―なんで“にゃんにゃんOL”を選ぶの!?

ハイスペ男子の結婚式で、こう思ったことのある高学歴女子は多いのではないだろうか。

お嬢様女子校から東大に入り、コンサルティング会社でマネージャーになるべく仕事に邁進している大西夏希(28歳)もその一人。

夏希は、“結婚”という壁にぶち当たり、無意味なお食事会を断り港区お爺さんで傷を癒そうとするが、ハイスぺ婚をした留美に「一見、無駄に思えることでも価値があったりする。」と諭される。

会社の研修で武田と再会し、キャリアと家庭の両立に悩んでいると打ち明けられ、ゼミの同窓会では、「弱みを見せられる関係じゃないと、結婚生活を続けるのは大変」というハイスぺ男子の本音を聞き、武田のことを意識しだす。

留美に頼まれた金融セミナーで「傷付かないで恋愛はできない」と力説され、夏希は武田をデートに誘ってみる。

一方で、幼馴染の千春はハイスぺ男子に弄ばれ落ち込んでいた。




マンションの二重エントランスをぬけると、水分を含んで重くなった熱風が体にまとわりついた。

…せっかく綺麗にブローしてきたのに台無しになっちゃうわ。今日は、夜までこの状態をキープしたいのにっ。

そんな女心から、ついタクシーを探してしまう。今日は千春と留美に会ったあと、夜に武田と約束していた。交通量の多い古川橋の交差点まで出ても、暑さのせいか空車が中々見当たらず、つい苛立ってしまった。



『ザ テンダーハウス ダイニング』に着くと、一番奥のテーブルに留美と千春が隣り合わせて座っていた。千春は踏みつけられたタンポポのように項垂れている。

夏希の心には、まだ千春に対し同情と軽蔑の念が入り混じっていたが、あまりの落ち込みように、一気に相手の男に対しての怒りが湧き、自然と慰めの言葉が出てきた。

「ごめんね、千春。私が先に帰っちゃったりしたから…。」

「違うの、私が浅はかだったんだよ…。相手が本気じゃ無いこと位、分かってた。それでも、私は彼に好きになってもらいたかったの。もう、28歳なんだしって自分に言い聞かせて、勇気を出したつもりだった…。」

ミッション系の女子校で育ったこともあり、奥手なことが三人の共通言語となっていただけに、夏希も留美も驚きとショックを受ける。

「二人とも、朋子のこと、覚えてる?」

夏希と留美は顔を見合わせ、無言で頷く。千春はチャイティーをクピクピと飲み、ふうっと溜め息をつき、語り出した―。


千春が一夜の過ちを犯したワケ


純粋すぎる打算がうんだ、一夜の過ち


「朋子とは大学のインカレサークルで知り合ったの。私、温室育ちの世間知らずって言われるのが嫌で、せめて大学では外部の子ともお友達になろうと思って。でも、それがカルチャーショックの連続だったんだよね。

東大の男の子達とよく合コンしてたんだけど…私は門限があるからいつも21時にはお店を出なきゃいけなくて。その度に、場が盛り下がるのが分かって、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

ある時ね、合コンの翌日の授業に朋子が来ないことが多いのに気付いたの。聞いてみたら、“男の子が泊まっていったから”ってシレッと言われて衝撃だったんだよね。

私、朋子の為を思って“もっと自分を大事にした方が良いんじゃない?”って言ったの。

そうしたら “東京に実家があるお嬢様の千春には分からないよ。女子大を卒業して就ける仕事で東京で一生一人暮らししていくのが、どれだけ大変か分かってるの?”って聞かれて。

私が答えられないでいると、“だから学生のうちから婚活しないとっ”って言うの。

それでもやり方ってものが…って言ったんだけど、“千春ってやっぱりお嬢様だよね。自分だけ傷付かずに幸せになれると思ってるんでしょ”って言われて、何も言い返せなかった―。

自分をすり減らして情緒不安定になっている朋子を見てるのが辛かったけど、でも、朋子は四年間で二人東大の彼氏ができたんだよね。

だけど、社会人になって、彼氏に25歳までに結婚したいってほのめかし始めたらフラれちゃったらしくって…。

それから、またお食事会狂いの生活を再開したみたいなんだけど…22時過ぎに“今から西麻布で商社マンと飲むから来れない?”って連絡がしょっちゅう来て。

そんなの無理に決まってるじゃない?

そりゃ、私の仕事は事務職で楽に見えるかもしれないけど、その分、体調を整えて笑顔で休まず会社に行くのが大事だと思っていたから、22時から飲みに行くなんて、例え門限が無くてもできないって思った。

それに、当日の夜中に連絡してくるなんて、遊び相手に思われてるって警戒してたの。まだ25歳にもなってなかったし、本当に世間知らずだったから。

だけど…そんなことを繰り返してた朋子が、慶介さんみたいな素敵な人と結婚したんだよ―。

慶介さんとも、初めは夜遅くに呼び出される関係だったみたいなんだよね。だけど、それも仕事が忙しいんだから仕方が無いって、一息ついた時に会いたいと思ってもらえるのが自分であれば良いって朋子は言ってた。

呼び出されたら直ぐ行けるように、毎晩24時までお化粧を落とさずに待って、会社を午前休することもしょっちゅうだったみたい。

慶介さんと結婚が決まったって報告を受けた時に、そこまでしなきゃ結婚ってできないのかなって思った。

結婚式の時には、いっぱい傷付いてきた朋子を知ってるから“玉の輿に乗ってズルい”なんていう感情は湧かなかったよ。

それで、私、一大決心して一人暮らしを始めて。

この前の一哉さんのこともあったし、今度こそ後悔したくないと思って…。彼に好きになってもらえる可能性を、ゼロにしたく無かった。

こういう結果になる覚悟も、したつもりだったんだよ…。けど、やっぱり割り切れないの。

こっちも本気じゃ無かったしって言い聞かせて自分を守ろうとすると、好きだからそういうことをした自分を正当化することすらできなくなる。

自分の中の感情を全部押し殺さないと、心が張り裂けちゃいそうなんだよ…。」

嗚咽交じりに言い終る。




「千春は何にも悪くないよ…。大丈夫だよ。」

留美はそう言って、千春の背中をさする。

先日の留美の「傷付かずに恋愛はできない」という言葉が蘇る。

夏希の心からは軽蔑の念だけでなく、同情も消えていた。好きな人に好かれたい、その為に勇気を出して傷付いている千春を憐れむのは、失礼だとすら思った。


気を取り直し武田とのディナーに向かうが?




充分、立派だと思いますよ。人の為に何かしら行動できる人は。


「本当に僕で良かったんですか?」

いきなりディナーは重かったのでは…という夏希の心配を、爽やかな武田の声色が取り除いてくれた。

ジャケットこそ着ているものの、相変わらず図書館にいる大学院生といった感じだ。マリがインターンでお世話になったと言っていたから5歳位は上のはずだが、中性的な雰囲気のせいか若々しく見える。

先日、会社のチャリティ・ラッフルで当たった“ダイニング サティフィケート”のチケットを口実にディナーに誘ったら快諾してくれ、『フレンチキッチン』に来ているのだ。

「あ、いえ、この前ご馳走になりましたし…何かお礼をしたかったので。」

気になっていたなんてとても言えず、他人行儀になってしまう。

「それにしても、チャリティ・ラッフルが当たるなんて運が良いんですね。僕なんか、毎年買い続けているけど、一度も当たったこと無いですよ。」

「私も、今回が初めてなんです。本当は、もっとチャリティ活動にも参加したいんですけど、入社してからは正直そういった余力が無くて。罪滅ぼしのつもりでラッフルは沢山買っているんです。」

「充分、立派だと思いますよ。人の為に何かしら行動できる人は。」

何故か言い訳がましくなってしまっていた夏希の心に、武田の言葉が染み渡る。

夏希の母校であるミッション系の女子校では、ボランティア活動が活発であった。母のように専業主婦となった卒業生の中には、ライフワークとして活動している人も多い。

夏希の勤める会社もチャリティ活動が盛んではあるものの、プロジェクトに全力を傾けようと思うと、二の足を踏んでしまう自分がいた。

武田を前にすると、何故かそう言った自分の中の葛藤を話せてしまうから不思議だ。「美人が苦手」という発言から、圧倒的な安心感を得ているからであろうか。

母校のこと、母のこと、後ろめたさを感じるあまり毎年ラッフルを一万円分買っていること…堰を切ったように話す夏希に、武田は驚く事実を伝える。

「そうしたら、大西さんはうちの母と同じ学校出身なんですね。」

共通点が見つかり嬉しい反面、自分の母親に似た価値観だったら…と心配になり、白身魚のポワレを食べる手が止まるのだった。

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傷心の千春を夏希が救う?