サクラ満開の村で「がいせん桜プロレス」開催 “恩返しをしたい” 村で暮らすプロレスラー夫婦の思い「そとから来た人間に優しく教えてくれた…」【岡山】
老いも若きも満開のサクラの下で繰り広げられた熱き闘いに酔いしれました。2年前に初開催され、観光客のみならず地元住民をも魅了した催しが、おととい(11日)、岡山県新庄村に凱旋しました。
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「がいせん桜」の由来…1906年、日露戦争の勝利を記念して植樹
岡山県の北西部に位置し、旧出雲街道の宿場町として栄えた新庄村です。地域のシンボルは「がいせん桜」5.5メートル置きに133本が咲きそろい桜のトンネルが観光客を出迎えます。
1906年、日露戦争の勝利を記念して植樹されたことが名前の由来となっています。そのサクラが満開となったおととい、最高のロケーションのもとで繰り広げられたのは…。
プロレスラー22人による「がいせん桜プロレス」です。
「応援してくれ~」
3対3のタッグマッチでは、レジェンドレスラーのアジャコング選手が登場。
「お気をつけください…」
まさかの場外乱闘に会場はパニックに…。
(アジャコング選手)
「来ないと思って安心してるだろ」
さらに別の試合では…。
(辰巳リカ選手)
「豚串できた?」
お腹が空いたのでしょうか。対戦相手を引きずりながら屋台に食べ物を買いに行くという珍場面も…。時にユーモアを織り交ぜながら展開される名勝負に拍手喝采です。
(観客)
「メジャーのプロレスもいいんだけど、おらが村にプロレスがやってきた。これが最高にいいんですよ」
「びっくりしました」
ー何にびっくりしたんですか?
「(人が)空飛んでるところ」
「冥途の土産になります」
なぜ新庄村でプロレスのイベントを?
美しいサクラをバックに手に汗握るバトル。このイベントを企画したのは、新庄村で暮らす夫婦です。
(関根龍一さん)
「そとから来た人間に優しく教えてくれた人たちに何かできることはないかなと思って…」
夫の関根龍一さんは、プロレスリングBASARAに所属する現役のプロレスラー。そして、妻の天満のどかさんは、4年前まで「東京女子プロレス」に所属していた元プロレスラーです。
そのプロレスに関わる夫婦がなぜ、新庄村にいるのでしょうか。
(天満のどかさん)
「おいしいものを自分らで作って」
(関根龍一さん)
「みんなに食べてもらいたいというのがあったので…」
コロナ禍でプロレスの興行が激減したことをきっかけに、本格的に農業を始めようと新庄村に移住。住民たちの支援もあって、念願の農家デビューを果たしたのです。
自分たちを受け入れてくれた村に恩返しがしたい…。2年前、「がいせん桜プロレス」を初開催。そして、入念な準備期間を経て、今年、2回目の開催にこぎつけたのです。
(関根龍一さん)
「自分らもこの試合を見てがんばろうって思ってもらいたいというのがありますけど、自分らもみなさんを見てまだがんばろうかなっていう気持ちになります」
(天満のどかさん)
「やっぱり、がいせん桜プロレスはみんなで作る大会なんだなと感じました」
「日本って素敵だなと再確認」
「青コーナー挑戦者、地元新庄村代表関根龍一~」
大トリを飾ったのは関根さん。王者である石川修司選手に挑むタイトルマッチです。試合には敗れましたが、26センチの身長差をものともせず、倒されても倒されても立ち向かう関根さんの姿に会場は一つになりました。
(関根コール)
大技決めて「よっしゃ~~~」
桜の下を舞台に、春ならではのエンターテインメントを満喫したのは、観客だけではありません。
(アジャコング選手)
「これまでがいせん桜を知らなかったのでこんないい場所があるんだということを思い知らされて。こういうところをもっともっと活性化してもらって日本って素敵だなと再確認したいですね。みなさんにも再確認してほしいと思います」
イベントは大盛況!地元住民も感謝
イベントの大成功に地元住民も選手たちをねぎらいます。
(地元住民)
「体を張ってがんばってくれたのがすごく私はうれしい」
(関根龍一さん)
「3回目は…」
「その時はみなさん取材に来てくださいよ」
(天満のどかさん)
「もっとはやく来てくださいよ」
新庄村の魅力を発信するがいせん桜プロレスです。美しい桜並木もイベントで活気づく村を温かく見守っていました。
「またいくぞ」「新庄村」

