「犯罪者になりそうな人ランキング1位」卒業文集で“さらし者”にされた地獄 学校生活は“自己肯定感を下げるイベント”ばかり?
学校生活といえば何を思い浮かべるだろうか。楽しい青春の1ページだろうか、それともひたすら過酷で嫌な記憶だろうか。
ガールズちゃんねるに4月中旬、「学校生活って何であんなに自己肯定感を下げてくるイベントばっかりなの?」というトピックが立ち、大きな反響を呼んだ。トピ主は次のように書いている。
「一部の陽キャや優秀な人以外、多かれ少なかれ自己肯定感下がるイベント多すぎやせんか? 学校生活って何であんなに自己肯定感を下げてくるイベントばっかりなの?」
かつて学校に通っていた時に誰もが感じたかもしれない疎外感。この問いに、掲示板では1000件近いコメントが寄せられた。
「マラソン大会で一人遅れてゴールする時の辛さ」
トピ主の問いに対し、真っ先に上がったのは「今思うとよく生きてたなと思う 今の在宅勤務の引きこもりの自分には無理だろうな」という過去の自分を労う声だ。
特に「運動会や体育祭は地獄を見るよね 下手すりゃいじめに繋がる危険なイベント」という意見には多くの共感が集まった。足の速さや運動神経が露骨に可視化され、チーム戦となれば「あんたのせいで負けた!」と責められた経験を持つ人は少なくない。「マラソン大会で一人遅れてゴールする時の辛さ」は、当事者にしか分からない絶望だろう。
また、人間関係をダイレクトに突きつける「二人一組」も不評だ。「学校って友達は1人はいるもんみたいな前提で物事進めすぎる。大体原因はこれ。」という指摘の通り、余った瞬間に「クラス全員にこいつ余り者ですって知らしめて」しまう残酷さは、多感な時期の子供にはあまりに刺激が強い。
中には、卒業文集のランキングで「私、犯罪者になりそうな人ランキングの一位だった。陽キャ達が私を一位にする為に面白がって作ったから」という壮絶なエピソードも。本来なら教師が止めるべきランキングだろう。これは地獄だ。
「社会の縮図」か「社畜育成講座」か
一方で、トピ主の意見を「その卑屈さがなんとも隠キャ」と切り捨てる声や、現実的な反論も目立った。
「集団生活を学ぶところだからね」「それが人生の縮図です」
学校はあくまで「社会に出るための準備期間」であり、理不尽さに耐える力を養う場だという意見だ。「学校が決めたルールに嫌々でも従って我慢訓練をしているんだろうな 就職した会社のルールに従えない人はクビになるから」と、教育の意図を冷徹に読み取るユーザーもいた。
さらに過激な視点では、「学校ってのは元々は兵隊養成所だから自己肯定感を下げて国や上官に従順なロボットを作るためだよ」という指摘や、「集団生活っていうか社畜育成講座って感じ」といった冷めた声も。
しかし、そうした「我慢の場」だったからこそ、「でもそれがあったから大人最高!と思える」という声もあった。環境を自分で選べる大人になって初めて、自己肯定感を取り戻せるパターンもあるのだろう。
しかし、「できない人を笑いやいじめの対象にするのはやめたほうがいいと思う」という切実な声は、決して甘えではない。人格形成期に負った傷は深く、「学校で嫌な経験をして性格ひん曲がったり暗くなった人は多いと思う」というコメントがその重みを物語っている。
そもそも、学校に求められる役割も時代とともに変わってくる。特にこれからの時代は、集団生活を上手くできなければ人生で成功することはできない、とも限らないだろう。今後、学校現場が少しでもましな場になっていくことを願ってやまない。
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