【伊藤 結希】日本の一部の美術展はなぜ異常に混雑するのか…見えてきた「入場料依存」の実態と「学術機関としての美術館」の終焉
日本の一部展覧会での異様な混雑ぶり
モネ、フェルメール、ゴッホ……。日本で開催される西洋画の展覧会はいつも混んでいる。美術館のコレクションを展示するいわゆる常設展や一部の現代美術の展示は空いていることが多いのに対して、「〇〇美術館から名画が来日!」系の展示は人混みの隙間から作品を見ることもしばしばだ。
人気を博した国立西洋美術館の「モネ 睡蓮のとき」展(2024-2025)は、入館まで1時間も要したと聞く。同館の年報によれば、モネ展の最終的な入場者数は807,566 人(開催日数は筆者算出で108日)を記録。単純計算でも1日あたり約7,500人にのぼる。休日など1万人を超えた日もあったのではないだろうか?
展覧会が「イベント産業」になっている構造
なぜこんなにも日本の企画展は混雑するのか。その答えは、展覧会が新聞社やテレビ局といったマスコミと結びつき、一種の「イベント産業」の枠組みで展開している日本独自の構造にある。
実際、国立西洋美術館のモネ展の主催者には、日本テレビ放送網、読売新聞社、BS日テレの社名が並んでいる。マスコミ共催展は、目玉の作品を中心に、広告・記事・テレビ特集など、とにかくあの手この手でマスコミならではの広報力を駆使して人を呼ぶのが基本だ。近年ではSNSや動画メディアの影響力を背景に、人気ミュージシャンによる公式ソングの制作といった手法も取り入れられている。例えば、国立新美術館の『YBA & BEYOND』展(2026)ではVaundyが「シンギュラリティ」を、上野の森美術館『大ゴッホ』展(2026)ではキタニタツヤが「肺魚」を寄せた。
そしてマスコミ共催展は単発の興行である以上、ひとつの展覧会で確実に利益を回収する必要がある。その結果、可能な限り入場者数を最大化せざるを得ない。とにかく集客し、とにかく展示室に詰め込み、黒字化させる。これが日本の展覧会が混雑するカラクリだ。
もっとも、こうした展覧会のイベント産業化はすでに、朝日新聞社で実際に展覧会企画に携わっていた古賀太が著書『美術展の不都合な真実』で詳しく論じている。国立館がマスコミ主催の企画展を開催する場合、基本的に国立館が予算を出す必要はない、と彼が説くように、マスコミ共催展は双方にメリットがある。美術館は自ら多額の予算を負担することなく大規模展を開催でき、マスコミは収益とブランド価値の向上を得る。限られた公的資金のもとでは、こうした協働は美術館にとって現実的な運営戦略のひとつとなっている。
そもそも、なぜ大量集客が必要なのか
しかし、ここで改めて考えたいのは、なぜ日本の展覧会はこれほどまでに大量集客を必要とするのか? という点である。というのも、個人的な感触として、たとえどんなに人気な企画展であっても海外の美術館で日本ほど極端な混雑を見かけたことがない。
マスコミ共催展が日本独自の構造であると先に述べたように、海外では展覧会の主催はあくまで美術館主体で、日本のように新聞社やテレビ局が主催し、自社の展覧会を広報するケースは一般的ではない。
この<過度な混雑が発生しない>、言い換えれば<集客に対するプライオリティが低い>という違いは、単にマスコミ共催展の有無によるものではなく、美術館がどのような財源によって支えられているのかという財政面の問題と密接に結びついているのではないだろうか? 本稿では、こうした仮説のもと、海外の美術館と日本の美術館の収入構造を比較したい。ここでは海外の事例として、政府予算に占める文化支出の割合が比較的日本と近いイギリスを参照する。
入場料収入への依存度が低いイギリス
イギリスには、文化・メディア・スポーツ省(The Department for Culture, Media and Sport /DCMS)、つまり政府がスポンサーする15のミュージアムがある。大英博物館、ナショナルギャラリー、自然史博物館、V&A、テートなど有名どころがそれに含まれる。
イギリスの公的資金監査機関(National Audit Office)の報告によれば、2024/2025年度の全15のミュージアムに対する政府補助金(Grant-in-Aid/GIA)は、4億8400万ポンド。また、DCMSの報告によると同期間の15のミュージアムの自己収入は13億ポンドだという。その内訳をみてみよう。
【DCMSが補助する15のミュージアムの自己収入13億ポンドの内訳 2024/2025】
12億ポンド(全体の90%):ファンドレイジング・寄贈による収入
→ 大英博物館への大規模寄贈があったために例年よりも膨らんでいる
7,100万ポンド(5%):入場料収入
7,000万ポンド(5%):商業活動による純利益
(DCMS-sponsored museums and galleries annual performance indicators 2024/25: headline release参照)
なんと自己収入13億ポンドのうち、実に約90%がファンドレイジングや寄付によるもので、入場料収入はわずか5%に過ぎない。
さらに個別の事例としてテートを参照しても、同様の傾向がみられる。次の円グラフはテートの2024/2025年度決算資料に掲載されている収入内訳だ。ピンクと緑が示す政府補助金(GIA)の約5,390万ポンドは総収入の約32%を占める一方、やはり水色のチケット収入は最も小規模で約5.5%にとどまる。
注目すべきは、政府補助金(GIA)に次ぐ規模を占める、紫色のファンドレイジング収入の厚さである。テートの年報によれば、これには企業パートナーシップ(ヒョンデ自動車との長期契約や、GUCCIからの支援、UNIQLOによるテート・モダン25周年事業の支援など)に加え、地方自治体やアーツ・カウンシル、さらに宝くじ資金を原資とするNational Lottery Heritage Fundといった政府とは異なる公的助成、そして個人・財団によるフィランソロピー寄付が複層的に組み合わさっている。
そして、ファンドレイジング収入に続くのが、オレンジ色のトレーディング・インカムである。基本的にイギリスのミュージアムの多くが、公共性が高いという理由で法的にはチャリティ団体という位置付けだ。ゆえに営利活動に制限があるところ、テートは、Tate Enterprises Limitedという商業活動可能な会社を設置することで、利益を創出・ミュージアムに還元する仕組みを作っている。その事業内容は、出版・グッズ制作・画像ライセンスビジネスから、飲食、メンバーシップ運営、そしてメディア制作やコンサルティング(=テートの知識・ブランド・ネットワークを外部に売る)まで多岐にわたる。
ここからわかるのは、イギリスの美術館は多様な財源を組み合わせることで、入場料収入への依存を抑えている、ということだ。そのため、単一の展覧会の集客に過度に依存する必要がない。長期的な目線で学術的価値と集客性のバランスを比較的柔軟にとることが可能であり、つまり、チケットを可能な限り多く捌くことへのプレッシャーが比較的低い、といえそうだ。
集客力の高い美術館の入場料収入に頼る日本
さて、対してイギリスと比較したい本邦の事例は、独立行政法人国立美術館である。2001年に設立した同法人は、2026年時点で日本の7つの国立美術館と本部に設置された国立アートリサーチセンターを運営している。
同じように政府からの支援を受けているとはいえ、厳密にいえば、DCMSが補助するイギリスの15のミュージアムと独立行政法人国立美術館は法人格・運営構造の面で異なる性格を持っているのだが、準公共セクターのミュージアム群という意味で両者の比較には意義があると考える。
ではさっそく令和6年度(2024年4月1日〜2025年3月31日)の事業収益報告を見てみよう。今回は法人本部は考慮せず、美術館だけの数字に注目する。
すると、全館合計収入トップ2が運営費交付金と入場料収入であることがわかる。運営費交付金とは、いわゆる政府からの補助金だ。収益全体に対して運営交付金は実に61.5%(40.99億円)、入場料収入は16.6%(11.07億円)を占める。
意外と入場料収入の割合が低いじゃないか、と感じられた読者もいるかもしれない。ただし、運営交付金と入場料収入の関係は、館ごとにかなり大きな差があることに注意が必要だ。例えば、国立近代美術館の入場料収入が1.22億円なのに対して、国立西洋美術館の入場料収入は入場1時間待ちだった「あの」モネ展効果だろうか、5.23億円と実に倍以上を記録している(なんと国立西洋美術館の入場料収入は運営交付金を上回っている)。また国立新美術館も入場料収入が2.97億円と、国立西洋美術館には及ばないながら、チケットの売り上げが好調だ。言い換えれば、法人内の集客力の高い美術館の入場料収入で、集客力の芳しくない美術館の収入のバランスをとっているわけだ。
この表から読み取れる要素として、強調しておきたいことがある。それは、入場料収入総額11.07億円に匹敵する厚みを持つ別の収入源の不在である。例えば寄付金収益は総額3.87億円で、入場料収入総額には遠く及ばない。例外的に国立新美術館は、公募展事業収入(展示室の場所貸し)が3.05億円と不動産賃貸収入1.10億円が良い収入源になっていることが窺えるが、それは六本木という優れた立地で、コレクションを持たない(=常設展がない)ゆえのある種特別な収入であり、他館が真似できるものではない。
すなわち、独立行政法人国立美術館全体の収入にかんしていえば、国費をベースにしているとはいえ、そして、入場料収入総額は全体の4分の1程度だとはいえ、他の収入源があまりにも心許ない。結果として、入場料収入で一定金額以上を稼がなければままならない自転車操業、あるいは入場料収入を大きく失うことはできない緊張感を強いられているのが日本の国立美術館の現状だといえよう。
マスコミ共催を前提とした資金構造
このような収入構造が、美術館の展覧会のあり方にどのような影響を及ぼすのか。その具体的な事例として挙げたいのが、昨夏、東京国立近代美術館が開催した戦争画展だ。同展は、内覧会はおろか、チラシやポスターも展開されない異例の展覧会として話題になった。
美術メディアTokyo Art Beatの取材によれば、東京国立近代美術館は当初この企画展をマスコミ共催展で構想していた。しかし「本展を『センセーショナルなものにすることは美術館の本意ではない』ことや、学術的研究に基づきデリケートなメッセージを鑑賞者に伝えることを企図したため、途中段階で共催展を取りやめ、館のみの自主展に切り替えた」という。裏を返せば、それは、マスコミとの共催展には学術的研究に基づきデリケートなメッセージを鑑賞者に伝えることができない不自由さがあることを意味する。確かに、戦争画展で万が一にも公式ソングの制作を提案されたらたまったものではない。
なにより衝撃的なのは、自主展に切り替えた結果、展覧会カタログの発行が叶わなかったことだ(苦肉の策として同館は2026年5月に展覧会カタログに代わる記録集をPDFで無料公開)。展覧会カタログとは、学芸員による研究成果を発表し、展覧会という一過性の出来事を記録し、後世に伝えるための重要なツールである。
この展覧会は自館のコレクションを中心とした企画であり、従って比較的低コストな形式であったはずだ。にもかかわらず、カタログ発行のための予算が確保できなかったという事実は、重く受け止めるべきだろう。東京国立近代美術館の事例は、日本の美術館がマスコミ共催を前提とした資金構造のもとに置かれていることを端的に示している。
文科省「第6期中期目標」がもたらす弊害
こうした状況を踏まえると、文化庁および文部科学省が独立行政法人国立美術館に対して要求する「第6期中期目標」は、頭痛のタネでしかない。同目標では、現状50%を占める展覧会事業における自己収入比率を令和12年度までには65%以上に引き上げ、最終的には100%に近づける方針を示している。
ここまで見てきたように、現状の日本の美術館の収入構造を鑑みれば、この方針はさらなる入場料収入への依存、マスコミ共催展への依存を強める可能性が高い。実際「第6期中期目標」には、たくさんお客を呼んで自己収入を増やした美術館には、ご褒美として追加で予算を進呈するインセンティブ制度を検討している旨が書かれている。これでは、国自らが本来支援すべき学術性の高い展示よりも、集客の見込める一般ウケの良い展示の開催を後押ししているようなものだ。
学術機関としての美術館の終焉を迎える前に
いずれにせよ、日本の美術館は可及的速やかに公的資金、寄付、商業活動などを組み合わせた多様な収入源を確保する必要があるだろう。本稿で参照したイギリスの事例は、そのひとつの参照項となりうる。マルチインカムは単に「第6期中期目標」に対応するためだけでなく、外的要因(=展覧会の入場者数の多寡)に左右されにくいサスティナブルな美術館運営を目指すためにも重要な鍵を握るはずだ。
しかし同時に、イギリスのモデルも無条件に理想化できるものではないことは念のためここに付しておきたい。イギリスでは2010年以降、公的文化予算が実質的に削減傾向にあり、日本と同様に多くのミュージアムが自己収入の拡大を迫られている。テートのような大規模館は潤沢な寄付や企業協賛を集めることができる一方、地方の中小規模ミュージアムでは、プロジェクトごとに申請する単発助成金への依存が強い。その結果、現場では展覧会の企画・研究そのものよりも、採択されるかどうか不透明な助成金申請業務に多くの時間と労力が割かれる本末転倒な状況すら生じている。
加えて、イギリスの寄付文化そのものも、日本とは大きく条件を異にしている。イギリスにおける寄付は、たとえ個人でも、億万長者が数億円規模の資金を美術館に拠出することも珍しくない。対して日本では「第6期中期目標」内でもクラウドファンディングの活用を推奨しているくらいだ。ファンドレイジングや寄付の選択肢が限定的かつ小規模にならざるをえない。
なにより、多様な収入源の確保といっても、日本の美術館の現場は、すでに日常業務を回すので手一杯である。新たな資金源獲得業務に割けるリソースは限られている。公的資金を抑制しつつ自己収入の増加を求める文化庁および文部科学省の方針は、美術館に対して実現困難な負担を課していると言わざるを得ない。もし今後、「混雑しすぎる展覧会」ばかりが増加の一途を辿るならば、それは学術機関としての美術館の終焉のときなのかもしれない。
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