なんと約2.8億円で落札!「炎上」した無残なフェラーリが辿ったヒストリー
【画像】スクラップにしか見えない車に、2.8億円の価値がある !? (写真15点)
同じシャシー番号を持つ車に生まれ変わる可能性を秘めた車両が、8月にRM/サザビーズが主催したオークションで落札された。1954年式フェラーリ 500モンディアル・スパイダー・シリーズI ピニンファリーナである。当該車両は以前、octane.jpでご紹介したように、脱税の常習犯により文字通り「隠されて」きたものだった。ただ、車自体は履歴がハッキリしている。
初代オーナーはミラノを拠点とするスポーツカー・ディーラーで、同地において最も重要なプライベーター・レーシング・チームのひとつであるスクーデリア・グアスタッラを率いるフランコ・コルナッキアだった。
1954年4月のコッパ・デッラ・トスカーナでは、元ファクトリードライバーのフランコ・コルテーゼ(1947年のローマGPでフェラーリ125 Sを駆って初優勝をもたらした、フェラーリ史において重要な人物)とコ・ドライバーのペルッキーニが500モンディアル・スパイダーを操り、総合19位、クラス2位でフィニッシュした。興味深いのは、コルテーゼがファクトリーのビルドシートにオーナーとして記載され、エンジニアリングノートにも何度か名前が登場していることだ。おそらくコルナッキアがコルテーゼのために購入したマシンではないかと推測されている。
同年5月には同ペアでミッレミリアに参戦し、クラス4位、総合14位に入賞。このレースで車両は何らかのダメージを負ったらしく、ボディはカロッツェリア・スカリエッティのものに交換されている。ちなみにシリーズI生産第1号車だけはスカリエッティが手掛け、2号車以降はピニンファリーナがスパイダーボディ(計13台)を手掛けている。ということは当該車両、かなりレアなボディを纏っていたことを意味する。なお、500モンディアルはスパイダー、バルケッタ、クーペ合計29台が生産された。
当該、500モンディアル・スパイダー、1955年にはフランコ・コルナッキアの手元を離れ、しばらくはイタリアにおいて複数のジェントルマン・レーサーによって所有されてきたが1958年にアメリカに輸出された。やがて500モンディアル・スパイダーのシグネチャーだった2リッター直4エンジンはアメ車のV8エンジンに交換され、アマチュアレースに用いられた。なお当時、”V8エンジンへの載せ替え”はメジャーな改造だったそうだ。オリジナルのエンジンの行方が気になるところだが…、当該車両はレースで事故に遭い炎上してしまった。
事故車両のまま複数のオーナーの手元を渡り、最終的にはウォルター・メドリン氏によって45年間、所有(隠し)続けられた。どのタイミングでエンジンが入手されたのか不明だが、当該の500モンディアル・スパイダーには750モンツァ用の3リッター直4エンジン(500モンディアル・スパイダーは2リッター直4)ならびにエンジンとマッチするトランスアクスルが付属している。事故車のまま取引をしたオーナーたちは”いつか直そう”と思ったのか、”価値があがったら直そう”と思ったのか、後者であったならば皆さん先見の明をお持ちだ…
