公園でスマホを使う中国人の若者  Photo :Pressmaster / PIXTA(ピクスタ)

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「寝そべっているのはいいことだ、寝そべっているのは素晴らしい、寝そべるのは正しい、寝そべっていれば倒れることもない」

 2021年6月、中国でジャン・シンミンという36歳の男性がソファに寝転び、ギターを爪弾きながら歌う動画が削除された 。

 それに先立つ同年4月、大手ポータルサイトの掲示板に「食事は1日2回でいいし、働くのは1年に1〜2カ月でいい」「“寝そべり”はまさに賢者の運動。“寝そべり”だけが万物の尺度だ」とする「“寝そべり”は正義だ」という文章がアップされ、SNSを通じて急速に広がった。彼らは“躺平族(寝そべり族)”と呼ばれる。

 世界的に、若者は何もしなくなっているのか。そんな興味で手に取ったのがジェニー・オデルの『何もしない』(早川書房)だ。著者は現代美術のアーティストで、「バードウォッチング、スクリーンショットの収集、おかしな電子商取引の解析など「観察」をともなう作品」を発表しているという(スタンフォード大学の講師でもある)。

 オデルは白人の父とフィリピンからの移民の母のあいだに生まれ、両親は2人ともアップルに勤めている。そのため、アップル本社のあるシリコンバレーのクパチーノ(全米でもっとも平均所得が高く、もっとも地価の高い地域)で生まれ育った(現在はサンフランシスコ郊外のオークランド在住)。

 この本は、オバマ元大統領が年間ベストブックの1冊に挙げたことで話題になった。ここからわかるように、「寝そべって」過ごすことを勧めているわけではない。結論からいうと、2016年のトランプ大統領誕生に際し、(めぐまれた)若いリベラルがどのようなことを考えたかの記録として興味深かった。

 原題は“How To Do Nothing: Resisting the Attention Economy(何もしない方法 アテンション・エコノミーに抵抗する)”。アテンション・エコノミー(注意経済)は、消費者にモノを買わせるのではなく、ひとびとの「注意」を奪いあってマネタイズする資本主義のことだ。

わたしたちはSNSによって#FOMAに追い立てられている

 ドナルド・トランプがアメリカ大統領になるという衝撃的な出来事のあと、オデルは自宅ちかくにある「ローズガーデン」という公園に行き、そこで何もせずに鳥のさえずりに耳を傾けた。

 選挙期間中、オデルを翻弄していたのは、ピザゲート、ドキシング、スワッティングなどの異常な出来事だった。

 ピザゲートは、「ヒラリー陣営の関係者が、ワシントンD.C.にあるピザ店を拠点に人身売買や幼児虐待を行なっている」という陰謀論で、それがSNSで広まったことで、疑惑を信じた男がライフルをもってピザ店に押し入り発砲する事件が起きた。

 ドキシング(doxing)は他人の個人情報をネット上にさらす行為で、「アンティファ(反ファシズム)」と呼ばれる“極左”が、SNS上の白人至上主義者やオルタナ右翼の身元を暴いて、勤めている会社や店に解雇を要求する運動を行なった。

 スワッティング(Swatting)は、大事件が起こっているという虚偽の情報で警察やSWAT(警察特殊部隊)を出動させる悪質ないたずらで、過去には多くの芸能人が被害にあった 2017年には、オンラインゲームのトラブルで男性がスワッティングされ、派遣された警察官に自宅で射殺される事件が起きている。

 静かな公園で“バード・リスニング”をしながら、「あの、現実とは思えない、恐ろしい情報と仮想性(バーチャリティ)の奔流」について考えたオデルは、いま必要とされているのは「拒絶」だと思いいたる。

 わたしたちはSNSによって、#FOMA(fear of missing out;取り残されることへの恐怖)に追い立てられている。フェイスブックやインスタグラムのようなプラットフォーマーは、「私たちが自然に抱く他人への興味や、年齢に関係なくコミュニティを求める気持ち」につけ込み、「人間のもっとも根源的な欲求を乗っ取って欲求不満にさせ、そこから利益を得ている」。そのようなアテンション・エコノミーに対抗するには、「ドロップアウト」するしかないのだ。

 だがこれは、よくある「デジタルデトックス」ではないのか。

 スタートアップ企業の重役として週70時間働いていた23歳のレヴィ・フェニックスは、2008年、ストレスが原因の症状で入院を余儀なくされたことをきっかけにガールフレンド(のちの妻)とともにカンボジアを訪れ、マインドフルネス(瞑想)を体験した。アメリカに戻った2人は、カリフォルニアで大人向けのデジタルデトックス・サマーキャンプ〈キャンプ・グラウンデッド〉を起ち上げた。そこでは「デジタルテクノロジー禁止」「人脈づくりをしない」などのルールのもと、参加者たちは入念に準備された50あまりのアナログな活動に従事する。

 ここからわかるように、デジタルデトックスの参加者が求めているのは「ドロップアウト」ではなく、日頃のストレスからつかの間解放され、より「生産性」を高めてストレスフルな日常に戻っていくことだ。

 自然との共生や貨幣経済の拒絶(物々交換の「ギフト・エコノミー」)を掲げて始まった〈バーニングマン〉は、年々大規模になり、いまや「リバタリアニズムを信奉するテクノロジー業界のエリート連中を引き寄せるイベント」になっている。その象徴が、2015年にマーク・ザッカーバーグがヘリコプターで〈バーニングマン〉会場に降り立ち、グリルチーズサンドウィッチをふるまった出来事だとされる。

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