鉄道会社各社が通期ラッシュ緩和のためのサービスを導入しています(写真はイメージ)


 首都圏の鉄道各社が相次いで通勤客向けの有料座席指定サービスを導入している。改善の兆しが見えない通勤ラッシュを緩和する手段として一部から注目されているが、鉄道会社側にはもっと切実な事情がある。人口減少の本格化という厳しい現実が目前に迫っており、各社は有料サービスの拡充によって収益低下に備えようとしているのだ

 足元では利用客の増加で通勤ラッシュが激化しているが、一方では人口減少の足音が近づく。相反する状況に直面する鉄道会社の現状は、今の日本を象徴しているといってよいだろう。

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510円を払って座って快適に通勤

 西武鉄道は3月のダイヤ改正から、指定料金を払えば座って通勤ができる「S-TRAIN(Sトレイン)」の運行をスタートさせた。平日の運転区間は、西武池袋線・東京メトロ有楽町線の所沢〜豊洲で、座席指定料金は510円。朝は上り1本、夕方以降は上下3本ずつ運転している。

 同社はこのダイヤ改正にあわせて、新型の通勤車両である40000系を導入している(下の写真)。同系は、各車両に両開きのドアを4つ設置した、いわゆる通勤電車型の車両だが、クロスシート(進行方向に向かって座席を配置)とロングシート(窓を背にして座席を配置)を切り替えて使うことができる。

西部鉄道が3月25日から運行を開始した新型通勤車両「40000系」(出所:)


(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49674)

 座席指定のSトレインで運行する際にはクロスシートの状態となり、一般的な通勤電車として使用する場合にはロングシートになる。1編成に1カ所トイレが設置され、内部にはおむつ交換台が装備されているほか、窓側の座席には電源コンセントを装備し、スマホなどの充電に対応している。この装備の電車で座って通勤ができるのなら、510円の指定料金を払ってもよいという通勤客は少なくないだろう。

 西武以外にも、東武鉄道が4月のダイヤ改正から通勤時間帯の着席列車(特急)を新設するほか、京王電鉄も2018年春から座席指定列車の運行を開始する予定となっている。また小田急電鉄も特急列車であるロマンスカーを一部、東京メトロに乗り入れている。

 こうしたサービスが拡大する背景となっているのは、当然のことながら、一向に改善されない通勤ラッシュである。2015年における東京23区の昼間人口は推計で1183万人となっており、夜間の人口とは300万人ほど差がある。

 近年、都心に住む人が増えており、東京の昼夜人口差は縮小傾向にあるが、東京の総人口はほぼ一貫して増加が続いている。鉄道会社の輸送量が飛躍的に向上したわけではないので、朝夕の通勤ラッシュが激しくなっていることは容易に想像できる。

鉄道会社の輸送力増強は限界?

 2017年1月、参議院議員の藤末健三氏が、東急田園都市線で大幅な遅延が発生したことを受け、遅延に応じて料金を割り引く制度を提案したいとツイッターでつぶやいたところ、ちょっとした炎上騒ぎとなった。

 藤末氏は、鉄道会社は事実上の独占企業であり、その地位に甘んじてしまう傾向があるとの前提に立ち、通勤ラッシュの改善にはまだ余地があるという点を指摘したかったようだが、ツイッターでは真意は伝わらず、藤末氏のつぶやきには批判が殺到した。

 藤末氏の見解の是非についてはここでは触れないが、輸送人員が増えたことで、鉄道の輸送量が限界に近づきつつあることは間違いない。東急田園都市線の2015年度における1日あたり平均輸送人員は124万5923人で、前年比3%増となっている。2005年度は112万9378人だったので10年間で1割程度増えている。

 最近では鉄道各社が相互接続を強化しているため、事故の影響が広範囲に及びがちである。藤末氏のつぶやきのきっかけとなった遅延も、最初は乗客同士によるケンカが発端で3分程度の遅れであった。だが、別の駅の混雑などが複合的に絡み合い、最終的には30分の遅延につながっている。

 小田急電鉄が2018年3月から複々線での運行を開始するなど抜本的な対策に乗り出したところもあるが、土地やコストの問題からこうした対策が取れないケースも多く、対症療法的にならざるを得ない面があるのは事実である。

 政府は働き方改革の一貫として、在宅勤務などを推奨しているが、業務フローや責任の範囲が曖昧な日本企業の文化を変えることは容易ではなく、定着するにしてもかなりの時間が必要となる。抜本的な解消方法が見つからない以上、快適に通勤するためには、こうした有料サービスに期待するしかないようである。

近い将来、鉄道会社は乗客確保に苦労するようになる

 だが、こうした通勤ラッシュが今後も半永久的に続くのかというとそうではない。

 日本はこれから人口減少が本格化する見込みとなっており、近い将来、通勤人口も大幅に減少することが予想されている。鉄道会社としては、人口減少時代にどう備えるかで頭を抱えているというのが現実なのだ。

 日本が人口減少問題に直面していることは多くの人が理解している。だが、実際、どの程度のペースで人口が減っているのか具体的にイメージできている人は意外と少ない。

 総務省統計局による概算値では、2016年12月1日時点での日本の総人口は1億2692万人となっており、前年比で約16万人減少した。これは率にすると0.13%減ということになる。人口減少という言葉が一人歩きしているので、急激に人口が減っているとイメージする人もいるが実際はそうでもない。

 2000年の人口は約1億2693万人だったことを考えると、日本の総人口そのものはあまり変化していないのだ。つまりこれまでは「人口減少社会」というよりは「人口横ばい社会」だったということになる。だが、これは人口問題がもたらす影響が軽微であることを意味しているわけではない。総人口が変わらなくても高齢化が進み、若年層人口の比率が減少することで、社会のあちこちに歪みが生じるからである。

 過去15年間で34歳以下の人口は約22%減少したが、一方、60歳以上の人口は43%も増加した。長期にわたって不景気が続いているにもかかわらず、企業では人手不足が深刻な状況だが、その主な理由は、若年層の労働人口が急激に減っているからである。

これまでは人口は横ばいで、高齢化が進むことが大きな問題だったが、とうとうその局面に大きな変化が訪れようとしている。今後は総人口の減少が本格化するからである。

人口減少が本格化するのは実はこれから

 2040年の総人口は1億728万人と現在より15%ほど減少する見込みである。しかし、60歳以上の人口はまだまだ増加が続き、2040年には今より374万人多い4646万人になる。一方で、企業の労働力の中核となっている35歳から59歳までの人口は、現在との比較で何と26%も減少してしまう。

今後20年間で、日本社会は中核となる労働者の人口が激減するのだ。当然のことながら、これは鉄道を利用する通勤客が大幅に減ることを意味している。鉄道会社が有料サービスを拡充しているのは、利用客減少時代を見据えた収益確保への取り組みなのである。

 現在の日本は、多くの問題が複合的に絡み合った状態にあり、顕在化した社会問題と、背景にある構造的な変化に食い違いが生じがちである。通勤ラッシュの深刻化で多くの社会問題が発生しているように見えて、実は人口減少の波が押し寄せてくる。

 最近何かと話題になっているヤマト運輸の値上げも同じである。一見すると、アマゾンに代表される便利なサービスを利用者が求め過ぎた結果であるとの結論に陥りがちだが、現実はもっと複雑だ。慢性的な人手不足から、ヤマト側がギリギリのオペレーションをしていた可能性も指摘されており、もしそうだとすると、これは運送業界だけの問題ではない。

 さらにいえば、足元では配送要員の過重労働問題が表面化する一方、AI(人工知能)技術の発達という別の動きも進んでいる。AIの技術をフル活用すれば、運送業務の多くを無人化することも不可能ではなく、数年後には過重労働どころか大量失業の問題が持ち上がっている可能性すらある。

 これからの時代を生き抜くためには、表面的に見えている問題と、背後で動く構造的な変化の両方に目を配る必要がある。これまで以上に複眼的な思考が求められるだろう。

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筆者:加谷 珪一