目に映る一瞬を捉え、新たな技法でカンヴァスに光を表現した「印象派」とは【3か月でマスターする 西洋美術】

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新しく始める趣味として、また大人の学びなおしに人気の「美術」。しかし、「美術展に行っても鑑賞方法がよくわからない」「作品の時代背景や歴史が複雑そう」と、さまざまな思いから二の足を踏む方も多いのではないでしょうか。

そんな難しそうに思える美術、なかでも「西洋美術」を楽しむヒントが満載のテキストが『NHK 3か月でマスターする 西洋美術 6月号』です。

今回は本誌より、「第9回 パリの喧騒を描く 印象派Ⅱ」(講師:田中久美子・文星芸術大学学長)の一部をご紹介します。目の前の「瞬間」を切り取った印象派の画家たち。しかし、制作スタイルや考え方はそれぞれに異なり、グループとして一枚岩ではありませんでした。モネの「革命」に続いた画家たちの作品をじっくりと味わってみましょう。

※本記事はデジタルマガジン用に編集しています。

印象派の画家それぞれの個性と思惑

わずか12年で幕を閉じた印象派展

 第8回(5月号)では、印象派の先駆けといわれるマネと、印象派を代表するモネを取り上げました。今回は、モネ以外の主だった印象派の画家たち──ルノワール、ドガ、シスレー、ピサロ、カイユボット、そしてモリゾやカサットといった女性画家たちの作品を紹介しましょう。

 印象派の画家たちは交流が多く、共通点も少なくありません。たとえば、モネ、ルノワール、シスレーは若い頃に画塾で知り合った同志で、彼らは連れ立って戸外制作に出かけています。モネとルノワールに関しては、裕福なブルジョワ家庭に育った画家が多い印象派のなかで、絵が売れるまで経済的に苦労が多かったという境遇も似ています。

 印象派は美術界に大きな衝撃を与えましたが、“黄金期”はそう長く続きませんでした。1874年に始まった印象派展は計8回開かれましたが、第1回から連続で参加したのはルノワールが第3回まで、モネも第4回までです。第7回展には2人揃そろって参加していますが、この時はそれまで皆勤賞だったドガが不参加。ドガが復帰した86年の第8回展にモネとルノワールの姿はなく、これが最後の印象派展となりました。

 第1回展からわずか12年で、画家たちはそれぞれ別の道を歩むことになったのです。

絵を売りたい画家、反サロンを掲げる画家

 印象派展に参加していた画家たちは、そもそも一枚岩ではありませんでした。戸外で自然の光を描いた画家もいれば、パリの風俗を主題にアトリエで作品を仕上げる画家もいました。また、筆触分割*の色彩を重視した人たちもいれば、形をしっかり捉えるためにデッサンを重視した人たちもいました。印象派展で思うように絵が売れなかったことも、グループ内に不和を生む要因になったといわれます。

 絵を売りたいルノワールはサロン(官展)に出品して成功を勝ち取っていきますが、ドガは印象派展参加者に対してサロンへの応募禁止を要求するなど、「反サロン」にこだわり続けました。その間に国はサロンを民営化し、誰でも参加できる無審査展も誕生。印象派を支えてきた画商ポール・デュラン=リュエルが、オリジナルメンバーの個展を開くようになると、もはや画家たち自身がグループ展を開く必要性は薄らいでいきました。印象派展がわずか12年で幕を閉じたのは、そうした理由によるものです。

 最後の印象派展が開かれた1886年、リュエルは大西洋の向こうアメリカで大規模な印象派展を開催します。大好評を博したこの展覧会が、現在に続く印象派人気の序章となりました。

*筆触分割……絵具は混ぜると明度が下がって黒に近づく。そのため、なるべく絵具を混ぜず、筆で細かい点を並べて画面の明るさを保つ技法。

モネ以外の主だった印象派の画家たち

めくるめく光のなかで輝く人々
ルノワール 
~「幸せの肖像」を描く画家

 ルノワールの眼差しの先にあったのは、生きる喜びにあふれた人々の姿。代表作《ムーラン・ド・ラ・ガレット》は、陽光を浴びてきらめく人々の幸福な一瞬を見事に捉えており、喜びあふれる表情が生み出す温かみが作品全体を包んでいる。絵は好ましく、楽しく、きれいなものでなくてはならない──それこそがルノワールの信条だった。

ルノワール《ムーラン・ド・ラ・ガレット》 1876年、131×175cm、カンヴァスに油彩、オルセー美術館(パリ)

4500点以上を数えるルノワール作品のなかでも、印象派の特徴や美点をすべて備えているとされる大作。ドレスやジャケットに映る色とりどりの木漏れ日が、ダンスホールに響く音楽にあわせて踊っているかのよう。

印象派と呼ばれるのを嫌った異才
ドガ 
~「一瞬の動き」を捉える

 マネとの出会いをきっかけに生まれたのが、ドガの代名詞ともいえる「踊り子」シリーズ。モネやルノワールが自然のなかの“一瞬の光”を描いたのに対し、ドガが表現したのは屋内灯のなかの“一瞬の動き”だった。大量のスケッチをもとに、アトリエに戻って作品を構築したドガは、制作スタイルにおいても印象派の主流とは異なった。

ドガ《エトワール》 1876~77年、58.4×42cm、モノタイプ(版画技法の一種)にパステル、オルセー美術館(パリ)

舞台や背景の表現には印象派らしさが感じられるが、主役となる踊り子の動きを的確に描いている。舞台袖にみえる黒服の男性はパトロンで、19世紀パリのバレエ界を取り巻く社会構造を象徴している。

まばゆい一瞬を永遠に 
【風景画の名手たち】シスレー/ピサロ
~画風も主題も十人十色

 風景画の名手の一人・ピサロ。ピサロはパリの画塾で10歳下のモネと出会い、印象派の若手画家と一緒になって戸外制作に取り組んだ。印象派の最年長で人望も厚く、いうなればグループのまとめ役だった。

ピサロ

ピサロ《白い霜》1873年、65.5×93.2cm、カンヴァスに油彩、オルセー美術館(パリ)

冬の朝、朝陽をうけて霜がキラキラと輝いている。霜解け寸前の情景を描いた本作は第1回印象派展に出品されたが、「絵具のカスを塗りつけただけ」と酷評する人も。大地に対角線上に伸びる平行線は、画面の外にあるポプラ並木の影。

“何気ない日常”がきらめく瞬間
【印象派の女性画家たち】モリゾ/カサット/ゴンザレス
~女性画家はなぜ少ない?

 画家の家に生まれた女性以外がプロの画家として活躍するようになったのは、実は印象派の時代になってから。ただし、パリの国立美術学校は女性の入学を認めなかったため、画家になることができたのは、私塾に通ったり著名な画家の個人指導を受けたりすることができたブルジョワ階級に生まれ、かつ親の理解を得ることができた女性に限られた。

カサット

カサット《青い肘掛け椅子に座る少女》 1878年、89.5×129.8cm、カンヴァスに油彩、 ナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)

少女は疲れたのか飽きたのか、身体を椅子の上に投げ出している。カサットは、子どもの何気ない表情や仕草を写し取るのが抜群にうまい画家。

新印象派

世界は「点」でできている!?
スーラ 
~点描画のパイオニア

 モネやルノワールの筆触分割のように、動きのあるタッチで純色を“塗る”のではなく、細かい点を規則正しく“並べる”ことで、より鮮やかに光の色を表現した。スーラは屋外で多くのデッサンを描き、それらを組み合わせながらアトリエで大作を仕上げた。スーラのスタイルは、印象派をさらに発展させたことから「新印象派」と呼ばれる。

スーラ《グランド・ジャット島の日曜日の午後》 1884~86年、207.5×308.1cm、カンヴァスに油彩、シカゴ美術館(シカゴ)

完成までに2年を要したスーラの最高傑作。なんと絵を縁取る枠も点描で描く徹底ぶり! 労働者風の男性から中流階級の親子やカップル、高級娼婦と思しき女性まで、さまざまな階級の人々が登場するこの絵は、まさに19世紀当時のパリ社会の縮図といえる。

パリの退廃を活写した奇才
ロートレック
~「都市の夜」を描く

 モネやルノワールの光の表現を発展的に継承したのがスーラなら、踊り子たちを描いたドガに私淑(ししゅく)し、都会の夜を描き続けたのがロートレック。南仏の伯爵家に生まれたロートレックは、事故がもとで腰から下が発達不全となる障害を抱えた。絵を学ぶために17歳でパリに出て、アカデミックな画家の私塾に通うが、彼をとりこにしたのはパリ随一の歓楽街モンマルトルだった。ドガと同じく、ロートレックもデッサンの達人として知られ、対象を少ない線で巧みに捉えている。

ロートレック 《ムーラン・ルージュにて》 1892~95年、123×141cm、 カンヴァスに油彩、シカゴ美術館(シカゴ)

キャバレー「ムーラン・ルージュ」の常連だったロートレックは、ここを舞台に油彩で30点以上を描いた。女性の顔を大胆に見切った構図にはドガの影響がうかがえる。

『NHK 3か月でマスターする 西洋美術』シリーズは、古代ギリシャを出発点に、ルネサンス、バロック・ロココ、写実主義から印象派、現代美術まで、約4000年に及ぶ西洋美術の作品を豊富な写真と図解でわかりやすく紹介していきます。

<4月号>
第1回 人間美を追求 ギリシャ・ローマ
第2回 祈りを描いた千年 中世
第3回 三巨匠の競演 ルネサンス
第4回 細かすぎる描写 アルプス以北のルネサンス

<5月号>
第5回 ドラマチックに心をつかめ! バロック・ロココ
第6回 理性か 情熱か 新古典vsロマン
第7回 名もなき人へのまなざし 写実主義
第8回 マネとモネ 2人の挑戦 印象派Ⅰ

<6月号>
第9回 パリの喧騒を描く 印象派Ⅱ
第10回 “見たまま”を超えろ! ポスト印象派
第11回 魂の告白 世紀末美術
第12回 そして扉は開かれた 現代美術

講師:田中久美子(たなか・くみこ)

文星芸術大学学長。専門はフランス中世・近世美術史。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業、オレゴン州立大学美術史学科修士課程修了、東京藝術大学大学院美術研究科芸術学専攻修士課程修了、同・博士課程後期を単位取得満期退学。著書に『フォンテーヌブローの饗宴』(ありな書房)、『世界でもっとも美しい装飾写本』(エムディエヌコーポレーション)、『レオナルド・ダ・ヴィンチの世界』(共著、東京堂出版)など。『名画の読解力』(エムディエヌコーポレーション)、『#名画で学ぶ主婦業』(宝島社)などの監修も務める。

■『NHK 3か月でマスターする 西洋美術 6月号』
■講師 田中久美子
■イラスト 雉○/Kiji-Maru
■トップ画像 ミレイ《オフィーリア》1851~52年、76.2×111.8cm、カンヴァスに油彩、テート美術館(ロンドン)