【インタビュー】忽那汐里「女性なんだからって口にすることが増えました(笑)」

今年、日本とトルコは交友125周年。12月5日公開の映画「海難1890」は、1890年に和歌山の串本町で遭難したエルトゥール号のトルコ人乗組員を救った日本人の姿を描いた前編と、1985年に起きたイラン・イラク戦争の中、テヘランに取り残された日本人をトルコ人が航空機を派遣し救ってくれた出来事を描いた後編からなる2つの実話の物語。日本とトルコの知られざる姿が描かれた本作で1人2役を演じた忽那さんに、撮影のこと、海外の映画人との仕事の取り組み方、そして現在の等身大の姿を伺いました。


演じる時代も女性像も異なる2つのキャラクターを演じて…


――今回の作品で描かれていたような日本とトルコの出来事はご存じでしたか?

忽那:知らなかったですね。この作品をきっかけに二国の交友のお話を知りました。

――今回は演じる時代も違えば、女性像も異なる2つのキャラクターです。どのようにアプローチしていこうと思われましたか?

忽那:撮影は日本編とトルコ編と別だったので、はじめは日本編を優先し、イスタンブールでの撮影については頭に置いていませんでした。日本とトルコの交友が始まった大元になったのは、和歌山県の串本町で起きた海難事故だと思ったので、まずは日本での出来事を演じてみないことには、と思ったんです。撮影現場はエキストラの方をはじめそこに居合わせたすべての方が当時の方々と同じように座礁して流されたトルコの人達を救出する思いを持っていると身に染みて実感できる現場でした。日本編の撮影を重点的に置いた理由として、最初をきちんと伝えないと観る方によって日本編とトルコ編を別のお話として区別されてしまうのではないかと思ったからです。そうではなくて、日本での出来事があったからこそトルコ編に繋がっていくということを伝えたかったし、意識して演じていました。

――串本町やイスタンブールでのシーンのエキストラは地元の方々が多かったと聞きました。

忽那:はい、地元の方も多く参加してくださいました。日本での船の救出劇のシーンは、4、5日かけて行ったんですが、1、2月の極寒の中、スタジオで雨濡らしの撮影を5日もやっていると、濡れているトルコ人役のキャストの方も、もう凍えるような寒さなのでエキストラの方も本気で温めようとしてやってくださっていましたね。イスタンブールでの撮影に関しては、最後の空港のシーンはもうとにかくたくさんのエキストラの方が参加してくださいました。トルコのエキストラの方が500人くらいと日本のエキストラの方が200人ほど。本当にみなさん根気強く参加してくださいました。


“喋らない”演技への挑戦…「克服するのが課題でした」


――そんな大勢の人々の中で、前半の日本編で忽那さんが演じられたハルという女性は、ある出来事から口が聞けないという女性でした。言葉を発しないということは、より忽那さんの表情が重要になってきますよね。ハルの置かれている境遇、思いを演じるにあたって言葉以外で感情を表現することの難しさなどはありましたか?

忽那:以前にもあまり言葉を発さない役をやったことがあって、その時はもどかしいほど越えられないハードルだと感じたんですけど、今回もその時のことが重なってきちゃった…というのはありましたね。特に今回の物語はゆっくり進行していく話というよりもめまぐるしいほど展開が速いので、ひとりだけ口が聞けないと「受け身ばっかりで、話の流れにちゃんとついていけていない」感じがして。それを克服するのがとにかく課題でした。

――「喋らない」というだけで、ちょっと置いていかれてしまうというか、タイムラグがあるということですか?

忽那:そうですね。言葉を発しない分、より1シーン1シーンをちゃんと理解して、「伝える」という意識を持って演じないと観客に伝わりにくいというか。言葉のないお芝居に対しては難しいなと思うことがすごく大きかったです。


『自分で決めつけちゃうことが多いので、そこは反省点です(笑)』


――忽那さんご自身は思ったことや伝えたいことをどういった形でアプローチすることが多いですか?

忽那:私は結構、なんだか複雑で(笑)。性に合わないことや自分がしなくてはいけないこと、主に仕事に関してのことはハッキリと伝えることができます。でも、相手に自分の本音を伝えるとか繊細な問題になってくると考え過ぎちゃって、相手に委ねるより自分で先行して決めつけちゃうことが多いです。そこは自分でもすごく反省する点です(笑)。

――自分の中で解決しちゃうことが多かったりするのですか?

忽那:そうですね。自分はそれがいいと思って長年やってきたんですけど。でも、「自分が言ったことをどう受け止められるかは、信頼している人にこそ、相手に委ねるべき」、「それが信頼関係に繋がっていくんだな」と最近気づくことが多いのでなるべくそうするようにはしています。


『「日本とは全然違うな」ということを痛感したりしました』


――今回は忽那さんと同じく、日本編とトルコ編と1人2役を演じられたトルコ人俳優ケナン・エジェさんとの共演シーンが多かったと思いますが、撮影中はどんな印象を持たれましたか?

忽那:ケナンさんは日本編とトルコ編でだいぶ見た目が変わっていますが、イスタンブールの撮影ではかなり鍛えていました。ケナンさんはとにかくディテイルにこだわるんです。稀にみる感じの(笑)。本当に真面目な方でした。やっぱり自分の国にすごく誇りを持たれているんですよね。こういう合作作品って、相手の文化と触れ合える面白味もあれば、逆に「ちゃんと話し合って作品への思いを統一させていかなければならない」という面があると思うんです。これこそが合作の価値だと思うんです。今回は、歴史的なことや背景があったので、文化の考え方やモラルの違いが生じることもありましたが、お互いなるべく理解し合って、譲る所は譲って、作品を作ってきました。そうしないと良い作品は作れないので。そのあたりは彼が演じたことによって、尊重しあえたんじゃないかなと思います。

――今回の「海難1890」もそうですが、「黒衣の刺客」や来年公開される「女が眠る時」など海外の監督や俳優とお仕事されることがここ最近多いですが何か感じることはありますか?

忽那:最近暇な時間があれば海外の作品を家でずっと観ることが多かったので国の違いによる作品の在り方ってこんなにも違うんだとすごく感じていたりもしていました。仕事として「作品を創る」ということを大前提におくと、海外の人と組んでも、「目標とする先は一緒」なんですけど、でもまったく違うとも言い切れることもある気がするんです。文化が違うことによって、作品を創る上で何が一番大事で、現場では何を優先していくかとか、そういう所から「日本とは全然違うな」ということを痛感したりしましたね。とはいえ日本にもたくさん監督がいて、その方の個性によって現場の進められ方も違いますから、なんとも言えませんね(笑)。


『ひとりの女性として、自分が価値を感じたものを尊重していきたい』


――今回演じられたハルと春海を見ていると、時代の中で翻弄され、様々なことが起きる中でも強く生きている姿が印象的でした。忽那さんご自身はどんな女性に憧れますか?これから女性としてどういうふうに二十代を進んでいきたいですか?

忽那:今までは女性ということよりも、「人としてどうか」ということの方に意識が強くあったんですけど、最近は「女性なんだから」って口にすることが多くなりました(笑)。私はこの仕事を始めたことでそれこそ人生180度変わったとも言えますけど、そこをもう1度ふまえた上で、こういう(女優という)仕事をしている人間の前に、「ひとりの普通の女性として、自分が価値を感じたものを尊重していきたい」ということをしみじみ感じることが多くなってきています。言葉ではひとことで表しにくいですけど、「能動的でいたいな」と思います、安定することが返って自分をがんじがらめにしてしまうような気もしていて、とにかく今は切実に(笑)、能動的に生きていきたいと思っています(笑)。


『二十歳を超えてからは、時間ができたら出掛けるようにしています』


――最後に「Peachy」とは“ごきげん”“HAPPY”という意味のスラングなのですが、忽那さんのハッピーの源を教えてください。

忽那:最近は「遠出」ですね。ちょっと前までは音楽が一番大事で365日ヘッドフォンを手放さず人と喋る以上に音楽を聴いている時間の方が多かったんですけど。普段いる環境から気持ちが離れたい時もあって2日でも3日でもスケジュールが空いたら遠出に行きたいです。

――自分の環境からちょっと離れて戻ってくるだけで、仕事に対する意気込みとかも変わったりしますよね。

忽那:リフレッシュにはなりますね(笑)。ものの何時間かで戻っちゃうんですけど。でも、その息抜きがすごく大事な気がします。二十歳を超えてちょっと時間ができてはなるべく出かけるようにはしています。

――最近はどこか行かれましたか?

忽那:最近は幼なじみと新潟の越後妻有のビエンナーレに行ってきました。市内をいろいろ周ってきました。新潟、良い所でした。楽しかったです。


「海難1890」は12月5日(土)ロードショー。
「海難1890」公式サイト:http://www.kainan1890.jp/

撮影:平岩享
取材・文:木村友美
制作・編集:iD inc.