ホンダvsホンダの超高速バトル。インディカー今季2勝目はワンツー
2003年から3年間、インディカー・シリーズではホンダ、シボレー、トヨタの自動車メーカー3社がしのぎを削っていた。だが、2社が撤退し、2006年からの6年間はホンダが単独で全チームにエンジンを供給していた。
アメリカ最高峰のオープンホイール・レースにはメーカー間の競争が不可欠だ。インディカー側の働きかけや新しいルールの採用によって2012年にはシボレーが復帰し、以来、シボレーとホンダは熱い一騎打ちを繰り広げてきた。
アメリカ最大の自動車メーカー、ゼネラル・モーターズのブランドであるシボレーは、「インディカーに復帰するからには、プライドにかけても負けるわけにはいかない」と、必勝体制で臨んできた。最強チームであるチーム・ペンスキーをエースとするシボレーは、3シーズン目からは実力、実績ともにペンスキーに肩を並べるチップ・ガナッシ・レーシングも自陣営へと引き入れ、4年連続でメーカー・タイトルを獲得。今季、彼らはその記録を5年連続へと伸ばすこととなる。
一方のホンダは、エンジンの単独供給を行なっていた6年間、「競争相手募集」を訴え続けていた。有力チームを抱え込むことはせず、逆に新興チームや規模の小さいチームに実力をつけさせることを目標に掲げ、彼らに若手ドライバーを起用するようにも働きかけた。選手層、チーム層が厚くなれば、レースのレベルが上がり、誰が勝つかわからない内容でファンを楽しませることに繋がるからだ。
もちろん、ホンダも負けてばかりはいられない。彼らはタイトルこそ手にしていないが、年間チャンピオンと同等以上の価値があると言われる世界最大のレース=インディ500で勝ち星を重ねている。シボレー復帰から今年は5年目になるが、その間ホンダはインディ500で3勝。ワンメイク時代のものも含めると通算11勝を挙げている。意外なことに通算優勝回数でもホンダはシボレーを上回っている。シボレーにも80年代にほぼワンメイクの時代があったが、通算優勝回数は9回だ。
ホンダとシボレーによるメーカー対決は白熱しているが、2015年にインディカー・シリーズがエアロキットを採用すると、シボレーの優位が大きくなった。ダラーラ製シャシーに装着するエアロパーツは、自動車メーカーが開発、供給するルールとなり、より大きなダウンフォースとより小さなドラッグという背反する条件をシボレーがホンダより高い次元で実現してみせたのだ。2015年、シボレーは16戦で10勝をマークした。
2016年に向けては、形勢不利にあったホンダに、シボレーより多くのエリアでの改良が認められた。しかし、シボレーの優位は逆に大きくなった。2016年用エアロは2015年のエアロを正常進化させたものとなっているため、1シーズンを戦ってノウハウを積み上げたシボレー勢は、性能をさらに引き出して戦闘力がアップしたからだ。
今季のホンダはインディ500でようやくシーズン初優勝。超高速オーバルでのレースでシボレーより優位にあるのは、空力効率がよく、低いターボ・ブースト圧のエンジンもパワフルなためだ。8月22日のポコノ・レースウェイでの高速レースも大きなチャンスと見られており、実際、200周のレースで87周の最多リード・ラップを記録したのはホンダ・ユーザーのミカイル・アレシン(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)だった。しかし、アレシンはウィル・パワー(チーム・ペンスキー)に逆転され、ロシア人ドライバーの初勝利も、ホンダのシーズン2勝目も実現しなかった。
今シーズン残る高速オーバルは、テキサス・モーター・スピードウェイでの600kmレースのみ。実はこのレース、シリーズ第9戦として6月に行なわれたものの、71周を終えたところで赤旗中断になり、76日後にレースの続きが行なわれるというユニークな状況にあった。
日を改めての再開となったが、6月のレース中断時点でトップだったジェームズ・ヒンチクリフ(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)は、8月27日もリードを保ち続けた。ところが、最終ラップでグレアム・レイホール(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)が彼に並びかけ、ホンダ勢ドライバー同士による激しいバトルの末に、レイホールがわずか30?40cm差で勝利のチェッカーフラッグを受けた。ホンダにとっての今シーズン2勝目は、インディ500と同様、1−2フィニッシュとなった。
レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングは、元インディカー・チャンピオンで、インディ500での優勝経験も持つボビー・レイホールが率いるチーム。グレアムはボビーの息子である。
1994年にホンダがインディカーへの挑戦を始めた際、その腕と実績を買われてドライバーに起用されたのがボビーだった。攻撃的な走りと大胆さが目立つグレアムは、ニューマン−ハースやガナッシといった有力チームで経験を積んだ後、2013年から父のチームに加わった。勝負強さも備えており、昨シーズンは初めてチャンピオン争いもして大きな自信をつけた。
「僕らはホンダ・チームであることに大きな誇りを持っている」というグレアムは、テキサスでの優勝後にこう話す。
「僕らは1台体制だが、ホンダのベスト・チームになるべく全力を投入している。そして昨シーズン、僕らはホンダ・ユーザーのトップになった。今年も自分たちは引き続きホンダのトップ・チームであるとの自負を持っている。
テストでストレート・スピードがライバルに劣っていれば、エンジニアたちはそれを克服するために必死で競争力の高いセッティングを見つけ出してくれる。クルーたちも勝利に向かって一丸となって頑張っている。今シーズンはもう終盤戦だが、勝てないまま終わるのだけは嫌だった。絶対に勝ちたかった。そのモチベーションはハードワークをこなしてくれるチームの存在にこそある」
テキサスでのグレアムは、タイヤ・マネジメントのうまさで勝利をつかんだ。
「一時はヒンチクリフの独走状態だったが、差が縮まれば自分 にもチャンスはあると信じていた。僕らのマシンは最高の仕上がりで、高いスピードを何周も保ち続けることが可能だった。新しいタイヤで走り出してすぐは、 タイヤに無理をかけず、少しだけペースを抑えていた。そうすることで、周回を重ねた後にライバルたちより速いラップタイムを刻むことができた」
そして粘り強く戦う彼に、最後になってチャンスが巡ってきた。
「フ ルコースコーションが重ねて出され、自分とヒンチクリフの間隔が小さくなった。勝つチャンスがやってきたと感じた。最終ラップではヒンチクリフに高いライ ンを走ってもらいたかったから、そちらにおびき出すように走った。チャンスはイン側にしかなかったからね。考えた通りにうまくパスができて嬉しい」
レイホールというドライバー、そして彼のチームはこの2シーズンで実力を大きく伸ばしている。また、ポコノ、テキサスと2戦連続で惜しくも優勝を逃したも のの、2人のドライバーが高い戦闘力を見せているホンダ・ユーザーのシュミット・ピーターソン・モータースポーツもレベルアップしている。
これでホンダ陣営のリーディング・チームであるアンドレッティ・オートスポートがもう少しシボレー勢の2強に対抗できる力を取り戻すことができたら、インディカー・シリーズはさらに競争が激化し、おもしろいチャンピオンシップになるだろう。もちろん、佐藤琢磨を中心とした2カー体制へと拡大し、名門復活を目指すAJ・フォイト・レーシングにも奮起を期待したいところだ。
2016年シーズンの残り2戦は、どちらもロードコースだ。ホンダとしては、ここでライバルと互角の戦いをしたいところ。来る2017年の空力に関するルールは、今年とほぼ同じものになる。メーカー・タイトル、ドライバー・タイトル、インディ500での優勝という3つの大きな目標をすべて達成するためには、今シーズンのうちにシボレーとの差を縮めておく必要がある。
天野雅彦●文 text by Masahiko Jack Amano