「ぬい活ブーム」で依頼は16倍「ぬいぐるみのお医者さん」死産の苦悩支えた1体が起業の原点「大事な家族の一員だから」
ぬいぐるみの洗浄や修理を行う専門サービス「ぬいぐるみのお医者さん」では、「ぬい活」の流行に伴い依頼数が急増しています。代表の杉野美紀さんが開業時から大事にしているのは、「お客さまの大事な家族を預かる意識」だそうです。
【写真】「こんなにきれいに!」丁寧に治療されたぬいぐるみのBefore→After(11枚目/全12枚)
100体のぬいぐるみで研究し
── ぬいぐるみの洗浄や修理を行う「ぬいぐるみのお医者さん」では、ぬいぐるみを「患者」、クリーニングや補修を「治療」と称して、ぬいぐるみの修理を手がけています。代表の杉野さんが死産を経験した際に心の支えになったぬいぐるみを修理に預けた経験をもとに、利用者が安心して利用できるサービスを作りたいと立ち上げました。
もともと杉野さんはIT業界で働いていたそうですが、まったくジャンルが違うサービスを始めることは大変だったのではないでしょうか。
杉野さん:何から始めていいかわからなかったですね。私の実家は婦人服などの縫製業を営んでいて、幼い頃は手伝いなどしたことがあったものの、私自身は洋裁学校を出ていません。初めは、まったくの素人でした。
そこで、立ち上げを決めてからリユース店でぬいぐるみを100体ほど購入し、洗い方や縫製について1年間じっくり研究しました。それぞれの生地や汚れに合う洗剤や洗い方を試し、生地を傷めないクリーニング方法を追求したり。縫製のことも勉強しつつ、両親に教えてもらって独自に知識を身につけました。
── 100体とはすごいですね。研究に研究を重ね、ようやく開業となったわけですね。
杉野さん:開業当初は依頼がまったくなく、知り合いや友達のツテを頼っていました。インターネットで広告も出していましたが、3か月間はツテ以外の依頼はゼロ。「これはまずい」と思っていたところ、ネットで見てくださったご夫婦から補修の依頼がありました。
患者さんは大切にかわいがられていたシロクマのぬいぐるみでした。撫でられた頭や顔の毛がボロボロになってしまっていて、生地の移植が必要な状態。新しい生地についてお客さまと細かく打ち合わせたものの、表情の補修も必要で、とても緊張したのを覚えています。
治療後に「ボロボロだったうちの子を治してくださってありがとうございました。息子みたいにかわいがっていたので、嬉しいです。これからもかわいがります」とお返事をいただいて。思わず号泣しました。その方からは、数年後にもリピートでご依頼をいただきました。
── リピーターの方も多いんでしょうか?
杉野さん:体感ですが、お客さまの3割くらいの方がリピーターになってくださいます。同じ患者さんが来てくれることもありますし、「今年はきょうだい(別のぬいぐるみ)を連れてきました」と複数で入院してくださることもあります。私たちも、患者さんにまた会えることがとても嬉しいんですよ。
ぬいぐるみは大事な「家族の一員」
──「ぬいぐるみのお医者さん」が大事にしているのは利用者の方の「安心」だそうです。この方針には、杉野さんが大切にしているぬいぐるみが大きく関係していると伺いました。
杉野さん:私は30代半ば頃から不妊治療を受けていて、40歳の頃に死産を経験しました。その際、心の支えになったのが、独身時代に夫がプレゼントしてくれたくまのプーさんのぬいぐるみでした。そのぬいぐるみとは不妊治療のあいだも死産になったときもずっと一緒だったので、私のつらさをわかってくれているように感じて。その後は旅行にも一緒に連れて行くような、愛おしい家族の一員になりました。そのぬいぐるみを初めて修理サービスに出したことがあり、離れる寂しさや不安を実感したんです。
お預かりするぬいぐるみはお客さまにとって大事な家族の一員です。自分が家族と離れるつらさを身をもって知っているからこそ、そのつらさをできる限り和らげたいと思っています。
── ご自身に家族同然のぬいぐるみがあるからこそ、サービスを利用する方の気持ちに寄り添えるのですね。
杉野さん:私もそうでしたが、修理に預けると「今はどんな段階なのかな?」「ちゃんときれいになっているのかな」と不安な気持ちになるんです。
そこで、「ぬいぐるみのお医者さん」では独自のチャットを使い、テキストと写真でできるだけ利用者の方と細かなやりとりをするようにしています。患者さんの入院・退院時には写真でお知らせ。治療方針を決める際にも細かくやりとりして行き違いがないようにしています。各治療が終わった段階でも報告して、患者さんがどんなふうになっているのか見ていただいています。
さらに、治療後2週間以内の調整は無料です。チャットではフォルムや表情など、見た目のすり合わせはできるんですが、生地の触り心地や綿の入り具合などは実際に手元に届かないとわからないですよね。我々も治療しながら言葉でお伝えはしますが、感じ方は人によって違いますから。実際に触っていただいて違和感がある場合には調整させていただきます。
── そんなにていねいなフォローがあると、預ける側としても安心です。
杉野さん:「治療して終わり」ではなく、患者さんが自宅へ帰ってお客さまが触ってみて「よかった」と思ってくださってやっと合格なんです。お客さまは不安ななか、費用も時間もかけてうちに預けてくださっているので、その期待に応えたいと思っています。
一緒に気持ちを分け合えるぬいぐるみの魅力
── 現在「ぬい活」が流行っています。ブームによって依頼数に変化はありましたか?
杉野さん:開業時は毎月10件程度だったのが、じわじわと増え現在は月130体から160体ほどに増加しました。「洗い方がわからず、自宅の洗濯機で洗ったら生地が破けてしまった。どうにかなりませんか?」など、扱いに慣れていない方からの依頼も増えたと感じます。お客さまの年代は40代から60代の方が中心で、男女比は男性4割、女性6割と、意外と男性からの依頼も多いんですよ。
── 世代、性別を超えて愛されているぬいぐるみの魅力は、どんなところにあると思いますか?
杉野さん:単純にかわいいものに囲まれていると癒やされるというのもあると思いますし、ぬいぐるみってその人の心の状態で見える表情が違ってくるんですよね。悲しいときには同じように悲しんでいるように見えるし、嬉しいときには一緒に喜んでくれているように見える。何も言わないけれどいつもそばにいてくれる。それがきっと多くの人たちにとってちょうどいい距離感で、愛されている理由なのだと思います。
取材・文:阿部祐子 写真:杉野美紀

