-この人だけを一生愛し続ける-

そう心に誓った日はもう遠い昔…。

結婚生活が長くなれば、誰にだって“浮つく瞬間”が訪れるもの。美男美女が行き交う東京で暮らすハイスペ男女なら尚更だ。

では、東京の夫/妻たちは一体どうやってその浮気心を解消し、家庭円満をキープしているのか。

これは、既婚男女のリアルを紡いだオムニバス・ストーリー。




第7話:「レスでも愛があるから大丈夫」と語る危機感のない夫・正樹の、大いなる勘違い


「…それで、奥さんとはうまくいってるの?」

仕事帰りに待ち合わせた『高太郎』。お互いの近況をひとしきり話した後で、東莉子(あずま・りこ)がさりげなく僕に尋ねた。

「ああ、特に変わりはないよ。相変わらず“レス”ではあるけど」

なんでもないことのように答える。夫婦生活の実態をあっさり暴露したのは、莉子が僕の元カノで気兼ねなく話せる関係だから。もちろん彼女と恋人同士だったのは妻の美沙と出会うずっと前、学生時代の話だが。

元カノは、別れたあと一切連絡を取らなくなる女と、いつまでも友達でい続けられる女に分かれる。莉子は後者だ。頻繁に会ったりはしないものの、今でも節目節目で食事に行ったりする。

今夜は、4年ぶりにベトナム駐在から戻ったことを連絡したら、久々に会おうという話になったのだ。

「それさぁ、うまくいってるって言えるの?」

莉子が呆れ顔で僕を覗き込む。

「そりゃ、正樹はいいかもしれないけど…どうせ他で満たしてるんだろうし。でも奥さんは絶対、不満に思ってるわよ」

“他で満たしている”発言についてはスルーしつつ、僕は自信を持って反論した。

「レスでもスキンシップはあるし、仲良しだから大丈夫。美沙はもともと淡白だし。それに俺、美沙のこと誰より好きだもん。それは美沙もわかってるはずだから」

僕の言葉に莉子は「わかってないなぁ」という表情を向けたが、僕は気づかぬふりで日本酒を注ぐ。

まったく。わかってないのは、莉子のほうだ。


「レスでも愛があれば大丈夫」と言い張る正樹。まったく危機感のない言い分とは


「レス=愛がなくなった」などと考えるのは間違っている


僕が結婚以来、妻以外の女性と関係を持ったことがないか…?

それについて、否定することはできない。ただし誓って言えるのは、妻の美沙以外に心が動いたことなどない。

そもそも世の中の既婚女性に声を大にして言いたいのだが「レス=愛がなくなった」などと考えるのは、はっきり言って間違っている。

よく考えてみて欲しい。

男なんていうのは、愛などなくても女を抱ける。心と身体に繋がりがないとは言わないが、たやすく分断できてしまうものなのだ。

男は“新しい女”に性的魅力を感じてしまうもの。どんなに妻が美しくても色気があっても、“新規の女”の誘惑に打ち勝つのはとても難しい。

しかしそれは“新しい女”だから魅力的に映るのであって、その相手が他の誰であろうと同じ。言ってしまえば相手がA子でもB子でも大差ないのだ。

だが妻は違う。僕にとって美沙は唯一無二の存在だ。

家庭に刺激を求める男などいない。安心感があるからこそ愛を育むことができる。時が経つほどに新鮮味には欠けても、むしろ愛情は日々増している。

確かに莉子の言うとおり、“レス”であることを美沙が多少なりとも気にしている可能性はある。

しかし彼女が僕に不満を漏らしたことはないし、僕の前でいつも幸せそうに微笑んでくれているのだ。

僕たちはうまくいっている。そのことに関して、僕には自信があった。


元カノの忠告


「正樹の奥さん…美沙さんだっけ。結婚式でお会いしただけだけど、儚げで男好きしそうなタイプだよね」

何やら莉子は、まだ僕たちの関係に口を出したいらしい。

彼女は昨年、2歳年上でMRをしている男と結婚している。僕もわざわざ休みをとってベトナムから帰国し、アンダーズ東京で執り行われた式にも出席した。

思い返せば、莉子と会うのはその時以来だ。

まだ1年も経っていない新婚のはずだが、それにしては落ち着いているというか…幸せいっぱいという感じを受けない。

-莉子って、ちょっと屈折してる所あるからなぁ。

僕が彼女をそんな風に観察していると、莉子がこちらに意地悪な目を向けた。

「案外、彼女の方も外で上手に発散してるかも」

莉子のお節介な推測を「ないない」と僕は即座に否定する。

「美沙に限ってそれはないよ。あいつ、今時珍しいくらい男関係しっかりしてるから。浮気とかできるタイプじゃない」

「ふーん」と意味深に呟く莉子はまだ何か言いたそうだったが、僕はすっと視線を外しそれ以上は聞かないという態度をとった。

しかし、さすがは元カノだ。そんな僕にでも、莉子は「これだけは」と言わんばかりに忠告をするのだった。

「正樹は“レス”でも愛を維持できるのかもしれないけど、女は違うよ。女は“レス”だと、どんどん愛情を失っていくの」


元カノから忠告を受け、ようやく焦りを感じた正樹。妻の様子がいつもと違って見えてくる


普段より色っぽい妻


元カノ・莉子と食事をした翌日のこと。

今日は接待も急ぎの仕事もなく、落ち着いている。誰かを誘って飲みに行ってもいいが、久々に直帰しようと考えた。

-女は“レス”だと、どんどん愛情を失っていくの-

莉子に言われた言葉をふいに思い出す。

あいつに僕たち夫婦の何がわかるんだと思う一方で、真理を突いている気がしてしまう。

というのも莉子はとあるWEBメディアで恋愛コラムを書いており、男女の機微に関して妙に秀でた洞察力を発揮するのだ。




「ただいま」

代々木上原の自宅に戻ると、妻の美沙がキッチンで料理をしていた。

牛ごぼう炒めだろうか。食欲をそそる香りがする。“今日は早く帰るよ”とLINEをしておいたから、僕の好物を作ってくれているのだ。

「おかえり。あともう少しで出来上がるから」

エプロン姿でこちらに笑顔を向ける妻。その表情に、僕はふいにドキッとさせられた。

何と言えばいいのか言葉にするのは難しいが、妻の目が、唇が、妙に色っぽく映った。

僕はおもむろに美沙に近づくと、後ろから彼女を抱きしめる。首筋から立ち上がる妻の匂いが僕の中の衝動を突き動かす。

腕に力をこめ、強引に料理を中断させる。すると彼女の方から唇を近づけてきた。とろん、とした女の目で僕を見つめる妻が、たまらなく愛しい。

…美沙とこんなキスをするのは何年ぶりだろう。

毎日一緒にいる妻に、またこんな風に新鮮さを感じる日が来るとは思わなかった。

「ねぇ…ここから先はベッドで」

そう言って手を取る妻に、僕はゆっくり頷く。そしてそのまま、僕たちはおよそ4年ぶりに抱き合った。

未だかつてないほど積極的に求める美沙を見下ろしながら、僕は心の中で莉子に勝利宣言をする。

-ほら、やっぱり。美沙に限って浮気なんてあり得ないんだよ-

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東莉子は、どうして元彼・正樹の夫婦関係を気にしていたのか?