(『風、薫る』/(c)NHK)

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女性の人生すごろくのあがりは「奥さま」だけじゃない――。誰かの妻として生きるという「当たり前の道」を外れた女性2人が明治の日本で看護の道を切り拓く。連続テレビ小説『風、薫る』(総合、毎週月曜〜土曜午前8時ほか)は、看護師という職業の確立に貢献した大関和と鈴木雅をモチーフにしたバディドラマ。見上愛さん演じる一ノ瀬りんと、上坂樹里さん演じる大家直美の2人が、看護婦養成所で共に学び、患者や医師との向き合い方に悩み、ぶつかり合いながら成長する物語。原案は、田中ひかるさんの『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社刊)。大山捨松に導かれたりんと直美。4月27日放送の第5週から、2人は看護婦養成所で学び始める。制作統括の松園武大さんに作品に込めた思いを聞いた。(取材・文:婦人公論.jp編集部 油原聡子)

【写真】りんと直美と共に学ぶ一期生のメンバーは…

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コロナ禍を経た後だからこそ響く

『風、薫る』制作のきっかけは、2020年代前半に世界を襲ったコロナ禍だ。当時、松園さんは、連続テレビ小説『エール』を担当。撮影と放送を一時中断せざるを得なかった。

「感染症が猛威をふるったあの時期を経た2026年だからこそ響く、看護の黎明期を生きた2人の物語を描きたいと思いました。明治は『疫病の時代』とも呼ばれるほど度々伝染病が流行しました。当時の資料には、感染者数などの統計が残っていますが、コロナ禍を経験した私たちは、感染者数という数字の先、何が起こったのか思いをはせることができると思うんです」と話す。

りんのモチーフは、大関和さん、直美のモチーフは鈴木雅さんだ。大関さんと鈴木さんは残された資料が少なく、お互いについて一切言及していない。だが、「大関さんと鈴木さんは同時期に同じ養成所で学び、同じ大学病院で働いています。女性が新しく何かを始めることは今とは比べ物にならないくらい難しい時代。仲間の存在は大きいはず。資料を調べ、田中ひかるさんの原案を読むうちに、主人公とその友人ではなく、2人が手を携えるバディドラマがいいと思いました」

連続テレビ小説では子役を使い、人生の原点となるエピソードを描くことが多いが、第1週スタート時点で、りんと直美は17歳。「りんと直美に早く出会ってほしかったので子ども時代は描きませんでした。お互いの存在があるからこそ、看護の道を歩む選択をするんです」と説明する。

王道の道を外れても

劇中では、明治を生きる女性の選択肢の少なさが強調されてきた。誰かの妻になるのが当たり前の時代。父を亡くして経済的に困窮したりんは、家族のために18歳上の商人、奥田亀吉(三浦貴大)の後妻になる。

しかし、夫婦仲はうまくいかず、酒に酔った亀吉が暴れたことをきっかけに屋敷が火事になり、その隙にりんは環を連れて東京に逃げた。

一方、教会に捨てられていた直美は、孤児という境遇のために、まともな仕事に就けず、結婚もできそうもなかった。そんな2人が捨松の提案で歩むことになったのが看護の道だ。

「当時の女性の王道となる生き方から外れてしまったりんと直美が、看護の道を歩むことを通して、人と人が助け合って生きることを考えてもらう機会になればいいと思っています」

誰かがいてくれることで


(『風、薫る』/(c)NHK)

看護婦養成所に入学したりんと直美。ここから、2人がぶつかり、理解し合い、バディになっていく姿が描かれていく。

「今の時代は、自分ひとりでできることがどんどん増え、他者との交流は年々少なくなっているように感じます。でも、思いがけない不条理なことが起きたときに、自分ひとりでは乗り越えられないかもしれないけれど、手を携えていてくれる誰かがいることで一歩先に進めるかもしれないと思っているんです」と松園さんは語る。

バディドラマにした目的の1つに、「家族」という形を見つめ直したいという松園さんの思いもあった。鈴木さんは、史実では孤児ではなく、士族の娘。幅広く学問を学んだ人物だ。だが、直美は教会の前に捨てられていた子どもに設定を変更した。

「連続テレビ小説の基本はホームドラマですが、家族って何だろうという疑問がありました。血縁関係がないと家族だと言えないのか。家族に恵まれなかった人、家族がいなくなってしまう人もいる。今は、おひとりさまの時代だとも言われていますし、他者と出会って向き合い、共に生きることは簡単ではない。それでも、共に生きる先には何か尊いものがあるはず。直美を通じて、家族とは何かを描きたいと思っています」

考え続けること

劇中では繰り返し、りんが「間違えた」と選択を後悔する場面が登場する。母親がコレラに罹った幼なじみの虎太郎の手を握れなかった時、同じくコレラで命を落とした父親の信右衛門が看病を拒否したことを受け入れてしまった時――。

「医療や看護の世界では、何が正しくて何が間違っているのかを判断するのがすごく難しい局面が多くあると看護師の方々への取材から感じました。問題意識を持つこと、真摯に向き合い続けて考えることが大事だという姿勢で物語を進めていきたい」

看護婦に対する社会のまなざしも現代とは全く違う。当時は看護に関わる人は、お金のために汚い仕事を引き受ける人だと蔑まれていた。りんが正規に訓練されたトレインドナースを目指すことを打ち明けると、母親の美津は「病人の面倒を見る下女になるなど…」と厳しい表情に。りんと直美はこれから、看護婦を厳しく見る世間の目と戦っていくことになる。

「今とは違って江戸時代の身分制度の名残りがあり、貧富の差が激しい時代です。でも、看護を通じて、人と人とに起こる問題や精神性みたいな部分は今に通じると思っています。看護を学び始めた2人がどうやって絆を深めていくのか。あたたかく見守っていただければ」