「29歳の息子が音信不通になりました」名門一家の60歳社長が15年ふたりで暮らした息子の消息を調査する理由
「五月病」は真面目で責任感ある人がなりやすい
もうすぐゴールデンウィークだ。長期の休みが明けると、いわゆる「五月病」を発症する人が増える。五月病とは、連休明けに、なぜか体が動かなくなる、眠れない、食欲が落ちる、気持ちが落ち込むなどの症状が出て、出社できなくなることを総称した俗語だ。
日本予防医学会は、「五月病になりやすい人は、几帳面で真面目で責任感がある傾向があり、症状が長引くとうつ病にまで進行することがある」と注意喚起している。
日本企業の多くは、従業員に効率性を競わせる傾向がある。今、真面目で責任感がある人は、ノルマの達成に心を砕いているだろう。そして、連休で緊張がほどけて、五月病に陥るケースも考えられる。厚生労働省のサイト『こころの耳』では、過労傾向にある人の兆候チェックや、職場のストレスセルフチェックなどができる。連休中に自身の働き方や職場環境をチェックし、現在地を知ることもが五月病の対策につながるのではないだろうか。
キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんは、メンタル心理アドバイザー、夫婦カウンセラーの資格を持つ。「連休が明けると、親が子供の調査を依頼するケースが増えます。いわゆる五月病で出社できなくなったり、行方不明になったりするからです」という。
学生時代は警察官を希望していたが、当時は身長制限があり、受験資格はなかった。一般企業に勤務するが、目の前の人を助けたいという思いは強く、探偵の修行に入る。探偵は調査に入る前に、依頼者が抱えている困難やその背景を詳しく聞く。山村さんは相談から調査後に至るまで、依頼人が安心して生活し、救われるようにサポートをしている。
「探偵が見た家族の肖像」に続く山村さん連載「探偵はカウンセラー」は、山村さんが心のケアをどのようにして行ったのかも含め、様々な事例から、多くの人が抱える困難や悩みをあぶりだしていく。個人が特定されないように配慮しながら、家族、そして個人の心のあり方が、多くの人のヒントとなる事例を紹介していく。
今回山村さんのところに相談に来たのは、60歳の智久さん(仮名)だ。「息子と音信不通になった」と連絡をしてきた。話を聞いていくと、29歳の息子は社会人になって2年目の5月に会社に行けなくなった経験があった。
山村佳子(やまむら・よしこ)私立探偵、夫婦カウンセラー。JADP認定 メンタル心理アドバイザー JADP認定 夫婦カウンセラー。神奈川県横浜市で生まれ育つ。フェリス女学院大学在学中から、探偵の仕事を開始。卒業後は化粧品メーカーなどに勤務。2013年に5年間の修行を経て、リッツ横浜探偵社を設立。豊富な調査とカウンセリング経験を持つ探偵として注目を集める。テレビやWeb連載など様々なメディアで活躍している。
「29歳の息子と連絡が取れなくなってしまったんです」
智久さんは、私が過去に浮気調査をした方からの紹介でした。「友達に、調査を頼みたい人がいる」と連絡があり、その人に伴われて翌日カウンセリングルームまで来たのです。智久さんは、帽子とサングラス、マスクとメガネをかけて顔を完全に隠していました。家族の秘密を人に知られたくないと強く考えている人の中には、このような変装をする人がたまにいます。
紹介くださった元クライアントの方が、「じゃ、ちゃんと正直なことを話せよ」と言い出ていくと、サングラスと帽子を外し、小さな声で「よろしくお願いします」と言います。
「あのですね。本当に恥ずかしいのですが、29歳の息子と連絡が取れなくなってしまったんです。父親失格ですよね。僕は最低です。息子はたった1人の家族なのです」
ひとまず落ち着いていただき、ゆっくり背景について伺うことにしました。智久さんは、親戚に元閣僚もいる地方の名家出身で、一族で老舗旅館やホテル、ガソリンスタンドチェーンなどを多角的に経営しています。智久さんは東京である事業会社の代表を務めています。
智久さんは、ずっと一人で悩んでいたようです。
45歳で離婚するまで、家族を顧みていなかった
まずは智久さんが妻と離婚するまでのことから聞くこととなりました。智久さんは45歳で離婚するまで、整った容姿と財力に群がってくる女性たちとの交際を優先し、家族をないがしろにしていたのです。
「30歳で結婚した妻だけが、両親も認めた人です。妻の父は東京の老舗企業の役員で、アメリカ留学を経て大手企業に勤務していた。賢い人だから、僕の浮気を何も言わずに耐えていた。そして、結婚15年目に“離婚する”と言い出て行ったのです」
その時、14歳だった息子は「お父さんといる」と言い、12歳の娘は妻側につきます。
「僕は2人とも妻のところに行くと思っていたので、息子が僕を選んでくれたのは意外だった。あまりの嬉しさに吐くように泣いたんです。今でも息子には感謝しているんです」
息子が智久さんを選んだのは、アメリカに行きたくなかったからだそう。元妻は現在アメリカで生活しています。シングルファザーになった智久さんは、息子の高校、大学と毎日弁当を作り、生活全般をサポートします。
「たった一人の家族ですから。それに、息子には苦労させたくなくて、常に励まして、欲しいものを与え、やることなすこと全て肯定していました。といっても息子は優秀で私立の付属校からドロップアウトすることもなく順調に大学まで進んだので、心配することは何もなかったのですが」
「そんな業界はダメだ!」
大学3年の就職活動時、息子は「好きなことを仕事にしたい」と、ゲーム会社に就職したいと宣言。智久さんは銀行か商社に入れるつもりで準備を進めていたので、息子の進路に大反対。ついきつく怒鳴ってしまったそうです。
「僕が『そんな業界はダメだ! 銀行か商社に行け。それ以外は絶対に許さない』と言ったら、呆気に取られていた顔をしていました。人は驚くと表情がなくなるんですよ。それでも息子は震えながら『僕は絶対にゲーム会社に行く』と行った。だから私は『お前はプライドが高く、気持ちが弱い。体育会的だったり、ヤンキー的なノリには絶対についていけない。入ってもすぐに辞めるだろう』と真実を伝えました」
ここまで言われたのなら、それまで何でも肯定されてきた息子は、大きなショックを受けたはずです。それに絶対銀行か商社に行けと言われても、そういう人気企業で内定を取るのは簡単ではありません。志望しない職種であればなおのことです。
しかし、息子はゲーム会社への就職活動を頑張り、第一希望の会社に入社、一人暮らしも始めます。
新卒時は営業部に配属されましたが、希望していたクリエイティブ部門とは異なる体育会系のノリ、厳しい売上ノルマを課されるなどして疲れ果てたのか、入社2年目の5月に休職することになりました。
「『だから言った通りだろう』と。思えば五月病だったんですよね。就職してから、家にはあまり帰ってこなくて、半年くらい会っていなかったんですよ。たまに『生きてるか?』とLINEする程度の関係になっていました。そんな連休明けの朝、息子から『体が動かない』と連絡があり、車で迎えに行って総合病院に駆け込んだのです。検査してもらったら、どこも悪くない。心療内科に行ったら適応障害と診断されました」
「お父さんが女遊びをしているからお母さんが出て行った」
しかし、息子は「僕が心の病になるなんてありえない」と服薬治療を拒否。さらに医師に「僕は会社が好きなので、早く働きたい」と言います。一旦実家に戻り、3ヵ月の休職し療養します。智久さんの看病もあり、2ヵ月ほどで出社できるまで回復したのです。
「僕は親から確かに無理やりこうしろとは言われてこなかった。息子が後継者になりたいかどうかは息子の人生なのに、心の病になるほど追い詰めた一端は僕にもあると反省したのです。その時に、後継者にすることは諦め『俺が間違っていた。その会社でがんばれ』と言いました。そして、息子は一人暮らしの部屋に戻ったんです。
ただ、その頃から夜中に電話をかけてくるようになりました。その内容は、すべて私への恨み言です。『お父さんが女遊びをしているから、お母さんが出て行った』『お母さんはいつも泣いていた』とか、僕が覚えていない細部の発言や所作、服の柄、香水の匂いまで描写しながら喋り続ける。こっちも相手してられなくて、途中で切るとまたかけてくる。あの頃は私も不眠になり、精神科に通っていました」
でも、息子は彼女ができると、電話がなくなる。そして相手と別れると智久さんにかけてくる。
「後継者でなくなっても、息子のことは愛していますし、大切です。だからと言って、そこにつけ込むようにして、ネガティブな感情を一方的にぶつけていいことにならないと思うのです」
かといって、息子を拒否できない智久さんは、2ヵ月前に息子の電話を無視すると決めました。
「お父さんはもう、僕のことはどうでもいいんだね」
「約6年間も息子の恨み言を聞いていたのだから、もう限界だったんです。2週間ほどすると『お父さんはもう、僕のことはどうでもいいと思っているんだね。もう親子の縁を切ろう。引っ越すけど探さないで』とLINEが来ました」
息子とのLINEの画面を見せていただいたのですが、息子からの着信で埋め尽くされている。異常ともいえる状況になっていることがわかりました。この画面を見る限り、息子は明らかに心を病んでいます。見捨てられることへの不安が強く、感情調節ができなくなっている。智久さんにとって思い出したくない過去のことを言い続けるのは、“試し行動”のように感じました。これは、境界性パーソナリティ障害や愛着障害の人によく見られる行動です。
「なんかそんな病名を聞いたことがあります。息子にはLINEをブロックされ、電話も着信拒否になっています。家は本当に引っ越しているような気がします。そもそも引っ越してなかったとしても僕は息子の家の鍵を持っていないので中に入ることはできません」
そこで、私に調査を依頼されたのです。私のカンでは息子は生活を変えていないと思いましたが、智久さんは本気で心配しています。ただ、こういう場合、息子が拒否をした場合は居場所などを伝えることはできません。それでも調査を依頼したいという希望を受け、住んでいた息子の住所を教えてもらい、調査に入ることにしました。
◇智久さんは、自身が浮気を続けていたことも反省しているし、息子を大切にもおもっているのだろう。名門の家庭で守らなければならないものもあり、そのプレッシャーも抱えているのだろう。そういう背景はあるけれど、さまざまな要因が重なって音信不通になっているのだろうと思われる。まずは息子さんが元気に暮らしているかどうかをきちんと見届けることが必要だ。
では息子は引っ越してしまっているのか。元気でいるのか。後編「15年前に離婚、息子と暮らしていた60歳父からの「音信不通の息子の調査」、父が内緒にしていたこと」にて詳しくお伝えする。
