「今日見られてラッキーね」香港の不動産投資家がこっそり耳打ち…94億円の豪邸に住んでいた世界的企業のトップとは誰か!?〉から続く

 令和の不動産バブルはいつまで続くのか。都心部の中古マンションの価格は2021年から4年の間に、なんと1.5倍ほどになった。中には3倍近く高騰した物件もあるという。10億円を超えるような高額な物件を購入しているのは、主に香港や台湾の富裕層だ。

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 彼らはどうして日本の不動産を欲しがるのだろうか? ここでは、20年以上にわたり不動産業界を取材してきた吉松こころ氏の『強欲不動産 令和バブルの熱源に迫る』(文春新書)より、東京港区で爆上がりするタワマン事情を解説した箇所を一部抜粋する。

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悔やんでも悔やみきれない売却

 赤坂のタワーマンション27階に住む中井正和氏には、悔やんでも悔やみきれない経験がある。

 彼は以前、港区赤坂にあった「赤坂三生マンション」の902号室、73平方メートルを持っていた。購入金額は3200万円だった。入居者がいた状態で購入し、投資が目的だった。購入後ほどなくして東日本大震災が発生する。築40年を超えた古いマンションだっただけに、入居者は「怖い」と言って退去してしまった。

 あの頃、すぐ近くでよく見えた東京タワーの頂上部分が曲がってしまったとか、放射能汚染が広がるかもしれないとか、先の見えない不安が東京中に立ち込めていた。

 中井氏は、入居者が出て行ったのを機に、手放すことを決めた。そして震災翌年の2012年に売却。売値は4500万円で、高く売れてラッキーだとその時は思った。

 ところがその後、彼は叫び声を上げることになる。2022年7月、「赤坂七丁目2番地区第一種市街地再開発事業」が公表されたのだ。

 野村不動産、日鉄興和不動産が事業協力者となり、2020年度に都市計画が決定、2023年度に着工、2027年度に竣工というスケジュールで進む超大型再開発である。計画では、46階建て、高さ約160メートル、総戸数約640戸の超高層タワーマンションを含む大規模施設が誕生するとあった。

 これにより、赤坂7丁目周辺に立ち並ぶ分譲マンションや戸建て、店舗、ビルなどは、いっせいに立ち退きの対象となった。建設現場を囲む塀の中では、忙しく行き交うショベルカーやダンプカーが古びた建物を解体する。5年後の2027年、最新鋭設備を備えた都心の一等地マンションへと生まれ変わるためだ。

 中井氏が売らずに「赤坂三生マンション」の部屋を持っていたなら、彼は地権者として、このタワーマンションの一室を得られた。地権者は、所有権の大きさに応じて新しくできる部屋をもらえるという、等価交換の権利があるからだ。もしそうなっていたら、3200万円で買った老朽マンションの部屋は、16年後の2027年には高級タワーマンションの一室に姿を変え、中井氏はわらしべ長者になっていた。仮に坪3000万円で、80平方メートルだとすれば、7億2600万円の部屋だ。こういうミラクルが起きるのが港区なのである。

「三生マンションエリアは、近くに高橋是清の館があったところで、道路の向こうは赤坂御所です。坂の上ですから間違いない地歴でした。何年も不動産をやってきたはずなのに、見抜けなかった。妻にも怒られて、一生悔やんで生きていきます」(中井氏)


再開発が進む港区の景色(筆者撮影)

TBSの敷地には何があったか

 1968(昭和43)年にライオンズマンションの第1号が建設されたのも港区赤坂だった。なんと中井氏は当時の販売チラシを持っていた。チラシと言ってもタイプで文字打ちしただけの簡素なもので、間取り図には、和室が3室に「台所」と「食堂」があり、トイレも「便所」と記載されている。価格は一番安い部屋で683万円、高い部屋でも1318万円だった。このマンションは今でも赤坂にある。

 遡れば、明治維新後に生まれた東京市は、15の区から成り、現在の港区に当たる一帯には、赤坂区、麻布区、芝区の3区があった。江戸時代、芝のあたりには武家地が多く、江戸の中心、日本橋から見れば「場末」と言われた。

 現在の高輪、泉岳寺のあたりは、海に面しており、芝車町と呼ばれ、最盛期には1000頭を超える牛が飼われていた。五街道の一つ、江戸と京を結んだ東海道沿いということもあって、牛は荷物の運搬で活躍した。江戸市中で祭りがあるときは、山車を引くのに役立ち、その都度高輪からレンタルされていたそうだ。

 小さな長屋が密集し軒を並べていた日本橋や神田周辺と比較して、広大な敷地面積を持つ武家地が多かった赤坂区、麻布区、芝区は、のちに大きな開発をするのに適していた。例えば現在のTBSの敷地は、戦前は、陸軍近衛歩兵第三連隊の駐屯地で、それ以前は、松平安芸守の武家屋敷があり、一筆で1万6000坪もある敷地だった。今のアメリカ大使館も、かつては山口筑前守の武家屋敷だった。

 一筆ずつの土地が大きかったことも、現代の「港区大改造」につながる一つの要因だ。

 この大改造の旗振り役を担う森ビルの創業者で元社長、森泰吉郎氏は、日本経済新聞の「私の履歴書」にこう記している。

〈僕の故郷は東京・港区。(中略)これは僕にとって人生最大の幸せかもしれない〉

日本で社長が最も多く住む地区

 明治生まれの森氏は知らずに亡くなっただろうが、世界のミシュラン、2755店のうち、2割以上の617店が東京にあって、そのうちの71店舗が港区にある。

 東京商工リサーチによれば、日本で最も社長が多く住むのは港区赤坂で、4596人(2025年)。13年連続トップだという。港区の主要な地域、六本木、南青山、芝浦、南麻布、高輪もトップ10に入り、港区住民の6人に1人が社長だ。成り行きとして平均年収も高くなるわけで、総務省の「課税標準額段階別令和5年度分所得割額等に関する調」から算出された東京23区の平均年収ランキングでは、港区が1位で1397万1000円となっている。

 また、東洋経済オンラインは、2025年11月に「住民が株と配当で稼いでいる自治体ランキング」を発表したが、ここでも1位は港区だ。株と配当の収入総額は、7762億9000万円におよぶ。ひとりあたりに換算すると、523万1000円となる。これは、2位である渋谷区の247万2000円の2倍以上だ。前述の年収ランキングと見比べると、配当だけで東京都内14区の平均年収を上回ることになる。

 超一等地の代名詞である「3A」とは、港区内の麻布、赤坂、青山の頭文字からとったものだ。「3A」を本拠地にビルを建てまくる森ビルの姿から、港区の価値は「3A+M(森ビル)」によって盤石になる一方に見える。

 1964年の日比谷線全線開業以来、56年ぶりの新駅となった虎ノ門ヒルズ駅は、その建設費用の大半を森ビルが負担したそうだが、大いにうなずける。

 では、これから先、港区不動産はどうなるのか。

 アメリカをはじめ国内外250戸の賃貸住宅に投資する村瀬裕治氏は、ニューヨークのセントラルパークを見渡せる高層マンションを引き合いに出し、こう語る。

「私は港区不動産は高すぎて手が出ません。でもマンハッタンの高層マンション『432 Park Avenue』にはセントラルパークだけでなく、大西洋まで見える部屋があるそうで、1部屋の価格は111億円だそうです。同じくニューヨークの『One57』に至っては、1部屋120億円をつけています。そう考えると、港区タワマンはまだまだ安いですね」

吉松 こころ(よしまつ こころ)
1977年鹿児島県伊佐市生まれ。19歳で進学を機に上京。2003年7月に、業界紙「週刊全国賃貸住宅新聞」に入社。主に、広告営業を担当する。営業デスク、編集デスク、取締役を経て、14年に退職。約12年間の記者生活では、全国の賃貸管理会社や大家、投資家、建設会社を取材して回った。15年に独立。不動産業界向けのミニ通信社、「株式会社Hello News」を起業し、不動産・建築の世界で生きる人々を取材している。過去に週刊新潮、AERA、現代ビジネス、FACTAなどで記事を執筆。

〈「10兆円は動く。とんでもないことになる」空前のバブルに沸く熊本で“不動産業界のドン”が「九州中の杭を集めろ!」と社員に大号令をかけた理由〉へ続く

(吉松 こころ/文春新書)