平成男子のバイブル『BOYS BE…』著者インタビュー SNSでは悪評だらけ「漫画の専門学校」に行くメリット「私は一度も授業を休まず“代アニ”に通い続けました」
漫画の専門学校に行く意味はあるのか――そんな議論が、SNS上で盛んに行われている。学費が高い、辞める人が多いなど、何かとデメリットばかりが列挙されがちな漫画の専門学校であるが、実際に行った人はどのように感じているのだろうか。「専門学校で得た学びが多い」と話すのは、『BOYS BE…』などの代表作をもつ、恋愛漫画の大御所・玉越博幸氏である。【取材・文=山内貴範】(全2回のうち第1回)
【写真】漫画家・玉越博幸さんが「セーラー服姿の少女」のイラストを完成させるまで
「1年だけ行かせてほしい」
――玉越先生は、Xで漫画の専門学校のメリットを主張していますが、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。

玉越:大きなメリットは2つあります。漫画家を目指す友達ができること、そして、漫画を描く時間を作れるということです。僕は代々木アニメーション学院の大阪校の出身ですが、いまだに当時の友達とは交流があります。東京に彼らが遊びに来たりするし、こっちも向こうに遊びに行ったりもします。漫画を通じた友情が今も生きています。
彼らの中には、現在も漫画家のアシスタントをしている人もいます。さる有名な漫画家さんのアシスタントとして“永久就職”している人もいますね。
――そもそも、代アニに入学した理由はなんだったのでしょうか。
玉越:代アニを目指したのは当時、年間50万円ほどでもっとも学費が安く、なんとか親にお願いして出してもらえる金額だったためです。この頃、代アニの漫画学科は1年制で、「1年だけ行かせてほしい」と親に懇願して、学費を工面してもらったのです。
僕は高校時代から漫画を描いて、雑誌に投稿していました。それでもうまくいかず、この1年に懸けよう、この1年の間にデビューしようと心に決めて入学した感じですね。
――結果はどうでしたか。
玉越:残念ながら、1年ではデビューできませんでした。ただ、その後1年間、アルバイトをしながら漫画を描いて、20歳でデビューしました。
相撲部屋に入るか、家業を継ぐか
――漫画家になるために、自身を奮い立たせようと専門学校に入学したわけですね。
玉越:そうですね。高校時代、おやじから「このまま仕事(就職)しなかったら、お前を相撲部屋に入れるからな」と言われたのですが、それが凄く怖かったんですよ。相撲部屋か、もしくは家業を継ぐか、その2択を迫られました。両方とも嫌だったので、絶対に漫画家になりたいと思っていましたね。
――ちなみに、実家はどんな仕事を?
玉越:葬儀屋の下請けで、葬儀会場などで使うテントをリースする仕事でした。おやじは会場でテントを組み立てるのですが、毎回同じことの繰り返し。子供心に、この仕事は嫌だなと思っていました。
ところが、これは余談なのですが、漫画家になってから「自分も同じような“顔”を毎日紙に描いている」と気づいたんですね。同じ仕事を黙々と繰り返す、これがプロなのだなと。おやじのやっていた仕事の凄さを、漫画家になってから実感しました。
――専門学校ではどのように過ごしていたのでしょうか。
玉越:僕は在学中には授業を一度も休まず、毎日欠かさず通って、提出する漫画の課題もちゃんと出していました。学校にはプロの先生が来てくれて、アイデアの考え方とか、引き出し方を教えていただきました。僕のことをかわいがってくれる先生もいましたね。
ただ、たまに出版社の編集者が学校を訪れて生徒の原稿に目を通すことがあるんですが、僕には声がかからなかったんですよ。あと、代アニでは同人誌を生徒に制作させて、そこから優れた作品を集めた合本を年に1回出すんです。それに選ばれなかったのも残念でしたね。
ポケモンみたいな恐竜が出てきて、見つけた女の子が男の子と右往左往する「ぱくぱくん」という漫画で、結構面白い内容だと思うんですけれどね。
第2回【名作ラブコメディ『BOYS BE…』の玉越博幸さんが説く“漫画家になる方法”…資質のある人が「専門学校に入る前にしていること」とは】では、漫画家の玉越博幸さんに、漫画の専門学校の様子や、漫画家になれる人の特徴などについてより詳しく伺いました。
ライター・山内貴範
デイリー新潮編集部
