韓国の合計特殊出生率は2015年から減少に転じ、2023年に0.72で過去最低を叩き出した。一体何が起きているのか。フリーライターの菅野朋子さんは「2015年はSNSの中心がテキストから動画や写真に置き換わり始めた時期だ。SNSでの『つながりすぎ』と出生率の関係性を指摘する研究者もいる」という――。

※本稿は、菅野朋子『韓国消滅の危機 人口激減社会のリアル』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/monstArrr_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/monstArrr_

■精神安定剤に頼る韓国の学生 

SKY(韓国で最難関とされるソウル大学、高麗大学、延世大学)のひとつで教鞭(きょうべん)をとる教授と話す機会があった際、教授は「最近は薬(精神安定剤)に頼る学生が増えて心配だ」と話した。学生が落ち込んでいるように見えたり、逆にハイテンションな場合にも必ず声をかけるようにしているという。

「ここ10年くらい、精神安定剤のような薬を常用する学生が増えました。気分が落ち込んだ時や集中したい時などに飲むようです。親や周りが期待するソウルの大学に入ってもまだその先が続きます。大企業に入れるのか、人がうらやむような、自尊心を保てる仕事に就けるのか、不安定な状態が続くのでしょうねえ。今の子どもたちは兄弟姉妹も少ないですから、親の期待が過度に集中している。かわいそうな時代になりました」

■「ちょっと休む」青年たち

そうした強迫観念からか、その反動としてここ10年の間には、仕事を求めてさまよい、疲れ果てた末に「ちょっと休む」青年が増えている。「ちょっと休む」は、特別な理由もないのに、調査直前の1週間の間、学業も就業も何もしなかったと回答したことを指す。

2025年3月、韓国の統計庁は、29歳未満の生産年齢人口の中で、何もせずに休んだ人が50万4000人いると発表した。集計を始めた03年には23万6000人ほどだったのが、2倍以上に膨らんだ。休んだ期間は平均22.7カ月となっている。その理由として、「(自分に)適合した仕事の不足」をあげた人がもっとも多く、次に教育・自己開発、バーンアウト、再充電の必要性と続いている(韓国雇用情報院調査)。

日本では「ニート」と呼ばれるこうした青年たちの傾向は、世界的に共通しており、2023年の国際労働機構(ILO)によれば、全世界で学業も、経済活動もしない青年の割合は20.4%に上るという。

25年5月には、60歳以上の経済活動参加率は49.4%となり、青年層(15~29歳)の49.5%とわずか0.1ポイント差となった。

■若者にとって人生の成功は「SNSで有名になること」

「ちょっと休む」人口の03年からの推移を見ると、明らかな上昇を見せるのは18年頃からで、韓国でSNSが定着し始めた頃だった。

人々が求める社会的成功=「ゴールデンチケット」は今や、名門大学や大企業に入ることだけではない。羨望の対象はSNS上での「影響力(インフルエンス)」でもある。

今、成功に向かうもっとも確かな経路は何か? 有名になればいい。名の知られた人を指して“成功した人生”と呼ぶ。あの人は成功したというような評価は有名な人という意味だ。
(チョン・ヨンウク『購読 いいね 通知設定まで』)

インフルエンサー」325人にインタビューしてまとめられた著書の一節だ。

韓国はSNS利用率が世界的に見ても高く、2024年の数字ではアラブ首長国連邦(UAE)の96.2%に次いで、93.4%だった(「Statista Japan」)。特に、1982年~90年代半ばに生まれたミレニアル世代は突出している。実はこの現象も、IMFショックを背景としてもたらされている。

写真=iStock.com/agrobacter
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/agrobacter

■IT産業の推進で生まれたデジタルネイティブ世代

1997年の経済危機によりIMFが介入し、産業構造はがらりと変わった。「漢江の奇跡」を牽引した重厚長大な製造業中心の構造は崩壊し、半導体などの電子部品、機器が主要な製造品としてとって代わった。

さらに、韓国政府は、新たな成長分野として、IT産業を強力に推し進めていく。デジタルインフラが急速に整えられ、2000年にはブロードバンド(超高速インターネット)の普及率はOECD加盟国で1位まで上り詰めた。低廉な「PC房(バン)(インターネットカフェ)」が次々とでき、私が取材した若者たちも、幼い頃からこうしたIT社会に慣れ親しんだデジタルネイティブ世代である。

その結果、国内では、インターネット上に続々とコミュニティサイトやサービスサイトができていく。

1999年には、理工系の最高峰といわれる韓国科学技術院(KAIST)の学生が創った韓国初のSNS「サイワールド(Cyworld)」が登場した。これは、個人のブログを進化させたもので、イラストや写真を自由にレイアウトでき、2000年代半ばからスマートフォンが普及する10年頃まで圧倒的な人気を誇った。

友人や親戚に限定して公開することもでき、日常の出来事から、旅先でのエピソードなどプライベートな事柄を投稿する。懐かしい同窓生をここで探す人も多かった。

韓国の今の30代は、中学生や高校生の時にサイワールドに親しんだ世代だ。その後、スマートフォンが主流になるとサイワールドはその仕様に適応できず衰退。「フェイスブック」がそれにとって代わった。

■出生率の低下とSNSの意外な相関関係

SNSと出生率の低下に相関関係があるのではないかと指摘したのは、ソウル大学保健大学院の永台(チョヨンテ)教授だ。2024年1月に発刊された『国の経済 1月号』(韓国開発研究院)のインタビューから引いてみよう。

教授がまず触れたのは、経済学の古典であるトマス・ロバート・マルサスの『人口論』だ。マルサスによれば、人口増加と食糧生産では前者の増加率が大きくなるため、人口増加は食糧の不足、そして貧困や生活苦に帰結してしまう。

韓国では、少子化の背景として出生率と人口密度の相関関係がしばしば言及される。特にソウルへの一極集中の問題と関連して語られることが多い。

たとえば、韓国銀行の調査局は、23年、青年層(15~34歳)が首都圏へ殺到する現象は、出生率の低下に少なくない影響を及ぼしているとする調査結果を発表している。研究チームは、15年以降青年層が地方から首都圏へ移動している現象が起きているとし、「人口密度が高いほど、激しい競争で生き残ろうとする青年が自身の人的資本の蓄積や子どもの人的資本を拡大するために子どもの数を減らそうとする現象が起きている」と結論している(「中央日報」2023年11月2日)。

■「他人との比較」を引き起こす個人Vlog

物理的な人々の密集と人口減との関係性は想像しやすいが、教授はこれを応用する形で、SNSがもたらす「心理的密度」の上昇に着目した。SNSは人とのつながりを強くするが、時には「つながりすぎ」の状態を作る。

写真=iStock.com/Alessandro Biascioli
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alessandro Biascioli

教授は、「韓国は教育水準が高く、成功への情熱は大きく、特に青年はそれに比べて自身が持っている資源が小さいと判断するが、その判断を他人との比較を通して行う」と指摘し、次のように結論している。

そうした傾向にある中、SNSにブイログ(Vlog 自身のプライベートを写真や動画に載せてSNSで発信すること)が登場し、他人に自身の姿を投影するようになった。(韓国の)出生率が最近さらに下落した原因として物理的密度の他にSNSに触発された心理的な密度を重視している。

そして、実際に人口学者がSNSと全世界の出生率との相関関係について研究を始めていることを付け加えている。

■SNSが文字から映像へ切り替わったのと同時に出生率も低下

韓国の出生率が減少へ転じる起点となったのは2015年だ。フェイスブックのようなテキスト中心のSNSが、「インスタグラム」と「TikTok」の登場により、動画や写真にとって代わられた時期だった。YouTubeも、この頃から有名人ではない一般のユーザーがアップロードした動画を視聴することが当たり前になる。

プレジデントオンライン編集部作成

ミレニアル世代がフェイスブックからインスタグラムに移行した背景を、取材したうちの1人(41歳)は次のように話している。

「(実名で登録する)フェイスブックだと親から友だち申請が来てしまうからそれが嫌でインスタグラムにみんな移ってしまったんです。機能も手軽だし、文字よりも映像なので分かりやすいし、周りもみんなあっという間に切り替えていました」

SNSの主流が文字から映像に切り替わった瞬間でもあった。

現在、韓国で人気のオンライン映像視聴プラットフォームトップ3は、YouTube(94.4%、ショート動画を好む人は16.3%)、ネットフリックス(60%)、インスタグラム(51.9%)だ(「KTナスメディア」)。

SNSを通して人との心理的な距離は近くなり、知らず知らずの間に自分と他人を競争させることとなった。相対的剥奪感を感じやすい環境が整ってしまったといえる。

■SNSの影響で「隣の芝生が常に青く見える」

さらに、先の研究結果で見たように青年層が地方から首都圏へ大きく移動し始めたのも15年以降だった。この理由として、賃金、雇用率の格差だけではなく、文化芸術活動の機会の格差が指摘されている。SNSにより情報を入手するタイムラグがなくなったことで、最先端の流行が集まる都市の生活が見えやすくなった。

菅野朋子『韓国消滅の危機 人口激減社会のリアル』(KADOKAWA

「隣の芝生は常に青い」というわけだ。他人は成功して幸せに暮らしているのに自分はどうして何も持っていないのか、後れているのかと気持ちが萎えたり、憂鬱になってしまったりする心理的傾向。これ自体は、どこの国でもSNSの流行と共に顕著になっているだろう。しかし、韓国の場合はもともとあった競争社会において、SNSによりさらに他人の姿が見えやすくなり、その傾向が強くなっている。

1997年の「IMFショック」により産業の構造転換が起きた韓国は新規産業のひとつにITを掲げた。デジタルインフラは急速に整い、インターネットを通して情報が一挙に流通したことで、人々のライフスタイルや考えは大きく変化することになる。そして儒教的な価値観が希薄化し始めた。

その後に登場したスマートフォンも瞬く間に広がり、既存のインターネット空間に慣れ親しんでいたミレニアル世代は、新しく登場したSNSを使いこなしていく。

出生率が下降する起点となった15年はインスタグラムやYouTubeを中心とした新しいSNS文化の幕開けでもあった。他人との距離が狭まり、SNS上での心理的密度が高まるにつれ、もともと存在していた他人と比較する傾向もさらに強まっていく。

----------
菅野 朋子(かんの・ともこ)
フリーライター
1963年生まれ。中央大学文学部卒業。カナダ、韓国に留学後、出版社勤務、「週刊文春」記者を経て現在はフリーライター。2004年より韓国に在住し、韓国社会の「本音」を日本に発信し続けている。著書に、『。韓国発! 日本へのまなざし』(文春文庫)、『ソニーはなぜサムスンに抜かれたのか 「朝鮮日報」で読む日韓逆転』『韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか』(いずれも文春新書)、『韓国窃盗ビジネスを追え 狙われる日本の「国宝」』(新潮社)などがある。
----------

(フリーライター 菅野 朋子)