連絡はろくに返してもらえず、相手の好きな時にだけ呼び出され、用が済んだら追い返されるー。

そんな「都合のイイ関係」に苦しむ男女たち。

好きになった方が負け。結局そのままズルズルと振り回され、泣きを見る者が大半だろう。だけどもし、そこから形勢逆転する“虎の巻”があったなら…?

諦めないで。本命になる方法を伝授しましょう。

◆これまでのあらすじ

マイコの都合のいい男になってしまった蓮。なつめが教える作戦その1は、「とにかくストレートに愛を伝える」というもので…

▶前回:「とにかく言葉で伝えて、相手を気持ちよくさせて」。都合のイイ関係の男女が本命になるためには…




「とにかく褒める、甘える、愛を伝える…」

シモンズのセミダブルベッドに横たわったまま、蓮は呟いた。

マイコの「都合のいい男」になってしまったことをなつめに打ち明け、早3日。マイコから音沙汰はない。

なつめに伝授された「本命昇格・虎の巻」第1弾は、蓮にとってハードルの高いものだった。

小学校を卒業してからは、中高一貫の男子校。女子との接点は一切なし。大学は東工大工学部で、ほぼ男子校状態。1年生の時にサークルの同期に告白され、試しに付き合ったがしっくりこなくてすぐに別れた。

2年生の時には雑誌で見たマイコの美しさに魅了され、彼女のような「大人の女性」としか付き合いたくないと思うようになっていた。

それから、彼女らしい彼女はいない。気軽に話せる女友達も、なつめだけだ。姉がいるから女慣れはしているが、恋愛経験がほぼない。

「そもそも連絡がこないと…」

LINEのトーク履歴を開くと、最後にマイコからメッセージが送られてきたのは1週間も前だった。

返事がないのに追加で文を送るのも気が引けて、数日前に「来週会えますか」と送ってからやりとりは途絶えている。

ずっと憧れていた人だが、こうして振り回されるのはつらい。もうあまり気にしないようにしよう。

ため息をついてスマホをサイドテーブルに置いた、その時。ブブ、と低い音を立ててスマホが振動した。蓮は勢いよく腕を伸ばし、LINEのアプリをタップする。

『このあと家こない?』

メッセージの後、すぐにウサギのスタンプが届いた。

リアルタイムで既読がついたことに、マイコはどう思っているだろうか。気持ち悪がってないかな。思考を巡らせながら、蓮は素早く「行きます」と打ち込んだ。

なつめのアドバイスを実行する絶好のチャンスだ。Uberでタクシーを呼び、スウェットを脱いだ。


なつめに伝授された『作戦1』を実行する蓮に、マイコは…


「着くの早いねえ」

ドアを開けたマイコは、くすりと笑った。

「LINEしてからまだ30分しか経ってないのに」

腕時計に目をやると、23時13分。はやる気持ちを見透かされたようで気まずく、「いや…」と言いかけたとき。ふと、なつめの顔が思い浮かんだ。

―ストレートに愛を伝えるの。

「…マイコさんに早く会いたくて、急いで来たんです」

ぼそりと小さく言った。

ーなつめ、これで合ってる?

不安になりながら、おずおずと顔を上げる。マイコは緩慢に口角を上げると、白く細い指を伸ばし、蓮の頬に触れる。

「うれし」

少し背伸びをして耳元に寄せられた唇が、ハスキーな声で鼓膜を揺らした。蓮は安堵し、小さく息を吐く。ハズレではなかったようだ。



「寝る前のハーブティーを淹れてほしい」と頼まれた蓮は、部屋に招かれて早々にケトルでお湯を沸かしていた。

マイコはダイニングテーブルでノートパソコンをかたかたと叩いている。部屋着姿で、美しい顔も普段より親しみやすい印象だ。

「すっぴんですか?」

ポットに湯通ししながら問うと、マイコは「うん」と事も無げに頷いた。

「さっきお風呂入ったから。今日はもう蓮くんの淹れてくれたハーブティー飲んですぐ寝ようかなって」
「…すっぴんでも本当に綺麗です」

女性が言われて嬉しいこと、自分の気持ちが真っすぐに伝わる言葉。考えて口にしたが、マイコは「ほんまー。ありがとう」と画面から目を上げる様子もない。

美人は見た目なんて褒められ慣れてるから、それ以外もね。なつめは確か、帰り道にこうも言っていた。蓮はラベンダーティーをカップに注ぎ、マイコの手元に置いた。

「仕事、大変ですね」
「うーん、ちょっとね、あんまりね…」

はあ、とマイコが珍しくため息をつく。ぱたんとパソコンを閉じ、背後に立つ蓮の右手に指を絡ませた。蓮は左手でマイコの華奢な肩を抱く。

「綺麗なだけじゃなくて、頭も良くて商才もあって、本当に尊敬しています」




振り向いたマイコは、「どしたん急に」と笑った。そんな風に笑われると気恥ずかしくなって、唇を少し尖らせる。

「マイコさんみたいな人、他にいないんですよ。好きなんです本当に」

ここまで来たら照れてもしょうがない。蓮はマイコを見つめながら言った。

マイコはぱちくりと瞬きし、くるりとテーブルに向き直った。

「めっちゃストレートにくるやん」

今度は表情が分からず、正解かどうかは判別できなかった。


そしてとうとう、真実を知ったなつめがマイコと顔を合わせることに…


一方こちらは、木曜日の14時38分。本社ビルの9階。

「今回の動画もめっちゃ良いわ、さすがなつめちゃん」

クリスマスコフレ第二弾に向けた会議を終え、マイコさんは楽しげに言った。いつも通り、部屋には私とマイコさんだけ。

チームのみんなが認識しているのだ。マイコさんが私のことを気に入っていて、いつも必ず会議を終えたらガールズトークに興じるということを。

「今日はお洋服、いつも通りやね。この前のワンピースも可愛かったけど、やっぱりなつめちゃんはそういうシンプルなのがよく似合ってて素敵」

マイコさんは一人で喋りながら、コーヒーを飲んでいる。だが言葉が頭に入ってこなくて、私は「はあ…」と生返事をした。

いやだって、どういう気持ちで私に接してるの?マイコさんは私を裏切っていた。人の好きな男を寝取るって、とんでもない裏切り方じゃない?

友達だったら、LINEもインスタも、全く更新していないFacebookにだってログインして、ひとつ残らず全部ブロックだ。でも相手がクライアントだと、そうもいかない。

「ところで最近どうなん?」

書類をまとめる手が、少しだけ震えてしまった。動揺なんてしたくないのになあ。

マイコさんがわからなくて、怖い。

「えー、何がですか」

しらばっくれようとしたら、不自然な棒読みになってしまった。どきん、どきん。緊張に心臓が脈打つ。

「何がって、蓮くんやん。進展した?」

私はそのとき、会議を終えてから初めてマイコさんの顔を見た。どんなつもりで言っているのか、怖いけど知りたかった。

なんてことはない、いつも通りの美しい顔だ。少しだけ微笑んでいて、「人生すべて思い通りですよ」って感じの余裕たっぷりな表情。

「…いえ別に、特に何もないですよ」

きっと希美ちゃんあたりに一部始終を話したら、このリアクションは「良い子ちゃんすぎるでしょ。バシッと言ってやんなよ」って呆れられるでしょうね。

そんなわけにいかないのよ。私がこの年でクリエイティブディレクターになれたのも、マイコさんが私の広告を褒めて称えて評価して、課長と部長にもMacBookの画面で3スクロールくらい必要な長文のメールを送ってくれたから。

でも、私にだってプライドはある。

「それより、たまにはマイコさんの話聞かせてくださいよ」

にっこり笑い、長い睫毛に縁取られた瞳を真正面から見つめる。

「そんなにお綺麗なんだから男性がほっとかないでしょう」




マイコさんの口角が、僅かに下がった。細く華奢な指が、コーヒーカップをそっとソーサーに戻す。

「…そんなん、ないない。もう男にはどれだけ痛い目見させられたか」

結婚大失敗してるからね、と言う彼女の口角は、もう元通り。きゅっと上がって、見る人をほれぼれさせる。

「なつめちゃんも、ダメな男には気をつけなあかんでー」

悪戯っぽく笑うと、「じゃまたね」とヒールを鳴らして部屋から出ていった。ふわりと甘いローズの香りだけが残される。私はへなへなとイスに崩れこんだ。

その時ちょうど、机に置いていたスマホがピカッと点灯した。LINEが1件、蓮からだ。

今まで「今度何食べに行きますか連絡」しか寄越さなかったくせに。マイコさんの相談をされてから、頻繁にメッセージが来るようになった。

『作戦その1、1週間くらいやってるけど効果不明』

…現金なやつだ。でも都合のいい関係になった子って「そんなのやめろ」っていっても絶対やめないから、助けたければこっちがアシストするしかない。

『じゃあそろそろ作戦2に行きましょうか』

手早くフリック入力。続けて『今日か明日、おいしいディナーの席で伝授します』と打ち込み、送信した。

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効果が分からなくてもやることに意味がある…「作戦その1」が活かされる「作戦その2」とは