奇襲作戦、自転車大破、流血。C・フルーム執念の「ツール2連覇」
自転車が壊れたら、脚で走ってもゴールを目指す。濡れた路面の下りコーナーで落車したら、破けたマイヨ・ジョーヌに血がにじんでいても、チームメイトの自転車に乗り換えてゴールする――。記録の上では、チーム・スカイのクリス・フルーム(イギリス)が圧勝で2年連続3度目の総合優勝を飾ったが、精神状態は極限まで追い詰められていた。ライバルとの決定的な違いは、その勝利への執念だ。
103回大会となる世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス」。7月2日に世界遺産のモン・サン=ミッシェルをスタートし、今年もピレネーやアルプスの難関を越えてパリを目指した。優勝争いは例年、過酷な山岳コースの上り坂で雌雄を決するのだが、今年、フルームが勝負を仕掛けたのはそこではなかった。
ピレネーの第8ステージ。有力選手の戦いは、ステージ最後の山岳でも膠着状態だった。フルームは残り15.5km地点、峠の頂上を越えたところで単独アタックする。下り坂に突入すると、フルームは一気に加速して高速ダウンヒルを開始。これにはライバルも意表を突かれ、一気に差が開いてしまう。
この奇襲により、第1ステージで落車して調子が上がらないティンコフのアルベルト・コンタドール(スペイン)は引き離され、ゴールまでに大差をつけられた。母国スペインでの区間を目前にして、コンタドールは総合優勝争いから脱落。その後、ケガの影響で途中リタイアを決意する。
「下りでアタックすることは、まったく計画にはなかった」と、このステージを逃げ切り優勝したフルームは語る。
「上りで何回かアタックしたが、他の選手がついてきた。だったら下りで突き放してやろうと考えた。ちょっと体力を使ってしまい、翌日の過酷なレースが気になるが、ステージ優勝は気分がいいし、貴重なタイムを稼ぐことができた」
最大のライバルと言われるモビスター・チームのナイロ・キンタナ(コロンビア)と、アスタナ・プロチームのファビオ・アルー(イタリア)は、わずかの差でフルームを追う位置にいる。フルームとしては、上りに強いこの2選手の走りを警戒しているだけに、第8ステージで下りを使った奇襲作戦に出たとも考えられる。
フルームは、第11ステージでも積極的に動いた。残り12kmから世界チャンピオンのペーター・サガン(スロバキア/ティンコフ)がアタックすると、すかさずフルームも追走。両選手のアシストが1人ずつ合流し、ライバル選手のいる後続集団との差を広げにかかる。一時は30秒ほどの差がついたが、さすがにスプリント勝負に持ち込みたいチームが追撃したため、結果的には6秒差。しかし、「少しでもタイム差を稼ぎたい」というフルームの果敢な攻めに、ライバルたちは脱帽した。
そして、フランス革命記念日である7月14日(第12ステージ)には、とんでもないハプニングが起きた。「悪魔の棲む山」として知られる「モン・ヴァントゥ」で、コースにあふれ出た観客に前方をふさがれて急停車したカメラバイクに、フルームを含む3選手が激突。運悪くフルームの自転車だけが大破し、衝動的にランニングでゴールに向けて走り出す出来事もあった(このアクシデントによりフルームは大きく遅れたものの、審判団の審議の結果、救済処置で首位の座をキープ)。
さらに第19ステージでは終盤、雨で濡れた下りコーナーで落車。フルームのマイヨ・ジョーヌは大きく破け、ひざやひじから血がしたたり落ちた。しかし、フルームはチームメイトのゲラント・トーマス(イギリス)から自転車を借りてレースを続行。苦しみながらも総合成績の上位選手から10秒ほどの遅れでゴールし、首位のマイヨ・ジョーヌを守った。
最後の勝負どころとなる、第20ステージも雨。フルームは2位に4分以上の大差をつけながら最後まで油断せず、ゴールまでの下り坂も細心の注意を払って走った。そして、4人のチームメイトに守られてフィニッシュラインを通過したとき、フルームはようやく安堵の笑顔を浮かべる。こうしてフルームは、首位で最終日・第22ステージのパリへと到着した。
今年は、ライバルの反撃に乏しいツール・ド・フランスだったかのように見える。しかし、その裏にはフルームの執念と強力なチームサポートがあり、ライバルに思うような走りをさせない激闘があった。
「(第1ステージで)アルベルト・コンタドールが落車でケガをしたのは、僕にとっても不運だった。彼がいたら最後までバトルが続いたはずで、また違ったツール・ド・フランスになったと思う」
最終日前日、総合優勝を確実なものにしたフルームはこう語った。
「僕が優勝した2013年・2015年も、ナイロ・キンタナは最終週に上り坂で手に負えない走りを見せた。今年も警戒したよ。おそらく雨によって彼のパフォーマンスが落ちたので、今年はこれまでのような攻撃が見られなかったが、来年はふたたび手ごわいライバルになると思う」
7月24日、マイヨ・ジョーヌを着たクリス・フルームが3度目のパリ・シャンゼリゼを駆け抜けた。ツール通算3勝は、歴代5位タイの記録である。
山口和幸●取材・文 text by Yamaguchi Kazuyuki