実用ハッチバック車をスポーツカーばりに高性能化した"ホットハッチ"と呼ばれているクルマにも、いくつかのクラスがあるが、フツーの人間がフツーの道で思いっきり走れる上限は、日本車でいうとホンダ・フィットやトヨタ・ヴィッツ級のサイズだろう。

 しかし、このクラスのホットハッチは今の日本車にはほとんど存在しない。しいていえばスズキのスイフトスポーツ(第39回参照)がそれにもっとも近いが、その性能は良くも悪くも寸止め感があって、厳密には"ウォームハッチ"とでも呼びたいお利口さんタイプ。「もっと頭のネジがぶっ飛んだヤツを!」という筋金系には物足りなくもある。

 日本のホットハッチ好きはもはや、昭和〜平成初期の若かりしころの全盛期を忘れられない(私のような)中年マニアばかりで、商売になりにくい。だが、そんな本気でアツく、ギリギリ一般道でも楽しめる"上限ホットハッチ"は、欧州では今でも豊富にそろう。この点だけは欧州が心底うらやましい。

 ただ、欧州メーカーのすべてが日本市場に参入しているわけではないし、この種のマニア商品は地元限定のケースも多い。というわけで、日本で普通に手に入る最新最強の"上限ホットハッチ"は、ルーテシア・ルノースポール(以下RS)が決定版であり続けてきた。

 私事で恐縮だが、私の個人的ツボはなによりホットハッチである。ルーテシアRSもすでに2度も取り上げた(第66回、第119回参照)し、ルーテシアRSはなにをかくそう、私も1台(現行のひとつ前の3代目だけど)もっているくらいで......。

 そんな私が最近、「ルーテシアRSあやうし!?」と冷や汗をかきつつも、同時にニンマリしてしまった1台が、今回のプジョー208GTi"byプジョースポール"である。

 そのベースとなった208は本国フランスではルーテシアと競合する実用車。そのホットハッチ版も、ともに200馬力強の1.6リッターターボで、数値上の性能も完全ガチンコだ。この2台に共通するコンパクトカーボディに200馬力ちょっと......という組み合わせが、現代のギリギリ"上限ホットハッチ"の黄金律だと私は思っている。

 208GTiというクルマは以前からあったが、これはプジョー社内の好き者プロ集団(=プジョースポール)から寄ってたかって、エンジンやアシまわりを締め上げたスペシャル。もともとの208GTiはルーテシアRSより穏健なお利口さん型だが、このプジョースポールの熱量は完全にルーテシアRSに匹敵する。

 注目すべきは208のほうがルーテシアよりボディがちょっとだけ短く、ドア枚数も少ない(ルーテシアRSは5ドア)ことだ。つまり、208GTiのほうが小さくて軽いのだ!

 そんな208GTiのプジョースポールは、クルクル曲がる場所では、ルーテシアRSより曲がりが軽くて鋭い。......ということは、そのキレアジは、自動的にホットハッチ世界一レベルだ!? まるでコマのようにクルクル曲がるが、リアタイヤが地面に刺さったように安定しているので恐怖感もない。さらにいうと、路面を素手で触っているようなリアル感もプジョーの僅差勝ち。

 いっぽうで本格サーキットのような超高速バトルでは、ホイールベース(=前後タイヤ間距離)が長いルーテシアRSのほうが安定していて、最終的により高いラップを刻める可能性が高い。ただ、ひとり自己満足にひたる......というホットハッチ本来の用途(?)に、タイムは関係ない。両車は微妙にちがうツボがあって、マジで甲乙つけがたし! プジョー208GTi byプジョースポールとルーテシアRSの対決は、まさに"快感ホットハッチ世界一決定戦"というべき好カードだ。

 今回のプジョースポールで、もうひとつマニア悶絶のツボは、日本でも本国と同じ左ハンドルが売られることだ。世界のクルマの大半は左ハンドルを基準に設計されている。とくに208のようなコンパクトカーでは、ドライビングポジションや各部の操作感で、右ハンが左に対してビミョーに味が落ちるケースがなくはない。208GTiも運転席に座ったときのペダル位置やブレーキの感触では、今回の左のほうが明らかにドンピシャ感がある。

 まあ、今どき日本で左ハンを乗る行為には賛否両論あるものの、マニアはそういうツボにも徹底してこだわる生物なのである。

 それはともかく、ホットハッチ・マニアのみなさんは今後、ルノースポールとともにプジョースポールの名もおぼえておくのがお約束となった。......で、結局のところ"快感ホットハッチ世界一決定戦"の結果はどうなったかって!? うーん、私としては「2台をガレージにならべるのが夢ですぅ」と、昭和の自動車雑誌みたいなオチでお茶をにごしておく。

佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune