サマーブレイク開けの第10戦・オーストリアGPは、なにもかもが「〜年ぶり」尽くしのレースになった。

 まず、MotoGPのカレンダーがオーストリアで開催されるのは1997年以来、19年ぶり。当時は「A1リンク」と呼ばれていたサーキットは、地元のエナジードリンク企業に買収されて、「レッドブル・リンク」という名称になった。

 そして、そのサーキットで行なわれた日曜の決勝レースでは、アンドレア・イアンノーネ(ドゥカティ・チーム)とアンドレア・ドヴィツィオーゾ(同)のドゥカティ勢が抜きん出た速さを発揮して、ワンツーフィニッシュ。ドゥカティが優勝を飾るのは、ケーシー・ストーナーが勝った2010年の第16戦・オーストラリアGP以来、6年ぶり。ワンツーフィニッシュは、さらにその3年前。2007年のオーストラリアGP(1位:ストーナー、2位:ロリス・カピロッシ)以来、9年ぶりの出来事だ。

 ストーナーが陣営を去って以降の6年間、独自の設計思想を持つドゥカティは、なかなか勝てないレースが続いた。2014年にはアプリリアからジジ・ダッリーニャをゼネラル・マネジャーとして招聘し、戦略的なマシン開発を進めてきた。少しずつ改良を進め、2位や3位表彰台、あるいはポールポジションを獲得する速さを発揮するようになったものの、表彰台の頂点までは到達できない苦しい戦いが続いた。

 運に恵まれないレースも、少なからずあった。特に2013年からドゥカティ・ファクトリーで戦うドヴィツィオーゾは、切れ味の鋭いブレーキングと冷静で理知的な分析能力が持ち味のライダーだが、今年の第2戦・アルゼンチンGPではドゥカティのダブル表彰台を目前にした最終ラップの最終コーナーで、イアンノーネのクラッシュに巻き添えを食う格好で転倒。続く第3戦のアメリカズGPも、表彰台争いの最中に他車に追突されてリタイアを余儀なくされた。

 一方のイアンノーネも、物議をかもす事態が続いた。

 チームメイトを撃沈させてダブル表彰台のチャンスを自らの手で潰した後も、第7戦・カタルーニャGPではホルヘ・ロレンソ(モビスター・ヤマハ MotoGP)に後方から突っ込んで両者リタイア。そんな状況でも自分に非はないと公言してロレンソを激怒させたり、今回の予選でもタイムアタックの最中に他選手を愚弄したのしないので、水掛け論のような押し問答になった。

 125cc時代から彼の言動を近くで見てきた印象では、ずば抜けた速さを発揮する反面、いわゆる「一本足りない」と総称されるような、やや軽はずみな面が見え隠れすることもあるように見受けられる。ただ、イアンノーネは裏表のない正直な性格の持ち主で、何を訊いてもいつでも真摯に真っ正面から受け答えをする姿や、そんなときに少し照れた笑みをうかべる彼の表情からは、なんともいいようのない奇妙な愛嬌も感じさせる。

 サマーブレイク中のモトクロス・トレーニングで転倒したというイアンノーネは、「肋骨が痛い......」と言いながらも、予選ではポールポジションを獲得した。その負傷などもあって決勝ではやや不利かとも見えたが、全28周のレースでは力強い走りを披露した。リア用に唯一、ソフト側コンパウンドのタイヤを装着。終盤までパフォーマンスを温存し、後半21周目から一気に勝負を仕掛けるクレバーな戦い方で、自身の最高峰初勝利とドゥカティ6年ぶりの勝利を獲得した。

「タイヤ選択は、皆がハード側だったけど、自分はソフト側で行くと言ったら、メカニックが『え、なんで?』と訊ねてきた。でも、土曜の走行で両方を試して、ソフト側で戦うとチャンスがあると思ったし、自分を信じてこの決断をして正解だったと思う」

 今回のレースで3位に入ったロレンソが、「イアンノーネ(のリアタイヤ)はソフト側だったので、途中からタイムが落ちてくると思っていたら、終盤に向けてどんどん速くなっていったので、正直なところ驚いた。温存していたのだろうね」と語っていたことにも、イアンノーネのクレバーな戦いぶりがよく表れている。

 一方、2位のドヴィツィオーゾは今回が記念すべきグランプリ250戦目という節目のレースだった。決勝中盤ではイアンノーネの前に出てしばらくトップを走行していただけに、決勝後の表情からは、勝てなかった悔しさも一入(ひとしお)、といった様子がありありとうかがえた。

「(2位で終わったのは)残念だよ。バイクのフィーリングは抜群だった。ブレーキングもイアンノーネよりよかった。終盤のカギになったのは、イアンノーネの取ったリスクが功を奏したということ。ラスト6周に全力で攻めたけど、右コーナーで彼と同じグリップを得られず厳しくなった。自分自身に対してすごく悔しさを感じるけど、(タイヤ選択は)自分たちが決めたことだからね」

 勝利を逃した無念はともかく、長年貢献してきたドゥカティがようやく勝てたことについては独特の感慨がある、ともドヴィツィオーゾは述べた。

「ワンツーフィニッシュを飾ることができたのはうれしい。ドゥカティに来てから4年。3年間は苦戦したけど、今の自分たちには速さがある。エンジニアやスタッフにも本当に感謝をしている。彼らが心血を注いでがんばってきた姿を、ずっと目の当たりにしてきた。このプロジェクトに加わることができて、本当に誇りに思う」

 2016年のチャンピオン争いに加わるにはやや遅きに失したとはいえ、今回のダブル表彰台で彼らは高い戦闘力を存分に証明してみせた。王座の行方を左右する、シーズン後半の重要なキャスティングボートは、ドゥカティが握っているともいえそうだ。

西村章●取材・文 text by Nishimura Akira