この街では、誰しもが“コンプレックス”を抱えて生きている。

あなたも身に覚えはないだろうか?

学歴、外見、収入…。どれだけスペックを磨き戦闘力を上げても、どんなに自分を取り繕っても、何かが足りない。「劣っている」と感じてしまう。

…そう、それがコンプレックスだ。

先週は「結婚できない」コンプレックスを抱える女を紹介した。

今週の主人公は、起業系港区女子・のぞみ(29)。彼女が抱える、根深いコンプレックスとは...?




高橋のぞみのコンプレックス:「私は所詮、田舎の庶民」


西麻布なら、学生時代から私のテリトリーだ。

パーティ用ドレスやバッグのレンタルサービスで起業したのは、私がまだ大学生だった22歳の時。

今でこそファッションアイテムをレンタルする人も増えたが、7年前にこういうサービスはマイナーで一般的とは言い難かった。

それが「購買より経験」という時代の流れも味方となり、私は「美人女子大生起業家」として、SNSを中心に瞬く間に認知されていったのだ。

収入の増加に比例して遊び方もどんどん派手になり、私の遊び場所は早々に渋谷から西麻布へと移った。

私は、愛知県の小さな町から大学入学のために上京した。

両親は、悪い人達ではない。だが女の子は地元で幅を利かせる一族の嫁になるのが幸せだ、と信じて疑わないようなところがあった。

けれど私は、どうしても都会で自分の実力を試してみたかったのだ。

いつでも、がむしゃらに努力をした。受験も大学の勉強も、起業も自分磨きもすべて全力で頑張った。そうしてやっと、「美人女子大生起業家」の肩書きを手に入れたのだ。

大学を卒業してからは本格的に事業を拡大し、自力で広尾に部屋を借りられるまでになった。

夜はタクシーでお食事会や会食、ホームパーティに駆けつける毎日。

そうした場で友人になったのは、やはり同じ女性起業家たち。美貌だけでなく肩書きも持ち合わせる彼女たちは、みなとびきり若く美しく、そして非常に賢い。

しかしそんな彼女たちと深く付き合ううち、私は自分との決定的な違いに気がついてしまった。

彼女たちにはなんというか、“焦燥感”のようなものが一切ない。

それもそうだ。彼女たちの多くは、いわゆる東京生まれ東京育ちの、生粋のお嬢様だったから。

起業の出資金を親がポンと出してくれただの、未だに代々木上原の実家から通っているだのという話を聞くたびに…私はどうしようもないコンプレックスを感じるようになってしまった。


のぞみが「東京育ちではない」ことにコンプレックスを抱いた、あるきっかけとは



東京生まれ東京育ちの彼女たちと比べ、私が外見や収入で劣っているわけではない。

人脈も多くオシャレと評判の私は、むしろ皆のリーダー的ポジションであった。しっかり者で、食事会や誕生日会の幹事も大抵私がこなす。

...けれど、やはり根本が違う気がするのだ。

例えば彼女たちは芸能人やモデルを見ても、絶対に驚かない。親の名前を聞くと、誰もが知っている老舗企業の重役だったりする。私からしたら信じられないような金額を、平気で服やバッグにつぎ込むのも間近で見てきた。

けれども私は、彼女たちのグループの一員として考え方や行動を真似るうちに、自分もまるで東京出身のお嬢様になれたかのような気になっていたのだった。

だが、ある日事件は起きた。

仲間の1人に頼まれ、私がお食事会の幹事を務めることになった時のこと。私は張り切って、パーティで知り合った気鋭の起業家ばかりを4人も集めた。

皆それなりに収入もあり、外見も悪くないメンバーのつもりだった。場所は『サイタブリア バー』を選んだ。




しかし、その夜の仲間たちの反応は微妙だった。

楽しそうにしていたのは私だけで、他のメンバーは男性陣の誘いに乗らず1次会で帰ると言い出したのだ。

1人で2次会に行くわけにも行かず、仕方なく近場のバーに流れ、女子だけで飲みなおす。

こういう時の女は辛辣だ。

「なんか、やっぱり昨日今日にお金を持ち出した男の人って、下品だよね」

一人がそう言うと、他の皆もその通りと言わんばかりに頷く。私がセッティングをしてあげた食事会だということを忘れているのだろうか。

仲間内でも特に毒舌な者が酔った調子で続ける。

「わかる。東大とか出てるのは凄いけど、今の稼ぎに人格が追いついてないっていうか。所詮、田舎者があぶく銭持ち出した感丸出しだよね!」

女たちの残酷な笑い声が響く。うつむく私の表情を気に留める者はいない。

あの瞬間、私はどれだけ惨めな思いをしただろう。

そして、やっと気がついた。友達のような顔をしておいて、この子たちは私のことを所詮田舎者とバカにしていたのだ。

散々奢ってもらい、高いお酒を頼んだくせに相手の悪口を言うなんて、自分たちの方がよっぽど品がないのではないか。

「用事を思い出したから帰る」というのが精一杯だった。

店を出て西麻布の冷たい夜の空気を吸って、やっと怒りと惨めさをじっくりと体感することができた。

そして改めて気がつく。私はなんてお人好しだったのだろう。

今までもずっと、彼女たちは私を馬鹿にしていたではないか。

SNSのブランディングのためにとインスタのフォロワーを購入しようとする私に、こうも言ってきたこともある。

「そこまですることないよ。それにフォロワー数で評価するのって、地方の人だけよ。本当のインフルエンサーは、フォロワー数じゃなく、誰にフォローされているかが大事って港区の人はみんな知ってるよ」

あの時の自分は、そんな新しい知識を教えてくれる仲間たちに感謝すらしていた。でも違う。あの時彼女たちは、自分をバカにしていたのだ。

ー絶対に負けない。

私は悔し涙を浮かべながら、やっとの思いでタクシーを拾った。


仲間だと思っていた友人たちの本音に傷つき、更に野心を燃やすのぞみ。彼女がたどり着いた境地とは


あの日の食事会以来、私は彼女たちに心を開くのをやめた。

もちろんSNS上や表向きには仲良くしている。

だが、もう彼女たちの話を有り難く聞いて回る必要性を感じなくなったのだ。

付き合いの悪くなった私について、彼女たちはアレコレ噂をしているようだが、あまり気にならない。

その代わり私の周りには、同じように地方から上京し東京で頑張っている友人が出来始めた。




大分県から出てきて、自分で酵素ドリンクの開発をした友人。

鳥取県出身の男友達はWEBメディアを立ち上げ、絵に描いたような東京暮らしを謳歌している。

そんな私たちには共通点があった。

皆、みっともないほどに頑張って、富や名声、分かりやすい成功というものに必死に喰らいついていく。バブル時代みたいだと揶揄されようと、まったく気にしない。

「あの子、ガツガツしすぎだよね」
「本当にすごい野心。真似できない笑」

かつての仲間たちから、影でそんな風に言われているのも知っている。でも、それが私だ。

この野心が私を、愛知県の小さな町からこの大都会・東京に立たせているのだから。


「のぞみ、『味仙』のラーメン食いに行こう」

そう言って笑うのは、忘れもしないあの日の食事会の男性側幹事・真斗(まさと)だ。

私たちは、最近付き合い始めた。

真斗も私も同じ愛知県出身なので、一緒に名古屋グルメを食べ歩いたりしている。

あの夜、内心は真斗に惹かれていたものの、見せかけの友人たちの視線が気になりアプローチできずにいた。

だが後日、どうしても気になって私から連絡し、自然と付き合うようになったのだ。

真斗はたしかに分かりやすいブランド品が好きだし、洗練されたセンスの持ち主とは言えないかもしれない。

だが隣で笑う真斗といると、私はありのままの自分を愛せるような気がするのだ。誰がなんと言っても、私の彼氏はいい男である。

故郷の話で盛り上がれるし、東京での煌びやかな生活は、正当な成功の証として堂々と享受しようという考えも共通している。

私たちは、ごく自然に西麻布の交差点で手を繋ぐ。

緊張もせず、背伸びもせず、ありのままで。

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