田久保前市長が「公判前整理手続」請求…検察の手の内探る狙い? 「両刃の剣になるリスクある」弁護士が指摘
大学の卒業証書を偽造したなどとして有印私文書偽造などの罪で起訴された静岡県伊東市の田久保眞紀・前市長の弁護側が、静岡地裁に対して公判前整理手続を請求したことが4月14日に報じられました。
田久保氏側の狙いはどこにあるのか、この手続きの意味とともに解説します。
●公判前整理手続とは何か
公判前整理手続とは、起訴後の第1回公判の前に、裁判所・検察官・弁護人が事件の争点と証拠を事前に整理する手続きです(刑事訴訟法316条の2第1項)。
裁判員裁判の対象事件には必ず行われますが、それ以外の事件では、当事者の請求などを受けて裁判所が実施するかを判断します。
公判前整理手続の大まかな流れは以下のようなものです。
1)検察官が「こういう事実を、こういう証拠で証明する」という主張を明示し、その証拠を弁護人に開示する
2)弁護人は、検察官が公判で使う証拠が信用できるかどうかを判断するための証拠(「類型証拠」)の開示を請求できる
3)弁護側も自分の主張を明示し、弁護側が出す証拠を検察官に見せる
4)弁護人は、自分の主張に関連する、検察官が持っている証拠(「主張関連証拠」)についても、さらに開示を請求できる
このように双方の主張と証拠を事前に整理してから公判を行うため、複雑な事件でも迅速かつ充実した審理が期待されます。
●弁護側の狙いは「検察の手の内を見ること」
公判前整理手続に付されると、検察官は「この証拠でこの事実を、こうやって証明する」という書面(証明予定事実記載書)を提出する義務を負います。
また、通常の裁判手続きと異なり、弁護人が請求すれば、検察官の手持ちの証拠の一部について開示が義務化されます。
通常の裁判では、検察官が公判に提出する証拠以外の証拠を弁護人に見せるかどうかは任意です。しかし公判前整理手続に付されると、一定の要件を満たす手持ち証拠について、開示を法律上の権利として請求できるようになります。
さらに、弁護人が請求すれば、検察官は自分が保管している証拠の一覧表を交付しなければなりません。
一覧表に載るのは証拠の標目(タイトル)や作成日程度の最低限の情報ですが、「検察官がどんな種類の証拠をどれだけ持っているか」を把握する手がかりになります。
実務上は、この一覧表も弁護側からすると不十分だという批判はあるのですが、そもそも公判前整理手続に付されない事件ではこの一覧表を受け取ることもできません。
ただし、検察官の手持ち証拠がすべて開示されるわけではありません。あくまで法律が定めた要件を満たす範囲に限られます。
このように、検察官の主張の全貌を事前に見ることができて、また検察官の手持ち証拠の一部を開示させることができるのは、弁護側にとってメリットになります。
検察官は、裁判には有罪を認定するために有利な証拠しか出してきません。しかし、それは捜査の過程で検察側に集められた証拠の一部に過ぎません。弁護側に有利な証拠も持っている可能性があるわけです。その開示を請求できるのは、特に大きなメリットといえます。
報道によると、本件では、田久保被告側は卒業証書の偽造を否認しており、問題の文書は弁護士事務所に保管されているようで、捜索差押えも拒絶しています。
田久保氏は、「私文書偽造」と「行使」についても起訴されています。
検察官が「文書」の現物を入手できていない可能性がある中、現物なしにどんな証拠で「偽造」を立証しようとしているのか。
その全貌を事前に把握でき、かつ田久保氏側に有利な証拠を検察側が持っていれば、それを開示させることができることから、田久保氏側は公判前整理手続に付するメリットがあると考えたものと思われます。
●弁護側のデメリットは?
デメリット1:弁護側も「手の内」を見せなければならない
公判前整理手続は、検察の手の内だけを一方的に見られる手続きではありません。弁護側も、「公判でこういう主張をする予定です」ということを裁判所と検察官に事前に明示する義務を負います(同法316条の17第1項)。
とくに、手持ち証拠の開示を十分に受けるためには、弁護側がまず自分の主張を示す必要があります。
「主張関連証拠」(弁護側の主張に関連する、検察官が持っている証拠)の開示請求は、弁護側が予定主張を明示した後にしかできないしくみだからです。
デメリット2:手続き終了後は証拠の追加が制限される
公判前整理手続きの終了後は、原則として新たな証拠の追加が制限されます(同法316条の32第1項)。
この制限は、弁護側の反証を見た検察官が後から証拠を追加する「後出し」を封じる効果もありますが、反面、弁護側から新たな証拠を追加することも制限されます。
今回の田久保氏側の動きについて、「卒業証書を出さなくて済むようにするため」という見方もありますが、この制限は弁護側にも等しくかかります。
たとえば弁護側が、以下のような事情で、後になってから私文書偽造罪や行使罪が成立しないと主張しようとしても、手続き中に出していなければ提出が制限されることになります。
1)真正な卒業証書を持っていたり、どこからどう見ても真正な卒業証書を持っていて、田久保氏側に偽造文書であることの認識がなかったという主張をしようとする場合
2)当該「文書」に東洋大学名義の押印がない(「有印」私文書偽造ではないこととなる)
3)当該「文書」が、およそ私文書偽造における「文書」といえないようなものである(例、その文書には「おいしいカレーの作り方」しか書いていなかった)
出さないまま手続きが終われば、後から証拠として提出するチャンスも自ら失うことになります。「出さないため」というより、検察の証拠構造を把握した上で戦略を練る段階にあるとみるのが自然でしょう。
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)
