じつは「核開発」だけではなかった…日本人の財布を直撃している「アメリカのイラン攻撃」の本当の標的

■イラン国内に増殖している「癌」
国内では行き場を失った国民の怒りが噴出し、国外からはアメリカとイスラエルによる容赦ない軍事攻勢が続く。かつて中東の雄として君臨したイランのイスラム体制は今、建国以来最大の崩壊危機を迎えている。
イラン経済が長らく停滞し、国民が困窮している理由を問えば、多くの識者は「アメリカによる長年の経済制裁」を挙げるだろう。だが、その説明は現実の半分しか示していない。制裁はあくまで「外傷」であり、イランを「死」に至らしめようとしているのは、その内部で増殖した「癌」である。
イランのイスラム体制は、国民に帰属すべき石油収入を横取りし、国民のための水インフラを食い物にし、国家の通貨価値を崩壊させることによって、その延命を図ってきた。イラン経済を絶体絶命の淵まで追い詰めた真犯人は、「革命の守護者」を自称するイスラム革命防衛隊(IRGC)である。
日本の報道では、「なぜアメリカがこれほどまでにイランに対して怒っているのか」という本質が語られることは少ない。それどころか、アメリカが理不尽に中東の秩序をかき乱しているかのような解説がまかり通ることすらある。
そのバイアスを排さなければ、現在進行形で起きている事態の本質は見えてこない。
■首都テヘランから水が消える
2025年の夏、イランの首都テヘランは「デイ・ゼロ(供給停止日)」の瀬戸際に立たされた。市内のダムや貯水池の貯水率は5〜10%という悲惨な数字にまで落ち込み、ペゼシュキアン大統領は「現在の水消費パターンが続けば、首都の機能を移転させる必要があるかもしれない」と警告を繰り返した。
事態は首都だけにとどまらない。南部の主要都市では週に2日しか水道水が出ず、テヘランの庶民街では、うだるような暑さの中、家族総出で給水車の前に数時間並ぶ光景が日常となった。
ここで直視すべきは、この「水不足」とアメリカによる経済制裁には、直接的な因果関係がない点だ。
■資源大国なのにインフラを維持できない
急激なハイパーインフレや通貨の紙屑化については、確かに「制裁の影響」と説明する余地があるが、蛇口をひねっても水が出ない、ダムが枯渇するといった物理的なインフラ崩壊までを経済制裁のせいにするのは無理がある。
テヘランの「水の出ない蛇口」は、現イラン体制が国家を統治する最低限の能力すら欠いていることを、何よりも雄弁に物語っている。多くのイラン国民にとって、日々の渇きは単なる自然災害ではなく、「腐敗しきった国家体制」そのものの象徴なのだ。石油埋蔵量世界第4位を誇る資源大国が、なぜ基本的な生存基盤である水すらまともに確保できないのか。
その謎を解く鍵こそが、アメリカがイラン、より正確には革命防衛隊を敵視する理由につながる要因だ。
■国家の表も裏も握った革命防衛隊
イスラム革命防衛隊は、1979年の革命直後、初代最高指導者ホメイニ師によって創設された。表向きの使命は、国軍とは別に「イスラム共和国の革命理念を守ること」にある。

だが、創設時の宗教的情熱は時間を経るごとに利権への執着へと変質した。現在、彼らは軍事組織という枠組みをはるかに超え、巨大なコングロマリット(複合企業体)として、イランの中に「国家内国家」を形成している。
その転機は、1988年のイラン・イラク戦争終結時にあった。戦後、膨大な数の除隊兵士と、戦時下で力をつけた工兵将校たちが行き場を失った。体制にとって、武装した失業者の群れは脅威でしかない。その受け皿として、1990年に最高指導者ハメネイ師が創設させたのが、革命防衛隊直属の建設部門「ハタム・アル・アンビヤ」である。
戦争中に橋を架け、塹壕を掘っていた将校たちは、平和が訪れると同時に、今度はダム、道路、パイプライン、空港、果ては地下鉄の建設へと乗り出した。その後30年余りで、この革命防衛隊系企業群は、イランのGDPの30〜50%以上を支配するまでに膨張したと言われている。
そして、建設、エネルギー、通信、農業、金融、さらには制裁逃れのための密輸ルートに至るまで、あらゆる産業に触手を伸ばす一大コングロマリットに成長した。
象徴的なのは2009年、イラン通信会社の株式51%を78億ドルで取得した件だ。これはテヘラン証券取引所史上最大の取引であり、民間の経済活動を革命防衛隊が完全に飲み込んだ事例である。
■「中国共産党のイラン版」
現在の政府予算においても、石油・ガスの輸出収入の50%以上が、直接革命防衛隊や治安機関に配分されている。国民の富が、国民のためではなく、体制を維持するための武力と利権に直結しているのだ。
なぜ宗教的イデオロギーを掲げる組織が、これほどまでに卑俗な利益追求に走るのか。
そこには、「革命を守るための活動資金を自ら稼ぎ出す」という欺瞞に満ちた正当化がある。やがて組織の維持、構成員への報酬、そして政治的な影響力のすべてが利権と不可分になり、誰にも止められなくなる。これはカトリック教会の免罪符販売から、現代の権威主義国家の構造に至るまで、歴史が繰り返してきた「腐敗の様式」である。
私たちは「革命防衛隊」という名称に惑わされるべきではない。彼らの実態は、軍服を着た巨大企業群の経営層であり、「中国共産党のイラン版」と解釈し直したほうが事態を適正に捉えられそうだ。
■石油・水・通貨を収奪するメカニズム
革命防衛隊が国民から富を吸い上げる装置は、主に「石油」「水」「通貨」の三つに集約される。
第一に「石油」だ。ハタム・アル・アンビヤは、競争入札という透明な競争プロセスを無視し、国家の主要プロジェクトを独占受注し続けてきた。アサルイェ・イーランシャフル間の巨大ガスパイプライン建設では13億ドルの無競争契約を獲得し、世界最大級のサウス・パルス・ガス田開発でも数十億ドル規模の契約を独占した。
これらの工事では工費が不自然に水増しされ、どれほど粗悪な工事であっても、革命防衛隊という聖域に監査の手が入ることはない。こうして得られた膨大な石油収入は、国民の生活水準向上に使われるのではなく、組織の維持費、そしてヒズボラ、ハマス、フーシ派といった親イラン武装勢力への軍事支援、年間推計11〜15億ドルへと消えていく。
第二に「水」である。革命防衛隊は今や「水マフィア」と呼ばれるほど、水インフラを利権化している。1992年に設立されたダム建設専門部門「セプサド」は、環境アセスメントを完全に無視し、各地でダムを乱造した。革命前にわずか20基余りだった大規模ダムは、今や数百基に増え、イランは世界第3位のダム建設大国となった。
■専門家の警告を無視し、塩問題を放置
だが、このダムの濫造こそが、川を干上がらせ、湿地を消滅させ、皮肉にも現在の深刻な水不足を招いた。その象徴的失敗が、カールーン川のゴトヴァンド・ダムだ。建設当時、専門家たちは「建設予定地に巨大な塩層があり、水質を破壊する」と警告したが、革命防衛隊と太いパイプを持つ業者は建設を強行した。
完成後は、予言されたとおりに塩が川に溶け出し、下流の広大な農地が壊滅した。総工費は当初見積もりの2倍、33億ドルまで跳ね上がった。
驚くべきは、この問題が10年以上放置されていることだ。なぜ解決されないのか。それは、問題を解決してしまうと「次の予算」がつかないからだ。水危機が続くことは、革命防衛隊という水マフィアにとって、「新たな対策事業」という利権を生むためのビジネスモデルなのである。
第三の装置が「通貨」だ。1979年の革命時、1ドルは約70リアルだった。それが2026年初頭には、1ドル=140万リアルを超えた。40年強で通貨価値は「2万分の1」にまで蒸発した計算だ。政権はこれを「米国の制裁による経済戦争のせいだ」と強弁する。
確かに制裁の影響はある。しかし、制裁が緩和されていた時期でさえ、リアル安は止まらなかった。真因は、革命防衛隊による「経済の空洞化」にある。石油収入の収奪、非効率な独占、密輸の制度化、そして規律を欠いた放漫財政が、イランという国家の経済的基礎体力を根本から蝕み、通貨の信頼を破壊したのだ。
■石油の売上を世界中のテロ組織へ送金
革命防衛隊の幹部や体制関係者は、現世的な欲望に忠実だ。
彼らは長年、ドバイの豪奢な不動産に資産を隠匿してきた。国際調査報道「Dubai Unlocked」によれば、7000人を超えるイラン関係者が、ドバイに総額約70億ドル相当の不動産を保有していることが判明している。幹部の子女がカリブ海の「ゴールデンパスポート(投資市民権)」を取得し、偽名で数十億円の物件を買い漁る事例も報じられている。

また、革命防衛隊にとってドバイは中東における「マネーロンダリングの中枢」である。中国に秘密裏に売却した石油の代金、すなわち人民元を、ドバイの両替商(サッラーフ)と非公式送金ネットワーク「ハワラ」を駆使してドルに変換し、世界中のテロ組織へ送金する。
ドバイは、いわばイランの石油収入を「浄化」し、テロの兵糧へと変える「巨大な洗濯機」なのである。
■「自分の財布」を焼いたドバイ攻撃
2026年2月28日、米・イスラエルの軍事作戦によってハメネイ師の死亡が報じられると、逆上した革命防衛隊はドバイを含むアラブ首長国連邦(UAE)に向け、165発の弾道ミサイルと500機以上のドローンを放った。超高層ホテル「ブルジュ・アル・アラブ」が炎に包まれ、ドバイ国際空港が損傷した。自分たちの個人資産が眠り、組織の金融インフラが置かれた都市を、自ら破壊した。

この行動はあまりに愚かだ。指導部が斬首され、情報部門が麻痺し、派閥抗争が激化した組織は、かつての精緻な戦略判断能力を完全に喪失していた。
世界を震え上がらせた精鋭軍「コッズ部隊」の巧妙さは、ガセム・ソレイマニという伝説的なカリスマ軍人と、彼が20年かけて築いた人間関係に依存していたに過ぎなかった。システムではなく「個人」に依存した組織は、カリスマを失った瞬間、自国を支える「財布」に火をつけるほどに劣化していた。
■国民が苦しむほど、革命防衛隊は潤う
ここまで読み進めた読者は、「革命防衛隊は、国家に寄生する既得権益集団ではないか」と感じるだろう。だが、政治学用語を借りれば、彼らは「寄生」よりもさらに苛烈な「捕食国家(Predatory State)」だ。
通常の寄生は、宿主を生かしながら養分を吸う。捕食は、宿主を弱体化させることそのものが、支配を強化するプロセスとなる。革命防衛隊は国家にとって明らかに後者である。
水が不足すれば、巨大なダム建設の口実ができる。通貨が崩壊すれば、闇の両替ネットワークを独占する革命防衛隊の優位性が増す。外資系企業が制裁で撤退すれば、空いた市場を「抵抗経済」という美名で革命防衛隊系企業が独占できる。国民が苦しみ国家が疲弊すればするほど、革命防衛隊の利権は拡大する。
この構造が最終的に自壊したのは、外敵の攻撃だけが原因ではない。宿主であるイラン国民を弱めすぎた結果、国家そのものの抵抗力が尽き果てたのだ。GDPの半分近くを掌握しながら、いざ実戦となれば、その防衛能力は驚くほど脆弱だった。
ハタム・アル・アンビヤーに蔓延する「工費水増し」「粗悪工事」の文化は、兵器開発や軍事訓練という、ごまかしの効かない領域にまで浸透していたのである。
■トランプ政権が潰したかった最大の敵
組織がガタガタになったイランは、4月に入るとアメリカ側に停戦を求め、2週間の限定的な停戦が実施された。一見、アメリカに勝ちを譲ったかにも見えるが、イランはホルムズ海峡を握り続けることで、実質的な主導権を手放していない。このしぶとさこそが、日本の電気代や物価高を長引かせている。
アメリカがイランを攻撃した最大の理由は「核開発の阻止のため」である。イランが核を保有すれば中東全体に核拡散が連鎖し、イスラエルの存在、ひいては世界のエネルギー秩序が根底から覆る。アメリカにとって譲れないレッドラインだ。
だが、トランプ政権が「最大圧力」と称して展開した制裁の本質的ターゲットは、この革命防衛隊という「収奪のコングロマリット」だった。
国民から奪った富を、自国のインフラ整備ではなく、中東全域を不安定化させるテロ資金に注ぎ込む。この構造は、人民を飢えさせてミサイルを撃つ北朝鮮と何ら変わりはない。
ベッセント財務長官は「イランの弱体化した経済を、再起不能なまでに崩壊させる」と公言し、石油密売網、ドバイの両替商、香港のフロント会社を執拗に潰していった。これは単なる嫌がらせではなく、テロの「兵糧」を断つための外科手術だった。
■「イラン国民を解放」が大義名分に
アメリカの怒りの正体は、イラン国民から収奪された資金が、ヒズボラやフーシ派を通じてアメリカの利益と自由航行を脅かしていることへの、戦略的な「憤り」である。トランプ大統領がこの軍事作戦を「イラン国民を解放するためだ」と称したのは、多分にプロパガンダ的ではあるが、ある一点において真実を突いている。
イラン国民が水不足に苦しみ、貯蓄を失い、職を失う一方で、その元凶である革命防衛隊が中東全域を火の海にしていたからだ。2026年1月に再燃したイラン国内の反政府抗議運動は、水不足と食料価格高騰が引き金となった。トランプ政権は、この民衆の悲鳴を軍事介入の強力な大義名分とした。
石油で収奪し、水問題でその無能をさらし、通貨崩壊で国民を追い詰めた。そして最後に、自分たちの生命線であるドバイを自らミサイルで焼き払った。革命防衛隊という名の「捕食者」は、宿主を食い尽くした後、ついに自分自身を食い始めたのである。
最高指導者アリ・ハメネイ師の死亡後、その息子であるモジタバ・ハメネイ師が実権を握りつつあるが、彼もまた「アメリカのない未来」を掲げて強硬姿勢を崩していない。トップの首がすげ替わろうとも、革命防衛隊が作った「捕食のシステム」は容易には解体されない。
豊かな歴史、洗練された文化、そして強固な産業力を持つはずのイランという国が、なぜこれほどまでの悲劇に見舞われなければならなかったのか。その答えは、国家を守るべき盾が、国家を食い物にする牙へと変わってしまったからである。
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白川 司(しらかわ・つかさ)
評論家・千代田区議会議員
国際政治からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。『月刊WiLL』にて「Non-Fake News」を連載、YouTubeチャンネル「デイリーWiLL」のレギュラーコメンテーター。メルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評。著書に『14歳からのアイドル論』(青林堂)、『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック)ほか。
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(評論家・千代田区議会議員 白川 司)
