(※写真はイメージです/PIXTA)

写真拡大

先代から受け継いだ好立地の資産が、ある日を境に「重荷」へと変わる――。 都心部で相次ぐ地価高騰は、普通の家庭にさえ、数千万円単位の納税という過酷な現実を突きつけます。ある男性のケースから、実家相続の苦労をみていきましょう。

地価高騰で実家が思わぬ金額に

「父は本当に堅実な人でした。贅沢は一切せず、退職後も同じ家に住み続けて…。まさか、現金がこれほど少ないとは思っていませんでした」

都内在住の会社員、斎藤悟さん(44歳・仮名)。父・昭一さん(享年72歳)が急逝し、慌ただしく葬儀を済ませてから遺産整理を行いました。その際に見つけた預金通帳を見て、斎藤さんは愕然とします。残っていたのは、葬儀費用を差し引くと約800万円。一方、昭一さんが一人で暮らしていた都内の実家は、評価額が約2億円にのぼることが判明しました。

問題は相続税です。 相続税の申告と納付の期限は、死亡から10カ月以内。その期限までに、斎藤さんはおよそ5,000万円を現金で用意しなければなりません。

実家は3代前から続く都内の一戸建てです。周辺の地価上昇により評価額は大きく膨らんでいましたが、賃貸に出しているわけでもなく、収益はゼロ。いわゆる「高評価額・低収益」の典型的な不動産だったのです。

「都内でも立地のいい場所にあるので、正直、将来は安泰だと思っていました。しかし、相続税を払うには現金が必要です。5,000万円もの大金、普通に働いていてあるわけがありません」

周囲からは「売ればいいのではないか」という声も上がりました。しかし、「不動産を売って納税する」という選択は、決して簡単なものではありませんでした。

最大の壁は、相続発生から10カ月という圧倒的な時間不足です。不動産の売却には、相続登記、境界確定・測量、遺品整理、売却活動、そして契約・引き渡しといった工程が必要です。これらには通常、6カ月から1年以上を要します。

それ以上に判断を遅らせたのが、感情の問題でした。 「曾祖父の代から続く家なので、私の一存だけで売却していいものかと迷いました。相続人ではない親族からも『売るなんて親不孝者だ』と言われ、時間だけが過ぎていきました」

結局、斎藤さんは納税資金を工面するため、金融機関から「つなぎ融資」を受ける決断をしました。高額な借金を背負い、利息を払いながら売却先を探す日々が続いています。

なぜ「売ればいい」は、机上の空論で終わるのか

「2億円の価値があるなら、売ればお釣りが出るはず」という周囲の助言は、実は現実味を欠いています。 国税庁『令和6年分 相続税の申告事績の概要』によると、相続財産の構成比において土地が占める割合は30.2%にのぼります。特に地価高騰が続く都心部では、斎藤さんのように「普通の会社員が、実家を相続しただけで数千万円のキャッシュを求められる」というケースが後を絶ちません。

まず斎藤さんを追い詰めたのは、相続税法における救済策「小規模宅地等の特例」の適用外という現実でした。 この制度は、亡くなった人と同居していた親族などが自宅を相続した場合、土地の評価額を最大80%減額できる強力なものです。しかし、斎藤さんのようにすでに独立して持ち家がある子が、一人暮らしの親の家を相続する場合、原則として特例は適用されません。2億円という評価額に対し、軽減措置なしで税率が直撃したことが、5,000万円という巨額の納税負担を生む要因となりました。

さらに実務上の大きな壁となるのが、相続税の申告期限です。 「死亡から10カ月以内」という厳格な期限に対し、相続登記や遺品整理、親族間の感情的な対立といった工程を積み上げると、時間はあまりに短く、結果として「売り急ぎ」を招きます。期限が迫り、買い主側に足元を見られた結果、相場から2割、3割と低い価格での「叩き売り」を余儀なくされるケースも珍しくありません。

金銭での一括納付が困難な場合、税務署への延納という選択肢もありますが、条件によっては年数%の利子税が発生します。また、土地そのものを国に納める「物納」は許可要件が厳しく、財務省の統計を見ても近年その利用件数は限定的です。 結局、斎藤さんのように金融機関から「つなぎ融資」を受け、利息を払いながら売却を待つのが、現実的な苦肉の策となるケースが少なくないのです。

斎藤さんのケースでは、急な相続の発生により苦境に立たされました。不動産は価値のある資産ですが、決して「すぐ現金になる資産」ではありません。親が一人で大きな家に住んでいる状況であれば、生前の対策や資産の見える化が不可欠です。