2020年の新年一般参賀に臨まれる秋篠宮家の長女眞子さまと次女佳子さま(時事通信フォト)

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 インターネット掲示板への相談の書き込みから映画やドラマになったラブストーリー『電車男』が生まれたのが2004年、その2000年代は様々なネットアイドル的な存在が現れては消えた時代でもあった。俳人で著作家の日野百草氏が、かつて秋篠宮眞子さまをネット民とともに「マコリンペン」と呼んだ男性の心象風景についてレポートする。

【写真】眞子さま中等科入学式

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「マコリンペン、大好きだったのに。時の流れって残酷だよね」

 由井信次さん(50代・仮名)はそう言って筆者にスマホの画面を見せる。どれも15年くらい前に信次さんが描いたイラストだ。今となっては古色蒼然のアニメやゲームのキャラクターが並ぶその中に、セーラー服姿の凛とした”マコリンペン”がいる。

「いま“マコリンペン”なんて言っても若い人には通じないけど、当時のネットじゃアイドルだったもんね、萌え、いや崇拝の対象かな」

 信次さんと筆者は長い付き合いだ。彼はごく短い期間だがイラストレーターをしていた。イラストレーターといってもオタク系専門誌のカット程度、大きな仕事とは無縁のまま現在は別の仕事をしている。商業誌のプロとしては短命だったが2000年代のネット界隈、匿名の画像掲示板ではそれなりに人気のイラストを上げていた。そんな彼を四谷三丁目店のファミレスに呼び出したのはその“マコリンペン”のことを聞きたかったからだ。彼の話すムーブメントは、確かに“いにしえのネット空間”に存在した。それを再確認したかった。

「誰かは知らないけど、マコリンペンって名づけた人は神だよね、誰がつけたかわからないってのもいい」

“マコリンペン”とは、眞子内親王、秋篠宮眞子さまのことである。もちろん信次さんが名づけたわけではない。名無しの誰かが名づけたものが広がり、そして定着した。いわゆるインターネット・ミーム(ネットミームとも)である。誰がつけたかわからないからこそ、その言葉は共有物として育つ。古歌の「詠み人知らず」は現代のネット空間にも生きている。

「ほんと人気あった。皇室のネットアイドルって彼女が最初でしょ、まさに“俺たちの眞子さま”だった」

 まだ緊急事態宣言前、昼間から100円ワインを飲みながらの思い出話。そう、確かに眞子さまは「俺たちの眞子さま」――“マコリンペン”として、2000年代ネット民のアイドルだった。匿名掲示板や画像掲示板には彼女をいわゆる「萌え」化したイラストが投稿され、その姿はいつしか現実のご本人を離れ、平成の御国に降臨した姫君として崇められた。古くは“サーヤ”こと清子内親王もオタクのアイドルだったが前世紀の話、ネットミームとしての最初の皇室アイドルは眞子さまである(その後、ご成長された佳子さまも加わる)。

みんな「マコリンペン」が大好きだった

「まず清楚なセーラー服姿にやられたね、日本にやっと“リアルお姫様”が誕生したって」

 信次さんの言う「セーラー服」とは2004年、眞子さまが学習院女子中等科にご入学された時のことだろう。当時の匿名掲示板ではその少し前、すでに学習院初等科の卒業式に向かわれる眞子さまの写真についてのスレッドで”マコリンペン”と呼ばれている。

「気品があって可憐だったよね。佳子さまもかわいかったけど、当時は眞子さまの凛とした雰囲気のほうがオタクには効いたんだろうね」

 確かにあの時の報道写真に「やられた」当時のネット民は多かったに違いない。筆者が編集長をしていた雑誌の編集部にも眞子さまのことを熱く語る3歳年上の部下がいた。彼もまた、お絵かきチャットでマコリンペンを描いていた。匿名掲示板や画像掲示板には眞子さまへの愛が溢れていた。当時、常駐していたユーザーの大半もいまや中高年だろう。

「オタクにとって“お姫様”って特別だからさ、どんな作品でも人気はお姫様とかお嬢様なわけ。眞子さまはそういうメタファーとしても最高の素材だった。だってあんなに高貴な生まれの少女なんてありえない。それでいて美少女、みんな競って描いたね」

 もちろん信次さんの言う「みんな」はあくまで彼のネット空間における仲間の話である。それでも、たくさんの“マコリンペン”が生まれたのは事実だ。電脳空間の”遺跡”と化したネットの片隅、「マコリンペン」で検索すれば当時のそんなイラストはいくらでも発掘できる。10代の初々しい眞子さまばかりが描かれたホームページだって発見できる。いずれも時は止まったままだ。

「まずセーラー服は必須だった。あとは日本刀と罵倒だね。罵倒といってもあくまで鼓舞する感じ。『ひれ伏せ愚民どもっ!』って曲も使われた」

 スマホデビューの高齢者や当時を知らない若者には意味不明の話かもしれないが、なぜか眞子さまはセーラー服姿でときに日本刀を持ち、ときに連合艦隊の司令官となり、臣民たる日本国民を愚民と罵倒しながらも鼓舞する姫君として描かれ、GIFアニメやフラッシュ、黎明期の動画配信サービスで公開された。実際の眞子様がそういうことをしていたとか、そうあってほしいということではなく、彼らが想像する本物のお姫様なら、どうふるまうだろうかとイマジネーションを膨らませた創作だ。二次創作のようなものだと考えると分かりやすいだろうか。

 二次創作、とくに実際に生きている人(その場合「ナマモノ」と呼ぶ)を題材とする行為に世間の目は厳しいが、当時は幾分おおらかだった。その対象が好きで仕方がない結果の創作で、ビジネスにつなげようという発想も薄かった。眞子さまに対しても当然、尊敬と愛しかなく、すべて信次さんのような眞子さまファンによるものであり、無償の行為だ。

「そうそう、金にもならないのによくやったよ。俺もそうだけど、みんな眞子さまというか、“マコリンペン”が大好きだった」

 いまや信次さんのような行為は笑われてしまうかもしれない。しかし眞子さまの萌え化というムーブメントは当時の大手マスコミ各社に取り上げられたほどである。課金、ステマ、投げ銭、マネタイズ ―― なんでもかんでも金の話ばかりのネット空間へと変わってしまうギリギリ前の話である。もちろん当時もネットビジネスは跋扈していたが、なんでもかんでも金というわけでもなく、無償の「大好き」に全力を注ぐネット民がいた。彼らが日本のネット文化、ネットミームを構築したと言っても過言ではない。「ネタ」の通じづらくなった現在となっては信次さんのような古参を「キモい」と笑う輩もいるだろうが、日本のネットを下支えしたのはその「キモい」無名の創作者たちである。

眞子さまが多くのネット民に愛されていた事実は残ってほしい

「いまの眞子さまを見ると辛いね。(結婚をめぐって婚約者が)あんな風に叩かれるなんて思わなかった。もちろん全部あの男が悪いんだけど」

 遥かなる時を経て、いまや眞子さまを取り巻く空気は様変わりしてしまった。それどころか、秋篠宮家そのものに対しての厳しい書き込みも見受けられる。

「あのときは皇太子夫婦(当時)と愛子さまは人気なかった。愛子さまを暴君に見立て、眞子さまや佳子さまがそれに耐えるみたいな構図を描く同人誌だってあった。いまや扱いは逆だもんね」

 本題ではないので皇室問題は端折るが、冒頭で信次さんの言った通り、時の流れは残酷だ。ちなみに佳子さまは “デコリンペン”(幼少期の髪型と広いおでこから)と呼ばれ、ご成長後は眞子さま以上の人気者となったが、信次さん曰く”マコリンペン”の「萌え」とはちょっと違うとのこと。確かに、佳子さま人気の本格化はむしろ2010年代に入ってから、古いネットミームとしての皇族のアイドル化は眞子さまに尽きる。

「とにかく眞子さまが多くのネット民に愛されたことは事実だし、その事実だけは残ってほしい」

 と願う信次さん。日本におけるインターネットの歴史は30年余り、その間に多くのネットミームが生まれては消えた。時の流れは本当に早くて残酷で、当時のネット民は中高年となり、21世紀のネットキッズに翻弄される立場となった。「感動した!」というアスキーアート(文字や記号を使って描かれた絵)で持て囃された小泉純一郎は自由化と派遣労働を推し進めたとして嫌われ、そのアスキーアートそのものもスマホの普及によって廃れた。ガラクタロボット「先行者」(実はなかなかの技術)を作っていたはずの中国は、いまや日本最大の驚異となり、日本経済はその中国に頼らなければ成り立たないのが現実だ。

 ニセモノまみれの石景山遊楽園の中国が、あんなに洗練された艦船擬人化美少女キャラクターを操るゲーム『アズールレーン』を作れるようになるなんて、当時の信次さんも筆者も考えられなかった。先に『艦これ』があるのは百も承知だが、昔の中国の模倣とはまた違う、秀逸なケレン味だ。中国なんて、上から目線で生暖かく見守るような相手だったはずなのに ―― ネットの変遷といえば、ネット民が「お前ら」と言わなくなったのはいつからだろう。言ったとしても、従来の「言ってる自分も同類なんだけどな」という連帯の意味合いは薄れた。そこに自分は含まれていない。他者と自分を切り離し、冷笑、嘲笑、侮蔑のマウントの意味合いでしかない「お前ら」だ。

「俺たちの眞子さま」の「俺たち」もそうだろうか、仲間意識が先ではなく、いまや他者を排除する前提の「俺たち」だ。なんて書いている時点で、筆者もインターネット老人会の一員なのだろう。

「でも本当に大丈夫? マコリンペンのこと書いて。いまはネタとか通じないし」

 信次さんによればネットは窮屈になったという。確かに、あの当時ほどには「ネタ」で済まなくなってしまったし、ネットミームの通じない「普通の人」がスマホの普及によって大挙して押し寄せた。裾野が広がった分、デスクトップPCにブラウザを駆使する信次さんのような古参のネットユーザーには居心地が悪いのかもしれない。

「もうネットで自分からは何も発信してないよ。せいぜい買い物したりニュース見たり、あと昔のサイトを覗くぐらいかな。昔よく行った掲示板はどこも過疎ってるし」

 信次さんはもうネットで昔のような面白おかしいことはやっていないという。年をとったというべきか、老兵は静かに去ったというべきか。意味合い的には2ちゃんねる創設者のひろゆき氏が最初に書き込んだと記憶するが、面白い人が面白いことをして、それを面白くない人が見に来て、その面白くない人が面白くないことをし始めて、面白い人が見切りをつけて去り、面白くない人だらけになって終わる ―― この繰り返しの果てにあるのが現代のインターネットだと信次さんは力説したが話が長い上に早口なので割愛する。

「昔の眞子さまの萌え化に加担しといてなんだけど、皇室離れってあり得るんじゃないかな。みんなウンザリしてると思う。でもそのきっかけが眞子さまって、なんだか悲しいね」

 皇室のアイドル、平成のプリンセスとして、いにしえのネット民に愛された眞子さま――現在の婚約者へのバッシングたるや隔世の感があるが、2000年代に暴れたネット民の大半も年をとるわけである。信次さんは50代、筆者だって来年には50歳の仲間入りだ。

 信次さんは以降、「令和の道鏡」と呼んで眞子さまのお相手を罵り続けたが、これもまた長い話かつ不敬の極みなので割愛させていただく。

「でも、その辺の男でもきっかけさえあれば姫さまと結婚できるってことだよね、俺でも。未婚独身だし」

 だからといって佳子さまや愛子さまを狙われても困るし信次さんが皇族とか宮家なんて絶対イヤだが、なるほど自由恋愛だから誰にもチャンスがあるのは事実、この点は女性天皇や女性宮家を心配する人たちの気持ちもわかる。信次さんは「ネタだよネタ」と笑ったが、現在の眞子さまに関してはもう「ネタ」では済まない状況、皇室の存続すら疑問視されるような次元に至ってしまった。あんなに愛された“マコリンペン”だったのに。

「お国の大切なお姫さまを“マコリンペン”なんて呼んで萌え化したこと、昔バカやったなあ、って笑って振り返るはずだったのに、こんな悲しい気持ちで振り返ることになるなんてね。とにかく幸せになってほしい」

 なんとも複雑、すっかり父親の気持ちになっているような気がする信次さん。それは眞子さまやマコリンペンへの思いとともに、当時のインターネット文化に対する郷愁も混じっているのだろう。「昔は良かった」という親世代の口ぐせを罵った私たちも、同じように「昔は良かった」と思う時が来たということか。

 今年、お前らの“マコリンペン”こと「俺たちの眞子さま」は30歳をお迎えになる ―― 。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。角川書店「コンプティーク」編集部などを経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞評論部門奨励賞受賞。著書『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)、共著『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)他。『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太に愛されたコミュニスト俳人 』(コールサック社)6月刊行予定。