4月23日、俳優の前田敦子と勝地涼が離婚を発表した。

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「今年1月30日には一部で離婚協議中と報じられましたが、本格的な協議に入る前に勝地さんは離婚の意思をもう固めていました。結婚から2年を超え、日に日に増していく前田さんの不安定ぶりにとうとう音を上げてしまったようです」(芸能事務所関係者)


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楽屋に閉じこもって出て来ない事も…

 AKB48“不動のセンター”として活躍し、正に国民的アイドルだった前田。在籍中は人気絶頂の日々を送っていた。しかしながら多忙が影響していたのか、当時から感情的になる場面がよく見られたという。アイドル時代の前田をよく知る元AKS関係者が語る。

「現場マネージャーと冷静なコミュニケーションがとれない、なんていうのはザラでした。不安定な時期は、楽屋に閉じこもってうずくまったまま出て来ない事も。荒れている時は、食べ物をスタッフに投げ付けたりしていましたね」(元AKS関係者)

 グループ初期からAKB48をセンターとして牽引してきた身には、想像を絶するプレッシャーが掛かっていたのだろう。ただ、そんな前田も当初から激情家だった訳ではないようだ。

「14歳でAKB48に入り、純粋そのものという雰囲気の中学生でした。当時AKB48は明確に恋愛を禁止されていた訳でもなく、年長メンバーには当たり前のように恋人がいましたが、若くしてセンターに立った前田はしばらくの間アイドル性を“守って”いましたね」(同)

ドラマ共演者と恋に落ちた前田

 ところが、2008年にドラマ「太陽と海の教室」(フジテレビ系)で共演した山本裕典と恋に落ちることになる。

「周りの若いメンバーや後輩達も次々と恋愛を経験していく中で、高校生になった前田にも等身大の“焦り”があったのでしょう。当時イケメン俳優として人気だった山本との交際が始まった時は、仲のいいメンバー達と集まっては『人生で初めて、彼氏が出来ました〜!』などと嬉しそうに報告していたそうです」(同)

 青春時代らしいピュアなエピソード。だが残念な事に、ロマンスは長くは続かなかった。

「当時から遊び人で有名だった山本と、アイドルとしてのピークを迎えようとしていた前田の交際を、周囲の大人達が許すはずもありませんでした。破局後、前田は相当落ち込んでいたようでした。一方、皮肉なことにAKB48の人気は上昇を続け、センターの前田は多忙を極めていきました。この辺りから、前田の不安定さが目立つようになっていきましたね。実際に山本は『着信履歴があっちゃんだけになりそうなくらい電話がくる』という話もしていました」(同)

 前田はその後、佐藤健や尾上松也、更には一般人と、数々の男達と浮名を流すことになる。純真無垢な少女から恋多き大人の女性へと成長していき、遂には2018年に勝地とゴールインする。山本との共演から、実に10年が経過していた。

AKB48“不動のセンター”として近寄り難い程のオーラがあった

「AKB48が人気絶頂だった2011年頃、舞台裏での前田には近寄り難い程のオーラがあって、下っ端のスタッフでは最早まともに声すらも掛けられない状態でした。実際、関係者を困らせている事も多々ありましたが、あれは紛れもなくスターの風格でしたよ。彼女と交際した男性達は、色々と大変だったかもしれませんが…」(同)

 トップアイドルとして多くの話題をさらっていった前田。その類いまれなるタレント性の背景には、山本を初めとする男達との恋愛経験があるのかもしれない。テレビ局関係者が話す。

「前田さんはもう、勝地さんとの事は吹っ切れているようですよ。やっぱりネームバリューはありますし、仕事のオファーも変わらず来ているそう。今後は息子を育てていきながら、女優として更にキャリアを積んでいくんじゃないでしょうか」(テレビ局関係者)

 初めての夫となった勝地とは結果的にうまくいかなかったかもしれないが、女優としては、この経験すらも活かすことが求められていくのかもしれない。

(「文春オンライン」編集部)