日本の学校の「みんな一緒」は理不尽? 「根性」重視の「体育会系」ってどんな人?…海外とはだいぶ事情が違う日本の学校文化とは
学校は勉強だけではなく、人間関係や社会のルールを身につける場でもある。
先生にそう言われたことがある人もいるでしょう。でも、海外の学校では全く違うこともあるようです。今週は、日本の学校文化を分析(ぶんせき)した本の著者2人に話を聞きました。(読売中高生新聞編集室・鈴木経史、前田啓介)
日本の「当たり前」が武器になると気づいた、ドキュメンタリー監督の山崎エマさん
「集団」を尊重する仕事ぶりが海外で高評価
山崎さんはイギリス人の父、日本人の母のもと、兵庫で生まれた。大阪の公立小学校から兵庫のインターナショナルスクールを経て、ニューヨーク大学で学んだ。自身の経験を振り返った上で、書名の通り「それでも息子を日本の小学校に通わせたい」と訴(うった)える。
日本の学校は「集団」「みんな一緒」といった価値観を重視し、個人を尊重しないと批判(ひはん)されることがある。山崎さんも小学校で「ひとりだけ腕時計を付けて登校して怒られた」「何度も続けてリーダー役をしていたら、先生から『たまには譲(ゆず)ってくれ』と声を掛けられた」といった経験をした。理不尽(りふじん)に思うこともあったが、様々な環境で教育を受け、仕事をするうち、調和を重んじる精神を育む日本の学校には高い価値があると感じたという。

例えば、中高生時代を過ごしたインターナショナルスクールの運動会では、ほとんど練習もなく、何週間も前から全員で作り上げる日本と比べて物足りなさがあった。アメリカで映像制作の仕事を始めた時には遅刻せず、チームの仲間と協力する振る舞いが評価された。「(日本では)当たり前と思っていたことが武器になると気づいた」
自身の経験から、日本の学校に強い関心を抱くようになった山崎さん。ドキュメンタリー監督として、これまでに、甲子園を目指す高校球児の姿を追った「甲子園:フィールド・オブ・ドリームス」(2019年)や、公立小学校の生活に密着した「小学校 〜それは小さな社会〜」(23年)などを発表し、反響を呼んでいる。
山崎さんは「日本は自己批判が好きな社会だが、外に出たからこそ見えたすごさや強さがある。それを自分なりの視点で伝えたいと思っている」と話した。(新潮新書、990円)
プロフィル
やまざき・えま 1989年、兵庫県生まれ。ニューヨーク大学映画制作学部卒業。「小学校 〜それは小さな社会〜」から生まれた短編「Instruments of a Beating Heart」は、アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にもノミネートされた。現在は3歳の長男を育てている。
日本独自の「体育会系」を掘り下げた、順天堂大学准教授の小野雄大さん
根気は養われるけれど…

よく耳にするけど、どんな人たちを指すのかはっきりしない「体育会系」について掘り下げた一冊だ。
本書では、体育会系を〈主に大学をはじめとした学校の運動部出身者に見られるような行動様式や価値観を特徴とする社会的分類〉と定義する。「厳格(げんかく)な上下関係」「集団規律」「根性」を重視した価値観を持ち、行動するという。海外には体育会系にあたる言葉はなく、日本独自のものと考えられている。
小野さん自身、小学校から大学までオリンピックを目指すような人たちとバドミントンに打ち込んだ体育会系。現在も順天堂大学のバドミントン部で監督を務める。アスリートだった経験が本書の執筆(しっぴつ)や研究にも生きている。
小野さんは子どもの頃から大学卒業まで本気で一つのことに向き合う意義は大きいと指摘(してき)する。「競技では負けることもうまくいかないこともある。それでもやり続けたことは揺(ゆ)るがない力になる」と語る。
そのような評価は社会でも根強く、体育会系は就職に有利との見方もある。だが、小野さんがスポーツ推薦(すいせん)で大学に入った学生を対象に行ったアンケートでは、卒業後、どう生きていけばよいか悩んでいる実態が浮かんだ。大学で接する学生たちからも「勉強する時間はなく、この世界しか知らない」と不安の声を聞くという。
競技をやめてからの人生の方が長いのが現実でもある。スポーツに情熱を注いだ体育会系の人たちが、安心して次の人生に踏み出せるような教育プログラムを大学に整備することも重要とみる。(中公新書、1056円)
プロフィル
おの・ゆうた 1987年、福岡県生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程修了。専門はスポーツ教育学、スポーツ社会学、スポーツ文化論。
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本の値段は税込みです。
