「両親もデビューするってよくわかってなかった(笑)」三浦大知・満島ひかりと一緒に「Folder」で活躍したAKINAが語る、12歳でデビューするまでの“驚きの経緯”〉から続く

 安室奈美恵やSPEEDを輩出した沖縄アクターズスクール出身のAKINA。三浦大知や満島ひかりとともに「Folder」のメンバーとしてデビューし、現在も歌手・俳優として活動を続ける。プライベートでは、お笑い芸人のビビる大木との間に2児をもうけた母でもある。

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 そんな彼女に、「Folder5」時代に感じたプレッシャーや、グループ当時の恋、苦手だったグラビアや演技の仕事、アルバイトでの失敗などについて聞いた。(全5回の2回目/最初から読む)


AKINAさん ©佐藤亘/文藝春秋

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「Folder5」として生まれ変わりメインボーカルに

――AKINAさんは1997年に三浦大知さん、満島ひかりさんも所属した「Folder」としてデビューしますが、三浦さんが変声期を迎えたことで活動休止となり、2000年に女子メンバー5人による「Folder5」として再デビューします。5人になることはどう伝えられたんですか。

AKINAさん(以下、AKINA) それが「5人になります」と宣言されたわけでもないんです(笑)。

――えっ!? 「Folder」でデビューするのも聞いてなかったそうですが、5人になる時も教えてもらえてないんですね(苦笑)。

AKINA 私が中1の時に、大知が変声期を迎えるから「AKINAも歌えるように準備しよう」と言われて、アクターズにはボイトレの先生がいないので、先に上京してボイトレに通っていたんです。その時も大知とツインボーカルになるという感じで、実際に「Glory Glory」という曲は私と大知のツインボーカルだったので、そうやって続くのかなと思ってました。

――メインボーカルだった三浦さんが「Folder」から抜けると聞いた時はどう思ったんですか。

AKINA それが抜けるという感覚がなくて。というのも「Folder」というグループは解散したわけではなく、しかも「Folder5」としても名前が続いていたので終わった感じがしなかったんですよね。

――AKINAさんは「Folder5」ではメインボーカルを務めました。そこに対する嬉しさはあったんでしょうか。

AKINA 「Folder5」になって初めて大知の大変さが分かりました。メインボーカルはやっぱり体調も気にしなきゃいけないし、あと稼働も多くなるじゃないですか? ボイトレに行ったり、レコーディングもそう。売れなきゃいけないというプレッシャーも大変でした。

 当時はどのアーティストにも負けたくないと思っていました。同じ97年デビューではKinKi Kidsさんに広末涼子さん、あとスガシカオさんもいて全員に負けたくない。オリコン1位になってやる、絶対東京ドーム出てやるみたいな(笑)。もういわゆる怖いもの知らずで、燃えてる感じでした。

――「Folder5」としてのデビュー曲「SUPERGIRL」はヒットしました。曲調もFolder時代のモータウン的なサウンドから、完全なユーロビートとすごくエイベックスっぽい曲になりました。

AKINA そうですね。「Folder5」になって、アイドルっぽくシフトしていって、みんなが歌って踊れるキャッチーな曲になって、より多くの人まで広がって聞かれた感じがあります。

仕事が終わるとすぐに帰って寝て、起きたら学校に行って、曲を覚えて、振りを覚えての繰り返しで…

――「Folder5」時代につらかったこと、大変だったことはありますか。

AKINA つらかったことは、遊べなかったことかなあ。もっと友達と遊びたかったです。仕事が終わると翌日も学校があるので、すぐに帰って寝て、起きたら学校に行って、曲を覚えて、振りを覚えての繰り返しで。当時は「プライベートって何?」という感じでした。

 実際、子供の頃から芸能界にいるのでプライベートの時間というのがよくわからなかったんです。Folder5のメンバー5人で渋谷の漫画喫茶に行って、各部屋でおのおの漫画を読むとかでしたね。

――AKINAさんは当時、恋愛とかはあったんですか。

AKINA 中学生の時に好きな人がいました。学校の同級生で、でもいわゆるスポーツ万能だったり、人を笑わせる人気者だったり、そういうモテるタイプじゃないです。私ってちょっと変な人じゃないけど、みんなが近づかない人が好きなんですよ。好きになった人も教室で一人、物静かにしている人で。ただすごく頭のいい人で。そういうタイプだから特に何があるわけでもなく、遠くから眺めてました。

――2003年にFolder5は事実上の解散となりますが、解散はどのように伝えられたのでしょうか。

AKINA 解散と言われた記憶がないんですよ。だから「Folder5」はまだ続いていると思っています(笑)。メンバーもみんなそんな感じだったと思いますよ。「最近リリースないね」「新人を売るのに忙しいのかな」と話している間に、いつの間にかフェードアウトみたいな感じでした(笑)。

――AKINAさん自身は2002年に「Touch me」でソロのシンガーとしてデビューします。 

AKINA ソロデビューは嬉しかったです。あとソロで写真集も出しましたし、一人になってからの活動も楽しかったです。

――ただ最初はグラビアが嫌だったそうですね。

AKINA 私が分かりやすく「胸が大きい」「プロポーションがいい」とかだったらいいんですけど、そんなに売れるものもないから。何を出せばいいんだかと、困りました。だんだんと歌うことができなくなる中で「とりあえずグラビアやってみる?」という感じで始めたので、最初の頃は辛かったんですけど、だんだんと楽しくなっていきました。

――グラビアだけでなく演技にも挑戦しました。俳優業には興味はあったんですか。

AKINA その頃はなかったです。私は安室奈美恵さんになりたいと思ってやってきたので。安室さんに演技するイメージってないから。

 まだ演技が上手だったらいいんですけど、自分でも「下手だな」と思いながらやっていたので。それなのに、初めての舞台がいきなり新国立劇場でやった「中野ブロンディーズ」で、しかも主演なんです。スパルタですよね。舞台ではチアも披露するので。歌にセリフにダンスに加えて、チアも覚えなきゃいけなくて。もう死ぬかと思いました(苦笑)。

「歌が好きだし、歌をやりたいから、そのために頑張っていました」

――そこからはお仕事的にはどうだったんですか?

AKINA その後はバラエティー番組に出させていただいたり、グラビアのいわゆるイメージDVDを撮ったりしました。全部の仕事を大事にやっていましたが、それは全て歌があったからです。歌が好きだし、歌をやりたいから、そのために頑張っていました。私にとって支えはやっぱり歌で、その思いはいまだにありますね。歌ってるといつの間にか元気になっていますから。

――少しずつ仕事も落ち着いてくると思うんですが、沖縄に戻ろうとは思わなかったんですか。

AKINA 全然ないですね。ずっと東京にいたいと思っていました。仕事の量で言ったら落ち着いてきてはいるんですけど、自分としては暖簾は下げてない。ずっと開けてるんですよ。ただオファーが来てないだけであって、ずっとオープンなんです。

――その頃にはアルバイトもされていたそうですね。

AKINA カフェバーで1年半ぐらいしてました。ただ最初は失敗ばかりして大変でした。アルバイトをしたことがないので、ビールをサーバーから注がなきゃいけないんですけど、止め方が分からなくて。ジョッキからビールの泡があふれそうになるから「泡が床に落ちたら店長に怒られる!」と思って、その泡を口につけて飲んだんですよ。その様子を店長に見られて「バカ野郎! 客のビール飲むんじゃねえ」って怒られました(笑)。

「Folder」「Folder5」はかけがえのない存在

――FolderもFolder5も解散はしていないわけですから、再始動して7人でライブをしてほしいです。

AKINA やりたいです。楽しそう。「Folder」の曲もやって、「Folder5」の曲もやりたい。

 よくアイドルって卒業コンサートだったり、ファイナルライブってあるじゃないですか。私たちにはそういうライブがないから、いつが最後だったかわからないんですよ(笑)。今は芸能から離れたメンバーもいますけど、今でも踊れると思いますよ。ちっちゃい頃にやったことってなかなか忘れないじゃないですか。

――AKINAさんにとって「Folder」「Folder5」はどういう存在ですか。

AKINA 自分の中では、本当にかけがえのないものです。かけがえのない思い出。Folderがあったから今の自分ができたと思います。Folderとは常に背中合わせになっている感じがします。仕事していると「Folder」や「Folder5」を知ってくれてる人がいるので。本当にありがたいなと思います。

〈11歳年上のビビる大木にラブレターを渡して告白→待っても待っても返事が来ず…当時23歳だったAKINAが語る、夫・ビビる大木との「一風変わった」馴れ初め〉へ続く

(徳重 龍徳)