レストランガイドで知られるミシュラン社がホテルのランキング評価に本格参入した。フランス・パリで満を持して開催された、ミシュランのホテルガイド「ミシュランキー」の授賞式を取材した、食のディレクター山口繭子さんが、ミシュランが評価する、日本のホテルについて解説する――。
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■「老舗レストランガイド」がホテル版に着手

フランスで1900年から刊行されている老舗レストランガイド、「ミシュランガイド」が、昨年からホテル版を刊行しているのをご存じだろうか。その名も「ミシュランキー」といい、レストランと同様、世界中から選りすぐったホテルに、1〜3本のキー(鍵)数による評価を授け始めた。

ホテルのランキングガイドといえば、身近なものではオンラインサイトの「トリップアドバイザー」から、老舗の「フォーブストラベルガイド」「コンデナストトラベラー」など、すでに百花繚乱の体をなしている。そんなレッドオーシャンに満を持してミシュラン社がドボンと飛び込んだ理由とは何か。いや、それ以前にこの評価が我が国、日本の旅行客にどんな恩恵をもたらしてくれるのか。パリで開催された華やかなアワードセレモニー(授賞式)に参加した著者が、その裏側にどんな事情や背景が流れていたのかを考察したいと思う。

写真提供=@MICHELIN
2025年10月8日(日本時間9日)にパリで開催された「ミシュランキー」授賞式の様子。壇上に並ぶホテリエ(ホテル従事者)たちは一様に素晴らしく姿勢がいいのが印象的。眼鏡姿の笑顔の男性は「パレスホテル 東京」の渡部支配人。 - 写真提供=@MICHELIN

■満を持してホテル版をスタート

最初に整理しておきたいのは、「ミシュランガイド」とはなんなのか? である。

世界的なタイヤメーカー「ミシュラン社」が125年前から刊行しているレストランガイドブックであり、現在日本で毎年刊行しているのが「ミシュランガイド東京」と「ミシュランガイド京都・大阪」の2種類。さらに、不定期で奈良や富山、北陸、九州といったエリア特化版が出ている。

しかしミシュラン社の本業はあくまでもタイヤメーカー。ゆえにレストランガイドは「(自動車で)旅をする人のために」という目的を持って、世界各国で刊行されてきた。

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ミシュラン社主催のメディアデー(報道説明会)では、1900年創刊のミシュランガイド初版の復刻版が配られるという粋なはからいが。まだ“冒険旅行”的な側面もあった当時の自動車の旅を快適にするための情報のほか、レストランやホテルの情報が掲載されていた。 - 筆者撮影

ミシュラン社が公表したデータによると、

? 2005年、創業後105年を経て初めて海を超えた「ミシュランガイドニューヨーク版」を機に、現在、世界69エリアで刊行。掲載レストラン数は世界総計で約1万7000軒。2030年には、エリア数が100になる予定。

? 「フランス料理」から始まったガイドブックながら、現在では多種多彩なジャンルを包括する総合ガイドに。9月末に発表された「ミシュランガイド東京2026」では、フランス料理やイタリア料理はもちろん、日本料理にイノベーティブ、インド料理、うなぎ、居酒屋、おにぎりに蟹料理……と、37ジャンルを数えた。

? 2000年代からは徐々にデジタル版・アプリ版にシフトしており、30カ国以上の覆面調査員(ミシュラン社では「インスペクター」と呼ばれる)が選定したホテルとレストランの情報を、世界25以上の言語で「無料提供」している。

? 同社のSNSフォロワー数は700万人以上。アプリのアクティブユーザーは350万人以上おり、利用時にそのまま予約や利用者コミュニティーまで行き着くことができる。

……など、125年をかけた発展ぶりには目を見張る。

もう一度言うが、タイヤメーカーであるからこそ、主眼は「旅」であり、それが旅先での美食体験評価「ミシュランガイド」に繋がり、昨年からのホテル版「ミシュランキー」へと範囲が広がった形だ。

■格付けよりも体験型ホテルを評価

前述の通り、すでにホテル業界には評価ランキングガイドがいくつもある。なぜミシュランまでもが? というのが筆者は疑問だった。が、昨今ホテル業界に参戦する新顔ランキングガイドは他にもあり、例えば2023年からは“食の世界のアカデミー賞”と呼ばれる「世界のベストレストラン50(英国)」が新たに「世界のベストホテル50」の発表を開始している。

個人的な感想となるが、「ミシュランキー」をはじめ、新規参入組のランキング結果を見る限り、ホテルの格付けをしているというよりは、「『いいホテル』っていっても多種多様。結局、個人的好みだよね」という姿勢が見え隠れする。また、独自のランキングガイドを発表することで自らの立ち位置を世界に表明したいというビジネス戦略も。要するに、“誰にとってもいいホテル”ではなく、“我々としてはここを評価したい”という企業姿勢が結果に現れていて、それが面白いと思うのだ。

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授賞式の壇上で、受賞したホテリエに手渡されるのは、ホテルのエントランスなどに誇らしげに設置する、通称「ミシュランプレート」。箱の裏には各国の言語で祝福の言葉が刷られていた。 - 筆者撮影

ミシュラン社はこれまで都市別に「ミシュランガイド」を発表・刊行してきた。しかし今回のホテル版「ミシュランキー」は、同社の歴史上初めての世界同時発表である。

インターナショナル・ディレクターのグウェンダル・プレネック氏は語る。

「最近のデータでは、旅行者の74%が旅先を選ぶ際の決定要因の一つがミシュランガイドだと挙げています。店の経営側のデータも興味深く、82%の経営者がミシュランガイド掲載後に売り上げが伸びたと答え、約60%の経営者が新規人材の採用やスタッフのモチベーションアップにも役立ったといいます(※出典:英国Ernst & Young社「Beyond the MICHELIN Stars」)。我々は長い時間をかけて美食体験を求める人々に貢献してきたと自負していますが、今やその期待が“旅”という部分にまで届いていることも理解しています。ホテル版を出すことは使命でした」

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インターナショナル・ディレクターのグウェンダル・プレネック氏。2004年に同社に入社後、2007年の「ミシュランガイド東京版」発行のために日本に居住し奔走を続けた。その後、香港版、中国版、タイ版などの発刊にも寄与し、今ではミシュランの顔的存在。 - 写真提供=@MICHELIN

■「ミシュランらしさ」をホテルの調査にも反映

しかし、世界中のレストランを調査するだけでも大変なことなのに、ホテルまでどうやって調査しているのだろうか。

「世界中のインスペクター(覆面調査員)が担当します。基本的に彼らはレストランとホテルの両方を調査しますが、中にはレストラン調査に特化したインスペクターもいるし、ホテル調査を得意とする者もいる。大切にしているのは、どこが劣っているとか不備があるとかの判断よりも、そのホテルに滞在することでどんな体験ができ、どんな感動を得られるかに重点をおいているということです」(グウェンダル・プレネック氏)

老舗系ホテルランキングガイドでは、調査員は何百にもわたるチェックリストを片手に、一つ一つの項目をつぶさに調べると聞く。逆に、人気投票的に個人の思惑や好みで投票する結果で決まるガイドもある。この点、ミシュラン社の戦略というのが「体験と感動」であるというのが意外でもあったが、確かに結果にも反映されている感じがある。

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日本からは「オーベルジュときと」石井義典シェフ、「里山十帖」岩佐十良クリエイティブ・ディレクター、「山形座 瀧波」南浩史社長、「パレスホテル東京」渡部勝支配人、「ホテルザミツイ京都」加勢田愉士支配人の姿が。 - 筆者撮影

■感動も体験も“ミシュラン好み”で評価

「おいしさ」を評価するのもなかなか難しいことなのに、「居心地の良さ」「センスの良さ」「過ごした時の快適性」に格付けをするというのは相当ハードなことではないか。インスペクターの好みとしか思えないと、調査に違和感を持つ人もいるかもしれない。が、そもそも125年という長い歴史を有する会社だからこそ、心地良さや没入体験の奥深さ、価値といった、情緒的ともいえる評価を世界統一基準で行えるのかもしれないとも筆者は思うのだ。

ミシュラン社の調査で特徴的なのは、レストランでもホテルでも、インスペクターは全員、同社によって直接雇われた「社員」が務めるという点だ。覆面匿名の調査でありそのシステムは闇に包まれているものの、数カ月から1年を超える長期にわたって本国フランスでトレーニングが行われていること、食事や宿泊といった調査費用はすべて一般客と同様に支払われていること、インスペクターたちによる合議制によって調査結果が決定されることなど、簡単なようで世界規模で実行するとなると至難の業だろう。

今回の結果発表を見ると、やはり「ミシュラン」という巨人が持つ性格のようなものが表れているように思う。

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ジャーナリストにミシュラン社の歴史や展望が説明される中、匿名調査員の「声だけ登壇」が行われ、レストラン・ホテルに対してどのように調査トレーニングがなされ、調査に当たっているかが述べられた。50代後半と思しき落ち着いた声色の英国に暮らす女性だった。 - 筆者撮影

■郷に入っては郷に従うホテル選び

昨年の「ミシュランキー2024」を“キックオフ”だと位置付けるミシュラン社にとって、今回は真の意味でのファーストエディション。そのためか、去年掲載されたホテル・旅館でキーを落とした宿泊施設はなく、発表後に悲喜交々(ひきこもごも)の感情が入り乱れるのが常の、「ミシュランガイド」が記憶に新しい身としては、いたってハッピーな結果に感じられた。

世界合計では2457軒の宿泊施設がミシュランキーを獲得したとして公式サイト掲載されており、内訳としては3ミシュランキー143軒、2ミシュランキー572軒、1ミシュランキー1742軒という内容となっている。

そのうち日本の成績はといえば、合計128軒がミシュランキーを獲得。3ミシュランキー7軒、2ミシュランキー20軒、1ミシュランキー101軒というのは、この極東の小国の評価としてはなかなかに素晴らしい。グウェンダル・プレネック氏へのインタビューの中では何度も「OMOTENASHI」という言葉が繰り返され、日本発祥である旅館の文化が海外でかなり評価されていることが伝わってきた。

特に印象に残ったのは、海外インバウンドには多少不自由・不便ではないかと想像する畳や布団の文化や厳密な意味での日本料理、水着不可の温泉風呂なども素直に評価されていると感じられた点。例えば、静岡県伊豆市で500年以上の歴史を有する老舗旅館「あさば」が昨年の2キーからランクアップして3キーに仲間入りしたが、温泉、日本家屋、純和食といった日本文化そのままの美意識がグローバルのものとして喜ばれている証でもある。もちろんベッドルームや部屋付き露天風呂を設けるなど日本旅館に慣れない海外客への配慮はあるが、修善寺で静かな夜を過ごす価値が世界に認められたのはうれしい。

©あさば 出典元=ミシュランガイド公式ウェブサイト
静岡県・修善寺の宿「あさば」。敷地以内には本格的な能舞台があり、長きにわたって日本文化をさまざまな形で旅人たちに伝えてきた。 - ©あさば 出典元=ミシュランガイド公式ウェブサイト

■「セレクテッド」ではビジネスホテルも大人気

この他にも、新たにキーを獲得したホテルの中には全国のサウナーから支持される「御宿竹林亭」(2ミシュランキー。系列で無料利用できる「御船山楽園ホテル らかんの湯」が人気)や、客室から富士山やサーキットを眺められる「富士スピードウェイホテル」(1ミシュランキー)、JR南武線「西国立」駅真裏に出現した部屋数4室のみのラグジュアリー宿「オーベルジュときと」(1ミシュランキー)など、決して快適&便利だけを追求したのではない個性あふれる顔ぶれが目立つ。

©富士スピードウェイホテル 出典元=ミシュランガイド公式ウェブサイト
富士山と富士スピードウェイに挟まれるようにして建つ「富士スピードウェイホテル」。レースが開催される日は、愛好家たちで客室が埋まるという。 - ©富士スピードウェイホテル 出典元=ミシュランガイド公式ウェブサイト

ミシュランキーを獲得するホテルは、一概にはいえないが、まぁまぁラグジュアリーなラインナップであると見受けられる。今回、3ミシュランキーを獲得した7軒には、1泊20万円を超えるハイエンドホテルが目白押しだ。しかし、1ミシュランキーのリストでは「エースホテル京都」や「源氏京都」のように、時期を選べば5万円を切る価格で泊まれる宿もあるにはある。しかし、正直言ってそれでも気軽に泊まるにはまだ高い気もするのは円安に慣れた立場だからだろうか。

そこで着眼したいのは、惜しくもミシュランキーは逃したものの同社のアプリやサイトでは掲載宿として選出された「セレクテッドホテル」のラインナップだ。2024年7月時点ではその数は135軒だったのが、2025年10月に数えてみたところ、212軒に増えていた。ミシュラン社のインスペクターは現在も、調査対象を果敢に広げていると聞き、世界レベルでこのセレクテッドホテルの数は増えていくはずだ。

このラインナップには、筆者が出張やカジュアルなプライベート旅行で利用するホテルもたくさん入っている。例えば東京馬喰町の「DDD Hotel」など、公式サイトでは、日程にもよるが素泊まりで1万3,300円という価格を見つけた。神奈川県横浜市の「HOTEL THE KNOT YOKOHAMA」など、これまた日程によるが公式サイトで見つけたのは素泊まり6,900円のセミダブルルームだ。星野リゾートが運営する観光客向けのカジュアルホテルブランド「OMO」でも、「OMO5熊本 by 星野リゾート」がセレクテッドに選ばれているが、公式サイトでは1万円を切る部屋もちらほらあって思わず予約しそうになったくらい。

 確かに、コンパクトで利便性が高く、最近では大浴場も兼ね備えた宿も多くなってきた日本のビジネスホテルは、海外の旅好きにとっても使い勝手がいいに違いない。近い将来、海外客からも人気の高いカプセルホテルなどもランクインするのではないかと想像している。

©OMO5熊本 by 星野リゾート(左)©DDD Hotel(右) 出典元=ミシュランガイド公式ウェブサイト
1万円前後で泊まれるお馴染みのビジネスホテル、通称“ビジホ”にもミシュランガイドの覆面インスペクターたちが実際に訪れて、泊まっている! - ©OMO5熊本 by 星野リゾート(左)©DDD Hotel(右) 出典元=ミシュランガイド公式ウェブサイト

ミシュラン社が、1世紀を超える歴史の先に見据えているもの。それは食だけでもなく宿泊だけでもなく、アートや建築、ウェルネス、冒険や感動といった人生を彩るすべての要素を思い起こさせてくれる体験を、誰もが気軽にセレクトし、暮らしに取り入れられるようになることではないかと考える。

サイトやアプリからは世界中のガストロノミーからホテルまで、気軽に見て回れるだけでなく、実際に予約ができたり利用者たちのコミュニティーにもアクセスしたりが可能。かつて机上旅行と呼んでいた旅の始まりは、今や手の中のスマホから無限に広がっている。デジタライズされて格段に便利になったとしても、旅する感動は100年前と変わらないはずだ。

ホテルの評価軸は、明らかにラグジュアリー感や格式だけにとどまらなくなっている。自分目線の「いい宿」をミシュランキーのリストを参考に見つめ直してみるのも面白いのではないだろうか。

【3ミシュランキー】
・あさば(静岡県)
・パレスホテル東京(東京都)
・ホテル ザ ミツイ キョウト(京都府)
・強羅花壇(神奈川県)
・ブルガリ ホテル 東京(東京都)
・フォーシーズンズホテル東京大手町(東京都)
・アマネム(三重県)
合計7軒

【2ミシュランキー】
・ローズウッド宮古島(沖縄県)
・御宿 竹林亭(佐賀県)
・雅叙苑(鹿児島県)
・THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田(長野県)
・ベネッセハウス(香川県)
合計20軒 一覧はこちら(https://guide.michelin.com/jp/ja/article/travel/all-the-key-hotels-japan-michelin-guide?cjdata=MXxZfDB8WXww&cjevent=2722eb1ba4d311f081c800ca0a18ba74&utm_source=cj&utm_medium=referral&utm_campaign=Skimlinks&utm_content=100038158&utm_term=15671072#Two%20Keys)

【1ミシュランキー】
古民家を改築した旅館や、モータースポーツサーキット内ホテルなど、多彩な個性派ホテルが選出された。

合計101軒 一覧はこちら(https://guide.michelin.com/jp/ja/article/travel/all-the-key-hotels-japan-michelin-guide?cjdata=MXxZfDB8WXww&cjevent=2722eb1ba4d311f081c800ca0a18ba74&utm_source=cj&utm_medium=referral&utm_campaign=Skimlinks&utm_content=100038158&utm_term=15671072#One%20Key)

ミシュランガイド公式サイト: https://guide.michelin.com/jp/ja

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山口 繭子(やまぐち・まゆこ)
食のディレクター
神戸市出身。『婦人画報』『ELLE gourmet』(共にハースト婦人画報社)編集部を経て独立。主に飲食店やホテル、食に関するプロジェクトのディレクションや執筆活動を行う。訪れた飲食店や食した料理などについてはSNSで発信を続けている。著書に自身の朝食トーストをまとめた『世界一かんたんに人を幸せにする食べ物、それはトースト』(サンマーク出版)がある。
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(食のディレクター 山口 繭子)