富士の樹海に行くと磁石が狂うというのは本当なのか?






古くから、お正月の初夢として、「一富士・二鷹・三茄子(なすび)」を見ると縁起が良いとされています。



実は、これは江戸時代からある言葉ですが、その中でも一番縁起が良いとされるのが「富士山」の夢ですね。



しかしその一方で、富士山と言えば「富士山の麓(ふもと)にある青木ヶ原の樹海に行くと、方位磁針が狂って二度と出られなくなる…」といううわさも存在します。



きっと、こんな都市伝説を聞いたことがある人も多いと思いますが、これは本当に起こる現象なのでしょうか?



そこで今回は、このうわさの真相を確かめるとともに、なぜそのようなうわさが生まれたのかをご紹介したいと思います。





■N極が南を指す時代もあった?



そもそも、方位磁針はなぜ正しい方角を指し示すことができるのでしょうか?



方位磁針のN極が北の方角を指すことができるのは、地球全体が大きな1つの磁石となっているためで、北極付近にS極に相当する地点(磁北極)があるからです。



このような地球の磁気によって生じる磁界のことを「地磁気」といいますが、この地磁気の分布はさまざまな要因によって絶えず変化しています。



その変化には、短期的なものから長期的なものまであり、短期的なものとしては太陽から放射される電磁波の影響、長期的なものとしては地球内部にある金属を多く含んだ核の対流によるものなどが要因として考えられています。



さらに、ゆるやかな変化だけではなく、地球誕生から46億年の長い歴史の中では、「ポールシフト」と呼ばれる急激な地磁気の逆転現象(つまりN極とS極が反転する現象)も何度か起こっています。



つまり、方位磁針のN極が南を指していた時代が、過去にはあったわけです。



■地磁気の歴史が分かる理由



でも、なぜ過去にそのようなことが起こったと分かるのでしょうか?



実は、このことは火山が噴火したときに流れ出た溶岩を調べることで分かります。



溶岩は冷えて固まるときに、地磁気の影響により磁力を持って自らが磁石となりますが、これらを調査することで、噴火した当時の地磁気の状態を明らかにすることができます。



その調査結果によると、数10万年に一度のペースで地磁気は逆転していて、最近では78万年前にこの逆転現象が起こったことが分かっています。



■富士の樹海に関する都市伝説の真相とは…



さて、それではあらためて本題に入りましょう。



富士山と言えば、日本でもっとも標高の高い山(3,776m)であると同時に、現在も噴火活動を続けている国内最大の活火山としても知られています。



実際、1707年(宝永4年)の「宝永大噴火」など、過去幾度となく起こった大噴火によって、富士山の付近には大量の溶岩が堆積していますが、それらの溶岩は、ほとんどが「玄武岩(げんぶがん)」と呼ばれる種類の岩石で、その中には磁鉄鉱と呼ばれる磁性を持った鉱石を含んでいます。



そのため、きっと「富士の樹海に行くと方位磁針が狂う」といううわさも、富士山が噴火したときに流れ出た溶岩が磁石の性質を持つことで、方位磁針が正しく機能しなくなるということから生まれたのだろうと考えられます。



…とはいえ、実際に富士の樹海で方位磁針が狂うことはほとんどありません。



たしかに、これらの岩石は磁力を帯びていますので、方位磁針を近づけると、その影響で方位磁針がわずかに狂うことはあります。けれども、針がクルクル回り続けて、方位がまったく分からなくなってしまうようなことはありませんので安心してください。



樹海は足場が悪く、360度どこを見渡しても同じような景色なので、方向感覚を失ってしまい、道に迷って出られなくなってしまう人が多くいたのかもしれませんね。



■まとめ



「富士の樹海に行くと磁石が狂う」といううわさは真実ではないということがお分かりいただけたでしょうか。



きっと、富士山の噴火で流れ出た溶岩は磁気を帯びた磁鉄鉱を含んでいることから、それらの溶岩が多い富士の樹海では磁石が狂うという都市伝説が生まれたのでしょう。



けれども、地球誕生からの長い歴史においては、地磁気の逆転現象により、富士の樹海どころか世界中の至るところで方位磁針のN極が南を向くような時代があったわけですね。



(文/TERA)



●著者プロフィール



TERA。小さいころから自然科学に関心があり、それが高じて科学館の展示の解説員を務めた経験も持つ。現在は、天文に関するアプリケーションの作成や、科学系を中心としたコラムを執筆している。