には、欲しいものを手に入れる方法が、もう1つあるのだということを思い出す。
そこまで考えて、涼子は口の中が苦くなり、目の前の生ぬるいビールを飲み干した。
…そう、男に頼る、という方法が。
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欲しいものは男が与えてくれる。男に頼る港区女子、香奈。
