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プルデンシャル生命保険で「前人未到」の圧倒的な業績を残した「伝説の営業マン」である金沢景敏さん。営業マンになった当初はたいへん苦労しましたが、あることをきっかけに、「売ろう」とするのをやめた結果、自然にお客様から次々と「あなたからサービスを買いたい」と連絡が入るようになりました。どうすれば、そのような営業スタイルを作り上げることができるのか? 本連載では、金沢さんの初著作『超★営業思考』を抜粋しながら、その「秘密」をお伝えしてまいります。

「いつも遊んでいるように見える」のに、
なぜ、圧倒的な営業成績を出し続けたのか?

「金沢さんは、いつも遊んでいるように見える」

 知人から、こんな言葉を投げかけられるようになったのは、ここ2〜3年のことです。僕自身は、懸命に仕事をしているつもりなので、そのように言われるのは驚きでしたし、心外ですらありました。

 だけど、僕が「そんなことないよ」と言っても、誰も納得してくれません。「遊んでいるように見える」のに、なぜ、僕がプルデンシャル生命保険の営業マンとして、誰もが認める圧倒的な成績を出し続けることができたのか? それが不思議だというのです。

 たしかに、僕は、ここ2〜3年ほどは、「保険を売る」ために汗をかくことはほとんどなくなっていました。

 スーツを着て営業に回ることも減りましたし、日々、たくさんの方々とお目にかかりますが、みなさんに“保険の話”をすることも激減しました(だから、はた目には「遊んでいる」ように見えたのかもしれません)。それでも、とてもありがたいことに、僕のもとには「保険に入りたい」という連絡が継続的に入ってくるようになっていました。

 しかも、連絡をくださるお客様は、すでに「僕から保険に入る」ことをほぼ決めていらっしゃいますから、あとは、ご事情をじっくりと伺ったうえで、お客様にぴったりなプランをご提案すれば成約。「商談=成約」というケースがほぼ100%という、非常に恵まれた状況が生まれていたのです。

「そんな、“棚からぼた餅”のような話があるのか?」

 そう思われる方もいるかもしれませんが、当然のことながら、“自然”にそのような状況が生まれたわけではありません。2012年、33歳のときにTBSを退職して、プルデンシャル生命保険の営業マンになって以来、僕なりに試行錯誤を繰り返しながら、コツコツとこの「恵まれた状況」を築き上げてきたのです。

営業マンとして受けた
苦痛を伴う「洗礼」

 もちろん、はじめは苦労を強いられました。

 営業マンになった当初は、ご多分に漏れず、僕も強烈な「洗礼」を受けました。“保険屋”に対する「否定」という洗礼です。

 僕が、TBSを退社したのは、テレビ局の“看板”のおかげでチヤホヤされているだけなのに、あたかも自分が偉くなったように錯覚しているのが、ものすごくカッコ悪く思えたからです。フルコミッションのプルデンシャル生命保険で、自分の実力を実証してみせよう。会社の“看板”に頼るのではなく、“自分の力”で生きていける人間になろうと心に決めたのです。

 だけど、現実は甘くはありませんでした。

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