織田信長の妹・市(お市の方、写真:つこ/PIXTA)


 2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長にスポットライトが当てられ、そのユニークな視点で話題を呼んでいる。天下人となる秀吉(演:池松壮亮)を、秀長(演:仲野太賀)は右腕としていかに支えたのだろうか。第14回「絶体絶命!」では、浅井長政の裏切りによって騒然とする織田軍。秀吉が危険な「殿(しんがり)」を担い、信長が京に戻るまで朝倉・浅井連合軍を食い止めることに……。今回放送の見どころについて、『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』の著者・真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)

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浅井長政の謀反が信じられなかった織田信長

「浅井長政、謀反にございます!」

 今回の放送では、柴田勝家が織田信長に、同盟相手である浅井長政が裏切ったことを知らせる場面からスタートした。小栗旬演じる織田信長は聞く耳を持たずに、即座にこう断言した。

「あり得ぬ。朝倉の流した偽りじゃ」

 勝家が「小谷城では、皆が戦支度をし、今にも出陣する構えだと」と重ねて報告しても、信長は「それは、おそらく我らに加勢するためであろう。フッ、長政め、あれほど動くなと申したのに……」と笑みさえ浮かべて、あくまでも長政は自分の味方であると信じ込もうとした。

 実際の信長も長政の裏切りをなかなか信じなかったようだ。

『信長公記』では「木目峠を越えて越前中央部へ侵攻しようとしたところ、北近江の浅井長政が反旗を翻したという知らせが次々に入った」と状況説明をした上で、信長の様子について、次のように記している。

「浅井は信長のれっきとした縁者であり、北近江一帯の支配を許しているのだから不足などあろうはずはない。信長は、浅井が背いたというのは偽りの情報であろうと思った」

妹の市が送った「小豆袋」の逸話は創作か?

 そんな信長がどのようにして長政の裏切りを認めたのか。

 ドラマでは、妹の市から信長のもとに、両端を縛った小豆袋が届けられた。信長は「真に浅井が寝返ったのなら、このような気の利いたものを送ってくるはずがあるまい」と自信をみせたが、軍師の竹中半兵衛はこんな推理をしている。

「その小豆は我らのことかもしれませぬ。前と後ろを塞がれ、まさに袋のネズミじゃ」

 さらに豊臣秀吉が「そのような形で殿の窮地を知らせようとされたのでは」と、長政のもとに嫁いでいる身として、市が兄の信長のために精いっぱいのことをしたのではないかと、伝えている。

 それでもまだ信長は「こじつけじゃ」と長政の裏切りを信じなかったが、豊臣秀長から市の兄・信長への思いを聞かされて、ようやく事態を受け入れることとなる。

 小豆袋の逸話については、朝倉氏の興廃を記した『朝倉家記』で紹介されており、そこでは信長自身が「袋の両端が縛られている、つまりは、挟み撃ちにされる」という「小豆袋」の真意に気付いたとされている。

 ドラマでは、半兵衛や秀吉、秀長といった側近が、市の真意に気付いて信長を説得した、という脚色がなされているわけだが、そもそも『朝倉家記』は江戸期に成立した軍記物語だ。小豆袋の逸話が、実際にあったかどうかは疑わしい。

『信長公記』のほうには、小豆袋の逸話は紹介されておらず、信長が気持ちを変えたプロセスは次のようだったと書かれている。

「その後、続々と報告が寄せられたために、信長は〈しかたがない〉と言い、越前から撤退することにした」

 あまりに話がよく出来すぎていることからも「小豆袋」の逸話は後世の潤色を含む可能性が高いが、それくらい長政の裏切りは信長にとって意外なものであり、そして織田家の状況が絶体絶命のピンチだったことを示している。

激高する信長と、秀吉・秀長による命がけの説得

 ドラマでは、秀長による「お市様のお気持ちを無駄にしてはなりませぬ! ここは一刻も早くお逃げくださりませ!」という言葉が決め手となり、信長の心は動かされたものの、すぐさま撤退に移ったわけではない。

 信長は「なぜじゃ……」と何度も繰り返し「長政〜!長政〜!」と激高。撤退ではなく、攻撃に転じようとしている。冷静になるようになだめる明智光秀を「黙れ!」となぎ倒して、こんな暴言を吐いた。

「公方の飼い犬ごときがわしに指図をするな! こたびのことも、よもや公方の仕組んだことでは……」

 怒りで我を失うと暴言を吐き、周囲に当たり散らす信長の姿は、後の光秀との確執をイメージさせるものとなった。

 織田軍が騒然とする中で、いきなり秀吉は自らの足を刀で刺した。そうして周囲の耳目を集めると、信長が退却策を取りやすいように、こんなことを言い出したのだ。

「このサル、うっかり傷を負ってしまいました! これでは足手まといじゃ。素早く動くことはできませぬゆえ。わしがここに残りまする!」

 さらに秀吉は「戦において最も大事なのはいかに勝つかだが、次に大事なのはいかに負けるかだ」と説き、今回は自分たちの負け戦だとして、こう叫んだ。

「朝倉の追っ手はこのサルが食い止めますゆえ、殿はその間に京へお戻りくださいませ。 殿さえご無事なら我らは何度でもよみがえりまする!」

 史実において、金ヶ崎城から織田軍が撤退するに当たっては、秀吉が「殿(しんがり)」と呼ばれる最後尾の役割を、自ら名乗り出たといわれている。ただの功名心ではなく、秀吉が事態を鎮静化させるために行動に出たという、ドラマでの設定は斬新だ。

 秀吉の信長への忠誠心やとっさの行動力、そして状況に応じて機転を利かせる頭の回転の速さを、うまく描写しているように感じた。

家康の「かゆみ止め」が痛みを消した?プラセボ効果の正体

 金ヶ崎の退き口──。秀吉が見事に殿をつとめたことは、そんな伝説として語り継がれることになる。

 ドラマで秀吉が自らの足に刀を突き刺して、信長を落ち着かせた展開は感動的だったが、果たしてその足で殿(しんがり)が務まるのかと心配になったのは、筆者だけではないだろう。

 足を痛めた秀吉に思わぬサポートをしたのが、徳川家康である。この金ヶ崎の戦いには、信長と同盟を組む家康も参加。信長、秀吉、家康と、後に天下人とされる3人が集うことになった。ドラマで家康は秀吉に薬を渡すと、こう勇気付けた。

「当家に伝わる秘伝の薬じゃ。塗れば痛みが和らぎまする」

 退却を開始すると、秀吉は足の痛みに耐えながら、必死に最後尾で敵の攻撃をしのぐことになる。そこへ、秀長が「足は大丈夫か?」と心配すると、秀吉はこう答えた。

「徳川様がくれた薬のおかげじゃ」

 感動的なシーンになるはずが、どこかユーモラスなのは、家康が秀吉に渡した薬が、ただのかゆみ止めだったからだ。秀吉に薬を渡した後、家康は側近の石川数正と、こんなやりとりをしている。

家康「木下(秀吉のこと)めが名乗りをあげなければ、わしらがしんがりを任されておったやもしれん。そうなれば、おそらく生きては帰れまい」
石川「木下様々でございますな」
家康「あの薬はせめてもの礼じゃ。効くとよいが」
石川「無理でしょうなあ。ただのかゆみ止めでは」
家康「何事も念ずれば通ずるものよ」

 すっかり騙された秀吉だが、かゆみ止めが痛みに効いた可能性は否定できない。もちろん劇中演出の話ではあるが、一般論として痛みはプラセボ効果が表れやすい領域とされるからだ。

 プラセボ効果とは「物質としては効果のない介入がもたらす主観的不快感や病気の改善あるいは変化」のことで、とりわけ効果が表れるのが痛み、不安、疲労、不眠、うつだとされている。
Tavel ME. The placebo effects: the good, the bad, and the ugly. Am J Med. 2014;127(6):484-488.

 また、両者の関係性が良好であるほど、プラセボ効果が増大することも分かっている。
Evers AWM et al. Implications of Placebo and Nocebo Effects for Clinical Practice: Expert Consensus Psychother Psychosom. 2018;87(4):204-210.

 秀吉は今のところ、家康の腹黒さに気付いていないので、大一番の前で、家康から優しい言葉をかけられたことは、プラセボ効果を高めたに違いない。

家康はなぜ一番隊にこだわったのか?「姉川の戦い」への展望

 これからの展開として、織田は朝倉・浅井にリベンジを果たすべく動き出す。気になるのは、家康の動きだ。

『三河物語』によると、織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍の間で行われた「姉川の戦い」において、家康は信長から二番隊を命じられて、こう反発したという。

「30歳にもならない者が援軍にやってきて、一番隊を命じられず二番隊だったと後々まで言われるのは、お断りです。ぜひ一番隊をお命じください」

 ごり押しした結果、信長から一番隊に命じられた家康。『豊臣兄弟!』での家康のキャラを思うと、何かしらの思惑のもと、一番手にこだわるに違いない。どんな背景が描かれるのか、楽しみである。

 秀長や秀吉よりも長く生き、最終的には天下を取る家康は、後半になるほど重要性が増す。ドラマが家康のしたたかさをどう膨らませるかも見どころだ。

 次回の第15回「姉川大合戦」では、信長は北近江へ進軍を開始し、姉川を挟んで朝倉・浅井軍と対峙。両軍は対決の時を迎える。

【参考文献】
『現代語訳 信長公記』(太田牛一著、中川太古訳、新人物文庫)
『現代語訳 三河物語』(大久保彦左衛門、小林賢章訳、ちくま学芸文庫)
『多聞院日記索引』(杉山博編、角川書店)
『史料大成多聞院日記〈全5巻〉』(竹内理三編、臨川書店)
『図説 豊臣秀長 秀吉政権を支えた天下の柱石』(河内将芳著、戎光祥出版)
『豊臣秀長 シリーズ・織豊大名の研究』(柴裕之編、戎光祥出版)
『豊臣秀長のすべて』(新人物往来社編、新人物往来社)
『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』(真山知幸著、日本能率協会マネジメントセンター)
マンガとエビデンスでわかるプラセボ効果 これからの医療者必携!』(山下仁著、犬養ヒロ著、児玉和彦監修、メディカ出版)
Tavel ME. The placebo effects: the good, the bad, and the ugly. Am J Med 2014; 127(6):484-488.
Evers AWM et al. Implications of Placebo and Nocebo Effects for Clinical Practice: Expert Consensus Psychother Psychosom. 2018;87(4):204-210.

筆者:真山 知幸