「スマホを叩き壊され、庭で土下座させられた」母親(58)を刺してバラバラに解体した“医学部9浪”の娘(31)が裁判で激白…なぜ彼女は母親に殺意を抱いたのか?
〈「お母さんに殺されそうになった」「回し蹴りをされ…」58歳“モンスター母”を刺してバラバラに解体した“医学部9浪”の31歳娘が、それでも警察に通報しなかったワケ〉から続く
2018年3月、滋賀県守山市の河川敷で、頭部や手足のない女性の遺体が発見された。遺体は近くに住む58歳の母親で、同居する娘・あかりが死体遺棄などの容疑で逮捕され、その後殺人罪でも起訴された。9年間浪人し医学部を目指していた娘と母の異常なほど密接な関係の裏に何があったのか。
【衝撃画像】血痕がポタポタと落ちていた…“医学部9浪”の娘が母親を刺してバラバラに解体した“事件現場”を見る
2022年の刊行から累計22万部を突破した話題作、獄中の娘との書簡をもとに描いたノンフィクション『母という呪縛 娘という牢獄』(著=齊藤彩、講談社文庫)より一部を抜粋して紹介する。(全6回の5回目/6回目に続く)

写真はイメージ ©アフロ
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初公判に臨み、弁護士の質問に答えた
2020年11月5日、あかりは控訴審の初公判に臨んだ。証言台に立ち、弁護側の杉本周平弁護士の質問に答えた。
──今回、あなたがお母さんを殺したことに間違いないですね。
「はい」
──お母さんはあなたを助産師にさせたがってましたね。
「はい」
──でもあなたとしては看護師として、できたら手術室の看護師になりたくて、そのまま医大病院に就職したかったんですね。
「はい」
──お母さんに、助産学校へは行かずに、看護師になりたいと言ったのはいつですか。
「私が大学の助産師コースに落ちてしまったときです」
──そのとき、お母さん、なんと言うたの。
「そういう約束、助産師になるという約束で看護学科に入れたわけやから、それは約束が違うから、だから、助産師コースに落ちたからと言って、それは許さないといったようなことを言われました」
──あと、助産師学校の模擬試験の結果が悪かったときも、そういうことを言わへんかった。
「言いました」
──そのとき、お母さんは何と言ったの。
「努力が足りないから、模試の結果が出なかったんであって、きちんと努力して、ちゃんと助産学校には行って、助産師になりなさいというようなことを言われました」
「スマートフォンを叩き壊されたときです」母親に殺意を抱いたきっかけ
──あなたは実際にお母さんを殺したわけなんだけれども、お母さんを殺そうと具体的に考えるようになったのはいつですか。
「もともと持っていたスマートフォンを取り上げられて、で、不便だったので、隠し持っていたスマートフォンがあったんですけれども、それが見つかってしまって、それを叩き壊されたときです。
それで、もう、こんなん持ってるんやったら、おまえはやる気ないんやろって、もう出ていけみたいな、何かそんなことを言われたんですけど、なんとか家に置いてほしい、ちゃんとやるからということで、その誠意を示すっていう意味で土下座をしました」
──どこで土下座させられた。
「庭です」
──これ、裸足やな。
「靴下ははいています」
──庭の上を靴下だけで土下座してるよな。
「はい、そうです」
「私と母との確執は、もう誰がどうすることもできない」
──写真を見ると、この写真の日付、もう裁判所には証拠として見てもらってるんだけども、2017年12月20日の午前3時25分ごろなんやけども、そのときやね。ところで、なぜあなたはお母さんを殺そうとか殺したいと思ったんですか。
「スマホをブロックのようなもので叩き壊されたんですけれども、自分の気持ちも心も叩き壊されたような気がして、もう、ちょっとやっていくの無理やなって思いました。
なんというのかな、もう、ちょっと、心が疲れたな、もう無理やなっていう、そういう気持ちでした」
──それは看護師になりたいっていうよりも、お母さんから解放されたいという気持ちなわけ。
「そうですね」
──あなたが書いた今年の3月24日付の陳述書には、いずれ私か母のどちらかが死ななければ終わらなかったと現在でも確信してるって書かれてんねんやけど、これ、どういう意味。
「私と母との確執は、もう積年にわたりますので、それで積み上げられてきた母の私に対する不信感であったり、憎悪であったり、そういった感情は、もう誰がどうすることもできないっていうことは、いまになっても変わらないという意味です」
「もうやるしかないと思いました」母親から徹夜で叱責、罵倒され…
──凶器を準備した次の日、平成30年の1月18日、あなたは京都の助産学校を不合格になりましたね。助産学校の不合格を知ったお母さんからどういう態度をとられましたか。
「裏切り者とか、やっぱり噓つきとか、どうするんやみたいな感じのことを、徹夜で𠮟責、罵倒されました」
──もう断続的に、ずうっとっていう感じやったんかな。
「そうですね、徹夜ですね、はい」
──お母さんからはそういう風に言われて、あなたはどういう気持ちになりましたか。
「ああ、もうやるしかないと思いました」
──もうやるしかないなって決意したのは、だいたいそれぐらいか。
「それぐらいですね、はい」
──じゃ、もういっぺん確認やで。間違いなくお母さんを殺そうって決めたんはいつ。
「助産学校を落ちて、徹夜で罵倒されつづけて、ああ、もう無理やなって思いました」
──助産学校に合格したらいちおう助産学校には行くつもりでおったん。
「はい」
──あなたは病院に就職できひんということよりも、お母さんの見てるそばで、また助産学校の受験勉強を続けるのは嫌やったって、そういうことなんか。
「そうですね。看護学科に入る前に9年間浪人生活を続けてたので、もう、ちょっと若くないから、しんどいなっていう。心がもう無理やなって思いました」
──大学の医学部医学科に行くためにずっと浪人してた、あのときの生活をするのはもう嫌と。
「そうですね」
──お母さんに見張られながら、ということか。
「そうですね、はい」
〈「バラバラにして燃えるゴミとして、河川敷に遺棄した」“医学部9浪”の31歳娘が58歳母を刺して解体…懲役10年になった被告が涙ながらに語った“母親への懺悔”〉へ続く
(齊藤 彩/Webオリジナル(外部転載))
