「妻が風呂に有毒ガスを…」殺しあう寸前までいった夫婦の悲劇
【ぼくたちの離婚 Vol.16 因果応報なき世界 #1】

 平日の昼下がり、指定の喫茶店に現れた筒本望さん(仮名/43歳)は長髪に革ジャン・Tシャツだった。近くにある映像関係の会社に勤めているという。彼は10年も前に離婚した元妻・亜子さん(仮名/現在40歳、離婚当時30歳)との結婚生活を、まるで昨日のことのように話しだした。

◆頼ってくる「妹キャラ」

 出会いは13年前、筒本さんが30歳、亜子さんが27歳の時。筒本さんは当時フリーランスの映像ディレクターだった。

「亜子は大学卒業後にいったん一般企業に就職しましたが、どうしてもテレビ業界に関わりたくて会社を辞め、映像制作の専門学校に通っていました。僕はその学校の講師と知り合いだった関係で、学生たちの集まる飲み会に呼ばれ、亜子と知り合ったんです」

 知り合った当初、筒本さんは亜子さんを恋愛対象としては見ていなかった。しかし亜子さんは筒本さんとの距離を積極的に詰めていく。

「演出論、技術論、機材のうんちく、業界話なんかを、キラキラした目で質問してくるんですよね。答えると、『え、そうなんですかぁ〜』って、妹みたいに甘えてくる。付き合う気は全然なかったけど、そういうふうに頼られれば、正直嫌な気持ちはしなかったです」

◆自己肯定感を回復させてくれた

 次第に男女の仲になっていくふたり。迫ってくる亜子さんを筒本さんが拒絶しなかったのには、理由がある。

「亜子と出会う前に、歳上ですごい美人の脚本家と付き合っていました。知り合ってすぐ趣味が合うとわかり、意気投合して男女の関係になったんですが、4ヶ月くらい経った頃にしれっと『私もいい年だから婚活しなきゃ』と言われて、一方的に別れを告げられたんです」

 彼女はあっさりキャリアを捨て、後に郷里の実業家とお見合い結婚したそうだ。

「僕は結婚相手の候補どころか、彼氏ですらなかった。彼女にとって僕との日々は単なる暇つぶし、次への“つなぎ”だったんです。当時の僕はフリーランスとしてかなり稼いでいたんですが、一気に鼻っ柱がへし折られましたね。自己肯定感がどん底まで落ちました」

 その下がりきった自己肯定感を回復させてくれたのが、亜子さんだったのだ。

「打ちひしがれて、ぽっかり空いていた僕の心の穴を、亜子が埋めてくれました。まだ俺も捨てたもんじゃないな、って思わせてくれたんです」

◆「あの女はやめとけ」

 亜子さんは筒本さんのマンションに入り浸るようになった。風呂の排水溝を丁寧に掃除したり、甲斐甲斐しく凝った料理を作ったり。その頃の亜子さんの写真を見せてもらうと、髪型はショートカットだが、顔の印象はPerfumeのかしゆかに似ている。かなり小柄でスレンダー。「自分を頼ってくれる、妹気質でかわいらしい押しかけ女房」といった印象だ。ファッションもどんどん筒本さんのテイストに寄せてきた。それがまたかわいいと感じたそうだ。

「気持ちのアップダウンが多少激しい子でしたが、当時は僕を口撃したり、ヒステリーを起こしたり、不機嫌をぶつけてきたりするような人ではなかったんです」

 ただ、少しだけ引っかかることがあった。亜子さんは交際中からパニック障害を患っていたのだ。

 パニック障害とは、唐突に強い不安が襲って動悸や発汗が起こる「パニック発作」、パニック発作が起こるかもしれないと恐れる「予期不安」、発作が起きそうな状況や場所をあらかじめ避けようとする「回避行動」などで構成される症状群のこと。うつ病をはじめとしたさまざまな精神疾患の入り口ともなりうる。

「でも、それで僕が困ることはありませんでした。たまに不安になるとか、特定の状況で『ちょ、ちょっと待って……』と言われる瞬間はありましたが、落ち着いて対処すれば問題なかったんです。……結婚する前までは」