(※写真はイメージです/PIXTA)

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父を亡くし、地方で一人暮らす78歳の母を案じる長男の山村さん(52歳・仮名)は、実家を売却して呼び寄せ、同居することに。安全面も、資金面でも不安は解消し、「親孝行ができた」と信じていました。けれど同居後、母は遠慮が増え、日に日に元気を失っていきます。良かれと思った親孝行は、本当に母の幸せにつながっていたのか。正解がない問題だからこそ、双方の後悔を小さくするためにできることはなにか、CFPの伊藤寛子氏が解説します。

良かれと思った「親孝行」の始まり

父が亡くなり、地方の実家に一人残された母は78歳。長男の山村さん(52歳・仮名)は大学進学を機に上京し、東京で就職、結婚。現在は都内の一軒家で妻と子どもと暮らしています。

年に2回の帰省のたび、母親の変化が気になるようになってきました。だんだんと足腰が弱ってきており、物忘れも増えてきたように感じます。電話口での声もどこか張りがなく、同じ話を繰り返す母の様子に、山村さんは胸がざわついていました。

「火の不始末があったらどうしよう。階段で転んだら……」
「このまま一人で暮らさせていていいのだろうか」

そんな不安がよぎります。

母親の年金は月に約12万円。地方で細々と暮らすことはできても、医療費や介護が必要になった場合を考えると、心もとありません。

今後誰が母親の面倒を見るかは、避けては通れない問題です。自分よりも遠方に住む妹と何度も話し合いました。

「私は物理的に難しいから……お兄ちゃんが引き取ってくれるなら助かる。その代わり、実家やお母さんの資産の管理は全部お兄ちゃんに任せるから」

こうして、「長男である自分が引き取ろう」という結論に至りました。

「母さん、そろそろこっちに来て、いっしょに暮らさないか。家も売って、そのお金をこれからの備えにできれば、安心だろう?」

息子からの提案に、母は一瞬戸惑った表情を浮かべましたが、小さくうなずき、「……そうだね、迷惑でなければ」と答えました。

実家は母親にとって長年住み慣れた居場所ではありますが、維持するには毎年の固定資産税や維持費がかかり続けます。

実家を売却すれば、その資金で同居のためのリフォームもでき、母親の将来の介護費用のために備えることもできます。経済的にも、家族にとっても、「最善の選択」のはずでした。

同居後に起きた“想定外の変化”

都内の自宅の一室を母の個室として整え、引越し当日。妻や孫たちに囲まれた賑やかな食卓に、山村さんは「これで母も安心できる。自分も親孝行ができた」と、胸をなでおろしていました。

ですが、母親の様子は少しずつ変わっていったのです。

ある日、スーパーへ買い物に行こうとする母に、山村さんは何気なく声をかけました。

「お金は俺が出すから、必要なものがあれば何でも言ってよ」

母は一瞬、言葉を失い、力なく笑ってそれ以上何も言わなくなりました。

かつて母は家計を預かり、自分の判断で買い物をしていました。それが今では、何かを買う度に、息子の許可を得るような感覚に陥っていたのです。

「お世話になってるんだから、迷惑をかけないようにしないと」

それが母の口癖になりました。台所に立とうとすれば妻に気を遣い、リビングに居れば孫の勉強の邪魔かと自室に引きこもる。母の居場所は、わずか数畳の個室だけになっていきました。

さらに、追い打ちをかけたのが「孤独」でした。

近所付き合いが当たり前だった田舎とは違い、都会のマンションでは隣人の顔も知りません。挨拶をしても怪訝な顔をされることすらあります。

畑仕事も、近所の寄り合いも、すべてを失った母の居場所は家の中だけになっていき、一日中テレビの前で小さくなって過ごすようになりました。

「帰る場所」を失ったという後悔

実家は売ったものの、先祖代々の墓は地元に残したままです。お盆が近づいたある夜、母がぽつりとこぼしました。

「私、あのお墓にちゃんと入れるのかしら。家を売って、近くでお墓を守る人がいなくなっちゃった。お父さんにも申し訳なくてね……」

墓参りに行く気力も体力も衰えた母にとって、「自分の帰る場所」を失ったという後悔になっているように感じられました。

「迷惑をかけてはいけない」という思いに縛られ、息子の家庭に気を遣いながら縮こまって生きる母。小さくなっていく母の背中を見て、山村さんは自問します。

「母を救ったつもりで、母の人生を奪ってしまったのではないか」
「これで、本当によかったのか……」

「自分らしく生きる場所」づくりのために大事なのは「自立心」

老親を呼び寄せることには、確かに大きなメリットがあります。物理的な距離が近くなることで、見守りやサポートがしやすくなり、サポートをする側の子の負担も軽減されます。財産管理や手続きも行いやすく、緊急時の安心感は大きいでしょう。

一方で、デメリットも見逃せません。親が長年築いてきたコミュニティから離れることによる、生活環境と人間関係のリセット、新しい環境への順応の難しさ。それらによる生きがいや自立心の低下や、遠慮が生む孤独。金銭面や安全性だけで判断すると、こうしたリスクは見えにくくなりがちです。

同居を選ぶなら、デイサービスや地域活動などの「新しい居場所づくり」、改葬(お墓の引っ越し)などをセットで考える視点が必要です。

また、注意したいのが「親の財布」を奪ってしまうことです。管理を子が担うことと、使う自由を奪うことは別です。「管理」「所有」「使用」は分けて考える必要があります。

たとえ、生活する上でのお金の管理は主に子が担うとしても、親のお金の管理や使い道の決定権は、できる限り親に残します。あえて「食費の一部を出してもらう」「一定の生活費をもらう」など、家庭内での経済的な役割を親に持たせることで、「お世話になっている」という罪悪感を和らげ、自立心を保つ助けにもなります。

資産はあくまで名義人固有のものであり、関与するなら必ず双方の合意と意思確認が必要です。そのためには、家を売る前、同居を決める前に、「お金の役割分担」や「親自身は、どう使いたいと思っているのか」について話し合い、考えを共有しておくことが欠かせません。

「正解はない」からこそ、親子双方が納得できる選択を一緒につくる

「母を一人にしておくわけにはいかなかった。でも、母から『自分らしく生きる場所』を奪ってしまったのかもしれない……」

山村さんの後悔に、明確な正解はありません。もし田舎に一人残していたら、事故や孤独死への不安を抱え続けていたかもしれないですし、遠距離介護は現実的に厳しかったかもしれません。

同居は「世話をすること」がゴールではありません。親が最期まで「自分の人生を、自分で選びながら生きている」と感じられる環境を整えることが大切なのではないでしょうか。

後悔を完全になくすことはできません。それでも、小さくすることはできます。そのために大切なのは、親が元気なうちに「お金・住まい・つながり」をどうしたいか、本音で話し合うことです。

「迷惑をかけたくない」という親の言葉の裏にある、「最後まで自立していたい」「自分で決めて生きたい」という思いを汲み取り、その上で、その時点で双方が納得できる選択をするしかありません。

親を呼び寄せるとき、子は「安全」や「管理のしやすさ」を優先しがちです。しかし、親が本当に求めているのは、安全な住まい以上に「自分の意思で生きている」という実感なのかもしれません。

正解がないからこそ、「あとから後悔しない選択」ではなく、その時点で、親子双方が納得できる選択を一緒につくっていくこと。それが、いちばんの親孝行になるのではないでしょうか。

伊藤 寛子
ファイナンシャル・プランナー(CFP®)