「出会ったとき、彼は既婚者でした…」わかっていても別れられない女の本音
港区界隈に夜の帷が下りる頃、あちこちで「ポン!」と軽快な音を立ててシャンパンが開く。
そこに突如として現れる美麗な1人の女がいる。
彼女の名は、天堂麗香。人呼んで「ポン女」。
港区とシャンパンをこよなく愛し、この地の治安と経済の発展のために生きる伝説の女だ。
◆これまでのあらすじ
パーティーで知り合った近藤の友人・早坂が仕事で菜々子の勤めるクリニックにやってきた。お互いに面識があることに気づいたが、早坂の口から出てきたのは「近藤の彼女?」という想定外の言葉。「違います」と即座に否定した菜々子だったが…。

Vol.7 愛人の立場
「近藤さんとは、あのパーティーの時に会ったきりです」
菜々子はムッとしながら答えた。
近藤からは、あれから何度もインスタ経由でメッセージをもらっている。内容は、食事やドライブの誘いなのだが、近藤に興味の湧かない菜々子は、多忙を理由に誘いに応じていなかった。
「あれ、あいつの口ぶりだとてっきり…。じゃ、間違いかな?すみません」
早坂は笑いながら菜々子に謝る。そこに、2人のやりとりに気づいた麗香が出てきて、早坂に言った。
「あら、早坂くん、院長は上よ」
「麗香さん、先日の“アマダイパーティー”では、ゆっくりお話できなくてすみません」
2人の様子から前々からの知り合いなのだろう。
「ところで、明日のワイン会は、いらっしゃいますか?」
「ええ、早坂くんも行くの?」
明日の夕方は個人投資家たちが情報交換と称して集まるワイン会があると、菜々子は麗香から聞いていた。
「僕の友人の近藤が主催しているので。ちょっとネタを集めに。そういえば、その近藤が、菜々子さんに興味津々ですよ」
早坂がチラリと菜々子の方を見る。
― 明日のワイン会って近藤さんが主催なんだ、知らなかった!
翌日。
六本木のレストランを貸し切って、その会は開かれていた。
19時頃、菜々子と麗香が会場に着くと、すでに3、40人ほどのゲストがグラスを片手に歓談していた。
「待ってましたよ、お2人とも!」
入り口に菜々子たちの姿を見つけた近藤が、ずいぶん馴れ馴れしく近づいてきた。

「誘ってもなかなか時間が合わないから、今日は会えて嬉しいなぁ」
近藤は菜々子に向かってそう言うと、シャンパングラスを手渡した。
「ありがとうございます…」
戸惑い気味の菜々子を横目に、麗香は早速グラスの泡を一口含み、うっとりとため息をついた。
「甘い匂いと一緒に樽の香りもする。前に飲んだ、アンリ・ジローのロゼがこんな感じ…」
「アタリです。さすがだ」
近藤が笑いながら手をたたいた。
「麗香さん、今日はワイン投資に詳しい方も来てますよ。あとでご紹介します」
― ワインに投資…今日はまったく訳のわからない話ばっかりだなぁ…。
菜々子は作り笑いを浮かべながら傍観するしかない。
一方、近藤は、チラチラと菜々子に視線を送りつつ、「また後で」と断ってから、別のゲストに駆け寄った。
「麗香さん、近藤さんとお知り合いだったんですか?」
「なんとなく顔見知り、くらい?」
菜々子が、気を取り直し、ボーイがトレイに乗せ運んできたピンチョスに手を伸ばそうとした時、いきなり刺々しい会話が耳に入ってきた。
「君と話していても堂々巡りだな。今日は先に帰るよ」
そして、40代半ばほどの男性が、菜々子の隣をすり抜けて出口に向かって早足で歩いていった。

ふと振り向くと、バーガンディー色のドレスを纏った女性が、目に大粒の涙を溜めて男性の行く先をじっと見ている。
「あら?麻美さん。彼、帰っちゃったけどいいの?」
いきなり麗香が女性に声をかけた。
「菜々子、こちら麻美さん。よくこういう場所でお会いするの」
ただならぬ様子に菜々子は会釈だけに留める。
麻美も小さく会釈を返す。そして、すがるように麗香に尋ねた。
「麗香さん…私の何がだめなんでしょうか?」
麻美と先ほどの投資家の恋人と付き合って2年。彼が契約してくれたマンションに住み、昼間は会社員として普通に仕事をしている。
「出会った時、彼は既婚者でした。なので、私と結婚はないっていうのは、わかっているんです」
― 愛人ってことね…。
「でも、付き合って2年にもなるので、割と彼の周りの人にも私の存在って認知されていて、こうやって時々同伴させてもらうんです」
麻美は、公の場で“僕のパートナー”と紹介してもらえるのが嬉しくて、一生懸命投資についても勉強した。
そして、今や自分は投資にまつわる情報収集をしたり、彼の相談を受けたりと、彼にとってもなくてはならない存在になっていたはずだ、と麻美は言う。
「僕が投資で利益を得られるのは麻美がいるからだって、彼よく言ってたんです。
でも最近、でしゃばるな。俺のやることに口を挟むなと。でも、私のアドバイスを聞かなかったばかりに、先日は株で何千万も損害を出したんですよね」
麻美は、少し呆れたように言う。
そのとき、男性スタッフがゲストの合間を縫うようにして、麗香たちにシャンパンを勧めた。
「麗香さん、どうです?2004年のクリュッグ ブリュット ミレジム。うちの親父が買い集めていたものですが」
横から近藤が割って入ってきた。
「え、すごーい!2004年は、価格も高騰してるのよね。菜々子、これ今買うと、1本10万前後はするのよ」
さすが場数を踏んでいるだけあって、麗香はお酒の知識に長けている。
「2020年も当たり年らしいですよ。菜々子さんもシャンパン好きですよね?今度ぜひご一緒したいなぁ」
「ええ…。そうですね」
近藤には当たり障りのない返事をしておく。
「でも、近藤さん。シャンパンやワイン投資って、当たり年だったら年数を置けば確実に上がっていくから、投資としては堅実よね?時間はかかるけど」
珍しく麗香が真面目な話を始めた。
「そうそう。おっしゃる通り!株みたいに暴落とかはまずないしね。買っておいて持っておけばいい」

すると、麗香が、麻美に向かって言った。
「そう。そういうものなのよ、麻美さん。
株や通貨などの投資商品は、適正価格が見極めにくいし、経済の波を受けやすい。あなたが言ってた通り、リスクをいつも孕んでいる」
「どういうことですか?」
麻美は聞き返すと、麗香は周りの様子を気にしながら、それでもキッパリと言い切った。
「麻美さんは妻がいてもいいって割り切って愛人をやってるんでしょう?だったら、愛人らしく大人しくしていた方がいいと思うわ。
自己承認欲求の高い愛人なんてリスク高すぎて、私だったら投資しないかも。ワインみたいにそばに置いておいたら、価値が上がってた、みたいなのが男としては気楽なんじゃない?
決して不倫を肯定しているわけでも、どっちの味方ってわけでもないわ…」
麻美はしゅんとして麗香の話を聞き、しばらくするとその姿は会場から消えていた。
「あら、麻美さん帰っちゃったのね」
麗香が悪びれる風もない様子が菜々子にはおかしかった。麗香はいつの間にやら、投資家たちの輪の中心で何やら盛り上がっている。
― あのコミュ力、さすがだわ…。
菜々子が1人感心していると、背後から声をかけられた。
「近藤と約束したの?」
振り向くと、遅れてやってきたMRの早坂がワイングラスを片手に立っていた。
「いえ…。近藤さんは、私と一緒に飲んでも、話が合わないと思います。私は、ワインも投資も全然わからないし」
「そりゃ、近藤が残念がるな。君のこと気に入ってるみたいだから」
早坂は面白そうに笑っている。
「彼は自分のこと投資家って言ってるけど、六本木界隈にマンションだの不動産だの持ってる大地主の息子なんだ。
麗香さんは近藤の親父と親しいとおもうよ。ちなみに僕は近藤の大学の同級生。彼の背景聞いても、君、あまり興味なさそうだね。
悪いやつじゃないし、大概の女の子は食事くらい行くんじゃない?」
「あまり恋愛とかそういう気分じゃなくて」
「実は、近藤にさ、君が帰らないように、捕まえておいてくれって言われてるんだよね」
早坂はニヤッと笑った。
「こう言っちゃなんですけど、言いそうですね」
菜々子も釣られて笑う。それを見て早坂が言った。
「でも、なんか気が変わった」
「えっ?」
すると早坂は菜々子の耳元で囁いた。

「ここ、抜け出して、ビールでも飲みに行こうよ。俺、この手のスノッブな集まり、苦手なんだ」
菜々子は思わず早坂の目を見る。そして、反射的に答えていた。
「ビールなら、行こっかな」
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▶1話目はこちら:港区でシャンパンが開く場所に、なぜか必ず現れる女。彼女の目的は一体…
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早坂と2人、パーティーを抜け出した菜々子。そこで彼の意外な一面に気づき…

