巨人・阿部慎之助監督の長女が児童相談所に連絡し、警察が監督を現行犯逮捕した事件。みずからも家庭に児相が介入した体験をもつ藤井セイラさんは「監督の辞任会見がミスリードを誘い、監督復帰を求める署名など、被害を受けた子どもの立場に立っていないリアクションが起こっていることが心配だ」という――。

■「殴る蹴るはない」=暴行ナシではない

2026年5月25日19時頃、巨人・阿部慎之助監督(47)が自宅で18歳の長女の「襟元をつかんで投げ飛ばす」などの暴行を加えたとして、暴行容疑で現行犯逮捕された。

翌日の監督辞任会見では、被害者である長女の手紙が代理人によって代読されたが、「暴力に関しましては、殴る、蹴るなどといった事実はございませんでした」との冒頭部分を見出しにしたワイドショーやネットニュースが多く、それに誘導されて「暴行はなかった」「児相に相談は間違い」「大げさ」という誤解や、中には「長女がウソをついた」「児相が暴走した」などのデマが広がった。親の暴力に悩む子どもが、この風潮で相談をためらうようにならないか、強く懸念される。

手紙の「殴る蹴るはない」だけが拡散され、ミスリードを招いたが、この文章は、ある意味ではとても弁護士的な表現だ。「暴力に関しましては、殴る、蹴るなどといった事実はございませんでした」は法務的に読めば「暴力の種類としてはパンチとキックはなく、他の暴力はありました」の意味である。暴行は事実なのだが、さらっと目にすれば「暴力なし」と勘違いさせられてしまう。

■読売社説はハッキリNGを出した

他ならぬ巨人の親会社である読売新聞の社説や、巨人からスポーツ各紙に伝えられた内容にははっきりと「18歳の長女に言い返された。これに立腹し、長女の襟元をつかんで投げ飛ばすなどの暴行を加えた」とある。

読売新聞の社説の姿勢は明確で、「暴力を振るった事実は重い」「スポーツ界も、暴力や暴言、ハラスメントなどをなくすための取り組みを進めている」とする。プロスポーツはファンに夢を見せるビジネスであり、スポンサーもいる。巨人はイギリスに本社を置くDAZNと提携して配信も行っている。酔っての暴力となれば、球場でのアルコール販売や、酒業スポンサーとの関係にも影響しかねない。暴力根絶というスタンスを改めて明確にしたのは、当然のことだ。

読売新聞本社、東京都(写真=kakidai/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■オーナーが辞任を受け入れたワケ

また、巨人の山口寿一オーナー(69)もこう述べた。「私も監督を続けることは許されないと考えておりましたので、その辞任を受け入れた」「暴力を振るった、そして逮捕されたという事実は消すことができない。監督の暴力というのは非常に重い出来事でありますので、辞任は避けられない」。山口オーナーは読売新聞記者時代には法務省記者クラブでキャップ、常務取締役時代には広報・コンプライアンス担当を務め、法務とコンプライアンスに精通した人物である。

■娘の手紙を出し、バッシングを招いた

この点で、読売新聞と巨人の姿勢は「暴力根絶」とはっきりしていた。対照的に、他のニュースでは「涙の会見」「娘さんの手紙の冒頭」にひっぱられ、ミスリーディングとなる見出しも散見された。例えばこうだ。

長女からの手紙を代理人が代読 巨人・阿部監督が辞任会見“娘も高校3年生の年頃な子ですので、温かく見守って”(日テレ)
巨人・阿部監督が辞任 娘からの手紙も代読される「父との大がかりな喧嘩は初めて」「警察が来て驚いた」「すでに仲直りしています」(デイリースポーツ)
阿部監督 通報した長女は「けがの心配はご無用」無事を報告 SNS中傷・拡散行為に「控えてほしい」訴え(スポニチ)

■巨人軍には謝罪するが、娘には…

阿部監督が暴行をしたのに、「私の家族のトラブル」と呼び「娘を温かく見守って」というのは、娘が失敗したかのようにも聞こえかねない。非常に奇妙な表現だ。また阿部監督は「多くの野球ファンの方、プロ野球関係者の方、会社に多大なご心配とご迷惑をかけました」「伝統ある巨人軍の監督の名も汚してしまって、とても深く謝罪したい」と、"辞任"を謝罪しており、"暴行"そのものについては、説明や謝罪の言葉はなかった。

写真=時事通信フォト
阿部慎之助氏(右)による長女への暴行容疑に関する記者会見で、長女のコメントを読み上げる代理人=2026年5月26日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

そんなわけで、暴行事件にもかかわらず、“家族思いの父”を強調するようなエモーショナルで見出しがネットニュースには踊った。しかしなぜ、父の名声を慮(おもんぱか)る長女の手紙を、阿部監督は会見で公表したのだろうか。あのように長女が謝罪する内容を公(おおやけ)にすれば、誤解を招き、バッシングの矛先が長女に向くと容易に想像がついたはずだ。

3人いる子どもたちの学校生活や今後を思えば、被害者である長女が「公表してほしい」と頼んだとしても、テレビでは読み上げないはずだ。手紙の「父にはこのような声明はいらないと言われましたが」という出だしにも反している。巨人の法務・広報が管理する会見であったなら、子どもの人権に対する配慮が不十分だったといえる。

■志らくは「父親から野球を奪った」

阿部監督の涙の記者会見を受けて、二次加害ともいえる著名人の声も散見された。立川志らく氏は「ただの親子ゲンカでなんで職を失うことになっちゃうの?」「娘さんはまだ18歳」「父親の大好きな野球を人生から奪っちゃった」。娘のせいで父親が仕事を失ったといっているのにひとしく、二次加害に他ならない。阿部監督は自身の暴行と逮捕を受け辞任を申し出て、ジャイアンツは彼を慰留しなかったのだ。

■オスカー受賞監督が署名呼びかけ

映画『ゴジラ-1.0』(米アカデミー賞視覚効果賞)や『ALWAYS三丁目の夕日』で知られる山崎貴監督は「この事件はAIに惑わされる人類って意味でも、人間の力で元に戻さないといけない奴だと思う。何より、このままじゃ娘さんが深い傷を負うことになりそうだし。このオンライン署名に賛同をお願いします! 『阿部慎之助の監督復帰を求めます』」とXに投稿。請願署名を呼びかけ、3日も経たないうちに賛同者はなんと13万人を突破している。“娘さん”を慮るように見えて、実際には暴行の矮小化に見える。

「AIに惑わされる人類」というのは、長女がChatGPTに質問し、児童相談所という相談先を知ったことを示すのだろう。しかし、父親が有名人であるがゆえに容易に知人友人には相談できない高校生が、暴力をふるわれてとっさにAIに質問するのはおかしなことではない。むしろAIだったからこそ、原理原則に従い、相談者の安全を守る回答を示したともいえる。

阿部監督の復帰を求めるオンライン署名のサイトより

■「投げ飛ばした」だけでDVに該当

酔った180cmの元アスリートの男性に、女子高校生が襟元をつかんで投げ飛ばされれば(巨人広報による)、さぞかし恐ろしかったことだろう。児童相談所に相談どころか、警察に即通報してもなんらおかしくない。

「児相の暴走だ」「すぐ通報するなんて」などと児相を責める風潮もあるが、それは間違っている。過去のさまざまな虐待死を受けて児相の初動は早くなっている。

筆者は4年前に、子どもが夫に頭を叩かれ、自治体に相談したことがある。いろいろと聞き取りを受けると、自治体から東京都の児童相談所へと連絡され、児相から呼び出され、面会をした。もし出頭を拒否をすれば、児相が自宅にやってきたはずだ。

わたし自身、児童相談所など無縁の人生だと考えていたので「まさかこんなことで?」と当初は非常に戸惑ったが、職員さんたちは大人の都合ではなく「児童の福祉(子どもの幸せ)」を最優先に考えているのがわかった。子どもが親の顔色をうかがってウソをつかないように、子ども2人はそれぞれ別々にヒアリングを受けた。夫も別日で聞き取りを受けた。

■児相は心理士面談などフォローも

結果として児童相談所には「父親との同居では子どもの安全が確保できない」として別居を強く勧められたが、経済的理由からなかなか決心がつかなかった。日本には、虐待やDVで安全が確保できない場合に、加害者側を引っ越させる法律がない。夫婦で合意できなければ、被害者側が子どもを連れて家を出るしかないのである。

結局、母子で小さなアパートに引っ越し、児童相談所からは半年以上のフォローアップを受け、子どもたちは通所してそれぞれ臨床心理士のカウンセリングを数回受けた。3年経った今では、かつてと見違えるほどに子どもたちはのびのびしている。食欲も増して体つきもしっかりした。

叩かれたり怒鳴られたりすることがないという「心理的安全」がいかに大切かと思い知らされた。同居していたときの筆者は感覚が麻痺してしまっており、わかっていなかったのだ。今回のニュースを受けて「母親はなにをしていたんだ」という非難も聞かれるが、怒鳴る配偶者に逆らえなくなることは、残念ながら珍しいことではない。今では、チックや嘔吐など父親と同居中にあった子どもたちの症状はすっかり消えた。あのとき児相の介入を受けなかったらどうなっていたかと思うとおそろしい。

■48時間ルールで子どもの命を守る

自治体には、子どもに関する保護者のさまざまな行為について危険だと判断すれば、児童相談所への通報義務があり、児童相談所には「48時間ルール」がある。虐待だとわかる相談や通報があった場合、48時間以内に家族の構成員に会って実態を確認する。「首を絞められた」という、命の危険さえある緊急性の高い状態では警察につなぐのは当然だ。

相談時の話を「ウソ」「話を盛った」などとするネットの中傷も目立ったが、これらも被害者への二次加害にあたる。自分より身長の高い相手に襟元をつかまれ、持ち上げて投げ飛ばされれば、主観としては首を絞められた状態になるだろう。

■中畑清「娘の尻を叩きつづけた」

巨人OB会長である中畑清氏は「私は反抗期の娘の尻を『ごめんなさい』と謝るまで叩きつづけたことがある」「今はその娘家族と一緒に暮らしている。あの時があってよかった。阿部慎之助家も絶対やり直せる」とも語った。反抗期というからには10〜18歳頃を指すだろう。その娘の臀部を叩きつづけるのは、現在の児童相談所の基準では身体的虐待と見なされるはずだ。大人になった娘さんにも生活があるのに、なぜそんなセンシティブな話を公表するのか。

「あの時があってよかった」とあるが、体罰のおかげで現在の親子関係があるのではなく、過去には暴力をふるってしまったが親子関係は継続した、と考えるのがフラットな見方だろう。

読売新聞は「暴力根絶」を訴えているのに、体罰に慣れ親しんできた世代のOBは「体罰のおかげで教育が成功した」と勘違いをしている。これは典型的な「生存者バイアス」だ。ここにスポーツ界で暴力がなかなかなくならない深い理由があるのではないか。くしくも5月28日には、広島・広陵高校野球部事件の第三者委員会報告書が出て、部員間の暴力が「いじめ」だと認定された。野球界からの暴力の一掃を願う。

出典=厚生労働省

■虐待された子は「大丈夫」と言う

2018年の目黒区の虐待死事件では、5歳の船戸結愛ちゃんが亡くなる前に「もうおねがいゆるして」とノートに書いていた。阿部監督の記者会見と同日の2026年5月26日には、磐田市での父親による虐待死事件の公判があった。成人男性が2回殴っただけで肝臓がひどく損傷し、わずか3歳の男の子が気丈にも「大丈夫」といいながら亡くなっていったのだ。

多くの虐待において、親が悪いにもかかわらず、子どもは「自分が悪い」と親をかばい、「大丈夫だ」と健気にふるまうということを覚えておく必要がある。これまで多くの虐待死があって、現在の児童相談所の迅速な「48時間ルール」(虐待通報から48時間以内の子どもの安全の確認)の徹底がなされるようになった。そう考えれば、今回の件ではきわめて適切な対応がなされたといえる。

■相談や通報をためらわないで

子どもは生活基盤を親に握られており、家庭から逃げ出せない。また、暴力をふるわれても、親を「加害者」とすることには誰しも抵抗がある。ギリギリの状態になってやっとその葛藤を乗り越え、相談につながるケースは少なくない。

今回の阿部監督の会見や、13万筆も集まっている復帰嘆願署名の広がりで、「自分が相談すれば親に迷惑がかかる」といった誤解が広がることだけは避けたい。この件で家族を壊したのは、子どもではなく阿部監督である。

もし、親からの暴力に悩んでいたら、園や学校の先生、スクールソーシャルワーカーやスクールカウンセラー、子どもの人権ダイヤル、自治体の相談窓口など、さまざまな相談方法がある。最初に相談した所で話がうまく伝わらなくても、絶望せず、どうか勇気を出して他に相談してほしい。家庭内で暴力をふるわれて危険を感じたら、迷わず189(いち早く・児童相談所)や110番にかけてよい。

黄川田仁志こども政策担当大臣は、5月29日の会見で「もしお子さんが親からたたかれたり、嫌な思いをさせられたりして悩んでいる場合には、躊躇(ちゅうちょ)なく児童相談所に相談して」とアナウンスした。このことをメディアは繰り返し伝えていく責任がある。

出典=こども家庭庁

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藤井 セイラ(ふじい・せいら)
ライター・コラムニスト
東京大学文学部卒業、出版大手を経てフリーに。企業広報やブランディングを行うかたわら、執筆活動を行う。芸能記事の執筆は今回が初めて。集英社のWEB「よみタイ」でDV避難エッセイ『逃げる技術!』を連載中。保有資格に、保育士、学芸員、日本語教師、幼保英検1級、小学校英語指導資格、ファイナンシャルプランナーなど。趣味は絵本の読み聞かせ、ヨガ。
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(ライター・コラムニスト 藤井 セイラ)