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中年男性がレジ係の女性を怒鳴りつける。「一体どうなってんだ、この店は」「まずは土下座だろうが」「ざっけんな、10万出せ。ネットに書くぞ」。目をそらす客もいれば、眉をひそめる客も。見ているこちらも胸が痛くなってくるーー。

これはUAゼンセンが6月26日から公開を始めたキャンペーン動画のワンシーンだ。サービス業の労働組合が多く加盟するUAゼンセンには、顧客からの暴言や暴力など「カスタマーハラスメント(カスハラ)」の被害が多く寄せられている。

動画はそんな実態啓発のためにつくられた全30秒。カスハラが「強要罪」「威力業務妨害罪」「暴行罪」になりうることを指摘し、「そのクレームは、もはや犯罪かもしれない」というコピーで締めくくる。

●「神様というより暴威を振るう“王様”」

UAゼンセンは2017年、小売などで働く組合員らにカスハラのアンケートを実施。有効回答のあった約5万人のうち約7割から、客による迷惑行為の経験があるという回答を得た。

迷惑行為で多いのは、暴言(66.5%)、執拗なクレーム(39.1%)、説教(36.4%)、威嚇・脅迫(35.2%)など。数は少なくなるが、冒頭の動画のような金品の要求(8.1%)、暴力行為(4.8%)、土下座の強要(4.2%)、ネットでの誹謗中傷(1.2%)もあった。

こうした傾向は2018年に別のサービス業で働く約3万人を対象にアンケートしたときにも見られた。

自由記述欄への書き込みも多く、NHK「ニュースウォッチ9」(2017年11月9日)、「クローズアップ現代」(2018年11月12日)などでも特集され、大きな反響を呼んだ。

結果を分析した関西大学の池内裕美教授(消費者心理学)は報告書の中で、カスハラやモンスタークレーマーが増える背景について「過剰サービスによる過剰期待」、「社会全体の疲労と不寛容化」など、7つの要素をあげた上で、次のように述べている。

「保護を強調し過ぎたあまり、『消費者過保護』になり、それが一部の消費者の特権意識を高め、神様というより暴威を振るう“王様”に仕立て上げたともいえる」

●レジ台を挟んでも対等な関係を

「誤解してほしくないのですが、クレーム自体を問題にしているわけではないんです」。こう話すのは、動画を企画したUAゼンセンの担当者だ。

クレームは客側の権利でもある。サービスの改善や提案につながる重要なアンテナなので、我々も真摯に対応しないといけない。ただ、行き過ぎていないですか、サービスを提供する側と受ける側がともに尊重される社会を目指しませんか、と伝えたいんです」

カスハラをめぐっては、店員を土下座させるなどした、しまむら事件(2013年・北海道)やファミリーマート事件(2014年・大阪府)、ボウリング場事件(2014年・滋賀県)などが有名だ。いずれも当事者が強要や恐喝で逮捕されており、実刑判決がくだったものもある。

「動画を見ていれば、刑法に抵触しうるということで、カスハラを思いとどまる可能性があると思います。認識が広まることで、毅然とした態度をとれる従業員が出てくるかもしれない」

●まずは社内でルールづくり「グレーを少しずつ小さく」

仮に、従業員側で客を突っぱねるのが難しくても、会社側が問題を認識し、対応マニュアルをつくろうという機運が高まれば、一歩前進だ。

「『良質なクレーム』と『悪質なクレーム』は確かに存在します。ただ、どこからが『悪質』なのかは定義が難しい。大事なのは、その間にあるグレーな部分を少しずつ小さくしていくことです。

たとえば、『長時間のクレームについては対応しない』という決まりをつくる。その時間は、30分でも良いし、1時間でも構わない。従業員を守るため、そのグレーを少しずつ小さくしていく必要があると思います」

UAゼンセンでは、企業が参考にできるように「悪質クレームの定義とその対応に関するガイドライン」もHPで公開している。

●カスハラについても「雇用管理上の配慮が求められる」

2019年5月、企業のパワハラ対策を義務化した「女性活躍・ハラスメント規制法」が成立した。

カスハラ(顧客等の第三者から受けたハラスメント)は直接の対象にはなっていないものの、衆参両院の附帯決議で、パワハラ防止対策のガイドライン中に「雇用管理上の配慮が求められる」ものとして、明記することとされた。

UAゼンセンでは今後も啓発を続けるとともに、より企業や労働者がカスハラを拒みやすくなるよう、法規制に向けても活動するという。