妻の“告白”を聞いて「ショックを受けている自分を呪いました」と峻介さんはいう

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【前後編の後編/前編を読む】54歳夫が語る「なぜ妻子を捨てて不倫相手との暮らしに走り、16年ぶりに家に戻ったのか」 すべての始まりは中学時代の同窓会

 永沢峻介さん(54歳・仮名=以下同)は、長きにわたる不倫相手との生活を経て、昨年秋に妻の元へと帰った。会社の同僚でもある妻の綾那さんとは、2人の息子に恵まれ、母に助けられながら幸せな家庭を築いた。だが峻介さんが38歳の時、中学時代の憧れの存在だった涼子さんと再会したことで、状況は一変。涼子さんもまた15歳年上の夫がいる“ダブル不倫”の関係だったが、2人は一緒に暮らすことを選び、峻介さんは家を飛び出したのだった。

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 同じ会社とはいえ、綾那さんのいる部署は別のビルに入っているため、夫婦はほとんど顔を合わせることはなかった。だが生活が落ち着いていくにつれ、峻介さんは子どもたちのことが気になっていく。

妻の“告白”を聞いて「ショックを受けている自分を呪いました」と峻介さんはいう

「家を出てすぐ、子どもたちには手紙を書きました。ただ真実を伝えることはできなかった。どうしても家を離れなければならなくなった、ごめんねとだけしか書けなかった。綾那が子どもたちにどう説明しているのかも気にはなっていました。なにより子どもたちの顔を見たい。そう思っていた」

 涼子さんは「子どもたちが気になるなら、1度、帰ってみたら」と言った。そんなことが平気で言えるのが彼女の強さだった。そう言われるとむしろ、「いや、気にはしていない」と強がるしかない。

冷めない気がした

 綾那さんからは連絡がなかったし、離婚の話も出ていない。それについても涼子さんはとやかく言わなかった。涼子さん自身も離婚はしていなかった。だからといって、この関係が期限付きだとふたりが思っていたわけではない。

「情熱がいつおさまってしまうのかわからない。だけど冷めない気もしていました。僕は情熱がありあまって、最初は堕ちていきたい願望が強かったんです。仕事をやめて、ずっとふたりきりでいたい、お金が尽きたら死んでもいいという気持ちもあった。でも涼子は、結婚制度なんてどうでもいい、ふたりできちんと前を向いて生きていこうと言った。堕ちるのは簡単だけど、堕ちたら子どもたちに顔向けできないでしょ。いつかがんばって生きてきたよと言える親でありたいでしょって。それはそうだと思った。現実の生活を送りながら、相手への情熱は維持する。そんなことができるのかなと思っていたけど、涼子が僕を引っ張っていってくれた感じですね」

半年ぶりに再会した妻は…

 半年ほどたったとき、峻介さんは社内でばったり綾那さんに会った。仕事の都合で、峻介さんがいるビルにやって来たようだった。

「おっと言ったら綾那もニコッとしていました。怒っていないのが不思議だった。その日、一緒にランチをとりました。子どもたちはどうしてると聞いたら、『ごまかすには限界がある。会いたがっているから会ってよ』と。綾那に申し訳ないと言うと、『自分の気持ちに忠実に動いたんでしょ。謝る必要なんてないわよ。別に私はあなたに庇護してもらう立場にあるわけではないんだから』と。綾那らしいなと思いました」

 それを機に、綾那さんと連絡をとるようになり、2週間後に彼は1度、家に帰った。子どもたちは「おとうさん、どうしていなかったの」と抱きついてきた。ごまかしたくはなかったが、子どもたちの気持ちを考えると、仕事の都合でと言うしかなかった。

 それ以来、月に2度ほどは自宅に戻るようになった。彼の二重生活が始まったのだ。子どもたちに時間があるときを見計らって一泊することもあった。子どもたちに寂しい思いをさせない。それが夫婦の暗黙の了解となった。

「綾那や子どもたちが僕を許していたかどうかはわからないけど、受け入れてはくれていた。ただ、母だけは僕を受け入れようとはしなかった。あんたの顔も見たくないと、僕が自宅にいるときは絶対に来ませんでした。『お義母さんだって、本当は会いたいんだろうけど、私の手前、遠慮しているのかもしれない』と綾那は言っていました。綾那と母は相変わらず仲がいいみたいで、それだけが救いでしたね」

 女性たちが現実に即してうまく立ち回り、なおかつ経済的にも精神的にも自立していた。だからこそ、こういう生活が成立していたのだろう。給料の半分は綾那さんに渡す生活だったが、それについて涼子さんが何か言ったこともなかった。

綾那さんから衝撃の“告白”

 子どもたちの成長については折に触れて綾那さんから報告や相談があったし、峻介さんも子どもたちと顔を合わせて話した。長男は高校生になったころから、「我が家はおかしくなっている」と思ったようだ。子どもたちが20歳と18歳になったとき、峻介さんは初めて子どもたちに「別の女性と暮らしている」と話した。ふたりとも「知ってる」と言った。

「言葉では責められなかったけど、僕としては肩身が狭かった。申し訳ないと頭を下げると、『僕らはいいよ。おかあさんに謝ったほうがいいんじゃない?』と長男に言われました。でもその直後、綾那から『再婚したいから離婚して』と言われました。そんな存在がいたのかと愕然としましたね」

 自分が夫婦としての責務をまっとうしていなかったのに、妻に別の男性の存在をほのめかされて彼は驚いたという。綾那は自分のことを思っているに違いない、別の男など作るはずがないと信じ込んでいたのだ。ところが綾那さんは少し前から恋愛をしていた。子どもたちが大人になるのを待っていただけだった。

「そのとき改めて、綾那との縁が切れる恐怖を覚えました。僕は甘えていただけだったんです。僕は綾那と涼子、どちらも選びきれなかった。でも綾那は、僕とその男を天秤にかけて、そちらの男を選択しようとしている。それがショックだったし、オレは綾那が待ち続けるに値しなかったのかとも思った。涼子との関係がうまくいっているにも関わらず、そんなふうにショックを受けている自分を呪いました」

 ふたりの女性からモテていたかったということではないと彼は言った。綾那さんと自分、涼子さんと自分、それぞれにきちんと関係を結んでいると信じていたのだ。だが綾那さんは、子どもの父親として峻介さんを必要としていただけだった。それがショックだったのだろう。

「涼子にその話をしたら、『いろいろな愛があるし、いろいろな関係がある。綾那さんが他の男性との関係を育むにはじゅうぶんすぎる時間があったはず。彼女がずっと自分のことを思い続けているって思ってたの?』と呆れられました。そして改めて『私とあなたは他のことは何も考えず、純粋に男女の関係でいればいい。私はそう思っている』って。振り返ったら、涼子と暮らし始めてから10年がたっていました。結婚生活より長くなっていた。でも確かに、僕と涼子は互いの家族などの話はほとんどせず、ふたりだけの関係だけを見つめてきた。綾那との関係は子どもを介してのものでしかなかったかもしれないけど、涼子との関係は、まさに僕らだけのもの。そう思えました」

 自分が何を求めて生きているのか。それまで情熱に任せて突っ走ってきた峻介さんが、初めて立ち止まった瞬間だった。何かを確認したり意味を考えたりしてこなかったこともわかった。

釈然としない…峻介さんの胸中

 綾那さんの求めに応じて離婚届を送ったものの、何か釈然としないものが残った。綾那さんへの未練なのか、あるいは自分が信じてきた、妻のいる世界と恋人のいる世界の両立が通用しなかったことへの後悔なのか……。

「決して変わることのなかった涼子への情熱に影が差した。そんな気がしました。同時にわがままだとわかっていたけど、綾那の再婚を止めたかった。論理的な理由があるわけじゃない、とにかく僕の妻が再婚するのが嫌だったんです」

 綾那さんに会ってそう伝えた。「再婚しないでほしい」と。綾那さんは「あなたにそう言われても困る」としか言わなかった。一方、そのころ涼子さんは夫を亡くしている。急病で倒れてそのまま亡くなったのだが、峻介さんは気づかなかった。

「涼子が出張だと言って出かけたんです。ときどき出張はあったし、様子がおかしいわけでもなかったからわからなかった。でもその後、実は夫が亡くなって、お通夜と葬式をすませたと聞いてびっくりしました。彼女だって夫への思いはいろいろあったはず。それなのにあんなに平然としていたなんて、どういう女性なんだろうと改めて思って」

 どんなに情熱があっても、ひとりの人間を知るには人生は短すぎるのかもしれませんと彼は言った。それなのに自分は「ふたまた」をかけてしまった。だからどちらの女性のことも理解できなかった、と。

「3人で会わないか」

 困り果てた峻介さんは、綾那さんに「涼子と3人で会わないか」ともちかけた。目の前にふたりがいたら、自分の心がどう動くのかを知りたかったのだ。もちろん聡明な女性ふたりはそのくらいのことは見抜いていた。見抜きながらも「いいかも」と賛成した。

「3人で会いました。誰かが感情的になることもなく、3人とも淡々としていた。僕らはこれからどうしたらいいんだろうと言うと、『それぞれが思っていることを話そう』ということになって。綾那は再婚すると言い、涼子は現状維持だと言いました。僕は妻としての綾那、恋人としての涼子を今まで同様、愛していきたいと言った。ただ、綾那が再婚するのは嫌だとも宣言しました。それは綾那を愛しているから。涼子への愛とは違うかもしれない、でも綾那が他の男と結婚するのをよしとはできない」

 女性ふたりは鼻で笑ったという。あなたに綾那さんの自由を阻害する権利はないと涼子さんは言った。女性ふたりは初めて会ったにもかかわらず、妙に意気投合していた。わかってると峻介さんはふたりに頷いて見せた。

綾那さんの結婚式へ…

 綾那さんは結婚式代わりに親しい人だけを集めたパーティを開いた。そこに峻介さんと涼子さんも招待された。息子ふたりがニコニコしながら迎えてくれた。

「なにもかもオレが悪かった。きみたちにはつらい思いをさせた。申し訳ない。僕の口からすんなりそういう言葉が出てきました。すると長男が『みんな、それぞれの人生を生きればいいんだよ。僕らは飢えることなく、ふたりとも大学まで行った。それだけで感謝してるよ』と言い、次男が『子どもはそれほど親の影響を受けないってこと』と笑った。この子たちはなんだかすごい大人になったなと思いました」

 綾那さんの夫は5歳年下のいい男だった。やける? 涼子さんが囁いたが、彼は首を横に振った。嫉妬はなかった。綾那さんの心が離れていったのが寂しかった。綾那さんはみんなに義母を「母です」と紹介していた。母は峻介さんを見ると、声を出さずに口だけで「バーカ」と形を作った。「これには予想以上にめげた」と彼は言う。

2つの「別れ」

 だが、それから数年が経ったころ、綾那さんの夫がいなくなった。息子からの連絡で知った峻介さんは、あわてて家に駆けつけた。綾那さんはひとりポツンとソファに座り込んでいた。

「どうしたんだよと言ったら、ケンカしたら家を出て行ってしまった。言いたいことも言えずに息がつまったと。綾那にも言いたいことを抑えることができるんだとつぶやいたら、ティッシュの箱が飛んできました。『男なんてサイテーよ』と叫びながら殴りかかってきた綾那を受け止めたら、自然と抱き合う感じになって……。綾那が僕の胸で泣いていました」

 そんなことがあってから数週間後、涼子さんから別れを告げられた。帰宅すると置き手紙があったのだ。「今までありがとう。もう帰りな」とあり、自画像と思える笑顔の女性のイラストが添えられていた。涼子さんはイラストがうまく、ときどきそうやってメモに絵を描いて置いてくれていたのだが、そのときはもっとも悲しくてもっともかわいいイラストだった。

「涼子にはわかっていたんだと思う。綾那の状況も、僕の心境も。確かにあのころ僕は、綾那のもとへ戻りたいと思っていた。でも今さら言えないし、戻ったところでうまくいくかどうかもわからない。ただ、涼子への情熱がついに枯渇していたのも事実でした」

僕の16年は何だったんだろう

 長男はすでに家を出て独立、次男はこの春、就職するが家から通うつもりだという。母は変わらず近所にひとり住まいをしている。80歳になるが元気で、「まさかまたあんたの顔をここで見るとは思わなかった」というのが第一声だった。

 綾那さんは、彼を迎えるにあたっても淡々としていた。「やっぱり縁があったのかな。お互いに嫌になったらちゃんと言おうね」と言ったそうだ。

「戻って半年、16年もブランクがあったとは思えないんですよ。逆に言うと、僕の16年は何だったんだろうとも思う。涼子ともいまだに交流はありますが、驚くほど情熱はなくなっている。涼子とのほうが熟年夫婦みたいになっていて、綾那とは新婚みたい」

 振り返ると、僕は本当に幸せだったんだなと思うと彼はノーテンキにつぶやいた。女性ふたりの聡明さと自立心がなければ、もっと大変な目にあっていたはず。それをわかっているとは思えないのだが、その彼の妙な純粋さを女性たちは愛したのかもしれない。

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 峻介さんの“家出”生活は長きにわたったが、その始まりは唐突だった。【記事前編】で、涼子さんとの出会い、綾那さんとの別れまでを紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部