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岡山大学大学院の二見淳一郎教授、宮本愛助教、院生の坂口隆偉さんらの研究グループは、独自に開発したS-カチオン化法で、これまで取り扱いが難しかった天然変性タンパク質を可溶化・精製する技術を確立しました。

【写真を見る】がん・自己免疫疾患のバイオマーカー測定の精度を高める技術への活用に期待 独自開発の「S-カチオン化」技術【岡山大学】

研究の成果は、3月4日付けで学術雑誌「Bioconjugate Chemistry」誌に掲載されました。

S-カチオン化とは

「S-カチオン化」とは、不安定で凝集しやすいタンパク質の硫黄原子(S)をカチオン化(正電荷付与)することで、水溶性を高めて精製しやすくなり、高品質な抗体の作製や診断薬開発を可能にする技術のことです。

がん・自己免疫疾患の領域では、患者ごとに異なる免疫応答を正確に把握する「プロファイリング」や「モニタリング」が求められていて、血液中の自己抗体(抗体は本来は細菌やウイルスなどの異物と結合するが、誤って自分自身のタンパク質を異物と認識して結合する抗体のこと)が重要なバイオマーカー(病気の有無、進行度、治療効果を客観的に評価する指標)として注目されています。

しかし、標的となる自己抗原の多くは「天然変性タンパク質」に分類され、不安定で凝集しやすいため、自己抗体の高精度な測定の障壁となっていました。

この研究では、S-カチオン化法で精製した自己抗原をウサギに投与すると、高品質な抗体が取得できることが確認されました。そして、その抗体で自己抗体の定量測定系の精度を検証すると、誤差20%以下の高い再現性と信頼性が確認され、臨床研究で利用できることが実証できました。

そもそも「がん」とは?

私たちの体内では、がん細胞の「芽」を免疫系が絶えず排除しています。この過程で、がん細胞特有の異常なタンパク質が「がん抗原」として認識され、がんを排除する一連の免疫応答が「がん免疫サイクル」と呼ばれます。【図1】

(※「アポトーシス」とは、多細胞生物の体内で不要になったり異常が生じたりした細胞が、自ら能動的に死に至る「プログラムされた細胞死」のこと)

このサイクルが正常に機能していれば、がんは発症しません。しかし、がんと免疫系の攻防が長期化して免疫細胞が疲弊すると、サイクルが停滞し、排除しきれなかった細胞が臨床的な「がん」へと進行します。

攻防の過程で「自己抗体」が産生される

がんと免疫系の攻防の過程で、体内ではがん抗原に対する「自己抗体」が産生されます。自己抗体は「がんと免疫系の戦いの履歴と戦況」を反映するバイオマーカー(指標)です。がん患者の血中には、多種多様な自己抗体が存在しています。

それらを解析することで、がんの抗原性や免疫応答の活性度が測定でき、免疫治療の効果があるかどうかをモニタリングすることもできます。自己抗体は、微量の血液で検査でき、安定性も高いため、バイオマーカーとして優れた特性を持っています。

しかし、標的となる自己抗原の多くは「不安定で凝集しやすい」という難点があり、患者ごとに異なる複雑な免疫応答を網羅的に評価するうえで大きな壁となっていました。

研究グループは、この課題を解決するため、独自の化学修飾法(S-カチオン化法)を用いて自己抗原を水に溶けやすい状態として精製し、多くの項目の自己抗体を一度に精密測定するMUSCAT assay(Multiple S-cationized antigenbeads array assay)の実用化研究を進めています。

特定の立体構造を持たないタンパク質を化学的に安定な状態へ

自己抗原の多くは単独では特定の立体構造を持たない「天然変性タンパク質」に分類されます。

不安定で凝集しやすいという厄介な性質を持っています。体内で死細胞から漏出した自己抗原が、その不安定さを理由に凝集することで、自己抗体の産生を誘導している可能性もあるといいます。

研究グループは、独自開発の「S-カチオン化法」を用いることで、そうしたタンパク質を化学的に安定な状態で水に溶けやすい状態に精製することができました。

【図2】のように、天然変性タンパク質(自己抗原)をS-カチオン化することで水溶性にします。

水溶性にすることで、測定ビーズ(バイオマーカーを計測するための微細な玉)に均一に固定できるようになります。

いっぽう、水溶性にした天然変性タンパク質を、ウサギに投与し、抗体を取得。その抗体を使ってバリデーション(同じ品質であることを保証)を行うことで、測定ビーズの品質が保証できます。

そうしてつくられたMUSCAT-assayビーズは、優れた測定材料となることがわかりました。

誤差が20%以下

【図3】は、測定したときのばらつきの大きさを示したものです。

「ウェル間差」は、同じプレート内の異なるウェル(穴)間で生じる測定値や反応性のばらつき、「測定日間差」は、同じ測定対象(検体)を、日を改めて測定した際に生じる測定結果のばらつきのことです。

MFI<100の測定値(青)は、100より小さな数値に関する結果なので、ばらつきに幅がありますが、100より大きな数値(赤)については、そのばらつきが20%を下回っていることがわかります。

つまり、測定におけるばらつきの大きさは、20%以下であり、測定の信頼性を保証できる範囲にあるということが明らかになりました。

より効果的な治療をみつけることにつながる

岡山大学の二見教授は「がんに対する免疫の応答は、個人差が非常に大きいため、ある人にとっては有効な治療薬が、別の人にとっては効果がない場合もある。

今回の研究成果が実用化されれば、患者の免疫の状況を精密に調べ、最適な治療法を選択する個別化医療への貢献が期待される。

さらに、治療の前後で免疫サイクルの活性化レベルを調べることで、治療効果の早期予測を可能にする画期的なツールになる。

この技術がいち早く医療現場で活用されるよう、社会実装にむけた研究開発を加速させている」と話しています。