「バカな上司」をバカにするのは控えるべき理由
■あの稲盛和夫氏も「バカ上司」に苦しめられた
上司に対する不平不満は宮仕えの宿命といっていい。あの稲盛和夫氏も、新卒で入った会社で上司から学歴を理由に差別されたり、手柄を横取りされたりしたのが相当悔しかったらしく、怒りを綴った父親宛ての手紙が残っている。彼が実際にどんな仕打ちを受け、どのように対処したかは拙書『思い邪なし』に詳しく書いたので、興味のある向きはぜひそれを読んで参考にしてほしい。
稲盛氏は結局独立という道を選んだ。その結果、後に平成を代表する名経営者となるのだから、阿呆な上司にはこっちから三行半を突き付けるというのも選択肢のひとつであるのは間違いない。ただし、それが誰にとっても最良かといったら、そんなことはない。
こう考えてはどうだろう。たとえ上司がどうしようもないバカに見えたとしても、「いやいや、もしかしたら自分が気づいていないだけで、本当は優れた能力の持ち主かもしれないぞ」と、1度は自分の目を疑ってみるのである。
私自身も銀行員時代、この人はあまり出来がよくないと見くびっていた上司が、後にたいへんな人間力の持ち主で、多くの人から信頼されていたことを知り、自分の不明を恥じたことがある。
■「バカだからやる気が出ない」と嘆いても仕方ない
そもそも上司となる人は、その能力を会社から評価されているのである。必ずどこか光るところがあるはずで、たとえバカにしか見えなくても、まずは謙虚に観察してみることだ。そして、その上司のよさをひとつでも吸収したほうが、バカだからやる気が出ないとただ嘆いているよりはあなたにとってタメになる。
いくら観察しても、どうしてもいいところが見つからないということもあるかもしれない。そういうときは、「自分はこうはならない、自分が上司になったらこの逆をやろう」という反面教師の役割を担ってもらえばいい。
もしも上司が、仕事はできないが部下の足は引っ張らない人格まろやかな人であったら、徹底的に利用することだ。リスクのある仕事もどんどんお願いしてやらせてもらい、何かあったときは許可を得ていることを盾に、責任をとってもらうのだ。
もちろん偉大な上司であれば、その人のやることを真似すればいい。石川島播磨重工業で薫陶をうけた土光敏夫を生涯の師と仰ぎ続けたのが真藤恒NTT初代社長だ。真藤さんの行動基準は常に土光敏夫であった。
■上司と決別して会社を飛び出したほうがいいケース
最後に、上司と決別して会社を飛び出したほうがいいケースにも言及しておく。業界のこともよくわかっていない天下りの社長が連れてきた部長から、心ない言葉を浴びせられたのが、稲盛さんが会社を去った直接のきっかけである。
理不尽さに耐えるのは忍耐力を養う訓練になるが、人格を否定されたり、これだけは許せないという部分を蔑ろにされたりしたら、辞めるのも致し方ないだろう。悔しさをバネに新たな世界で花開くケースももちろんある。
だが、それには自ら運命を切り開けるだけの実力が必要だ。辞めるにしても、環境さえ変われば状況が好転するわけではない、ということだけは覚えておいてほしい。
▼バカでも優秀でも自分を磨く鑑になる
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北 康利(きた・やすとし)
作家
1960年生まれ。東京大学卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入行。みずほ証券財務開発部長などを経て、2008年独立。『松下幸之助 経営の神様とよばれた男』『思い邪なし』など著書多数。
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(作家 北 康利 構成=山口雅之)