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何度もレースへ立ち向かった不死鳥

「?」と名付けられたマノエル・メネレス氏の独自マシンは、性能が安定しなかった。1931年にポルトガルの首都、リスボンで開かれたレースは故障で不出場。他方、同年のペーニャ・ヒルクライムでは、アルファ・ロメオ6Cに次ぐ総合2位を獲得している。

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市街地コースのボアヴィスタ・サーキットで開かれたレースでは、平均時速115.31km/hの記録を残すものの、13周目でリタイア。ポルトガル版モナコ・グランプリと呼べた注目のイベントだったが、吸気バルブの不調が原因だった。


フェルコム・スペシャル(1930年/ワンオフ・レーサー)    マヌエル・ポルトガル(Manuel Portugal)

メネレスは翌1932年、ポルトガル語でフェニックス、不死鳥を意味する「フェルコム」へマシンを改名する。トルカ・メリー社製のシャシーとフォード・モデルAの部品を流用し、何度もレースへ立ち向かってきた経緯へ相応しいと考えたのだろう。

ブガッティ・タイプ35Bに勝利したフェルコム

かくして1932年シーズンは、リスボンのカンポ・グランデ・オシデンタル・サーキットで開かれたスピードトライアルで開幕。全長1kmのコースで平均速度を競い、「?」改めフェルコムは100km/hで優勝している。

2位に入ったのは、ブガッティ・タイプ35B。それより5km/hも速い記録だった。


リスボンのフォード・ディーラー前での記念撮影 ボンネットには沢山のトロフィーが    マヌエル・ポルトガル(Manuel Portugal)

6月下旬に開かれた、カンポ・グランデ・サーキットのイベントでは、友人ドライバーのエドゥアルド・フェレイリーニャ氏に代わって、ガスパール・サメイロ氏がドライブ。スタートからフィニッシュまでトップを守り、平均速度100.2km/hで勝利している。

この頃には、フェルコムの知名度は急速に高まっていた。スポンサーが集まり、現在のモービル、ヴァキュームオイル社は広告へ起用。リスボンのフォード・ディーラーは、これまでに獲得したトロフィーを長いボンネットへ並べ、PRへ利用した。

2019年まで放置状態にあった

1932年のヴィラ・レアル・サーキットでのレースでは、サメイロがフェルコムを駆り2位でゴール。他方、ペーニャ・ヒルクライムではフェレイリーニャが3位を奪取するものの、続くボアヴィスタでのレースはリタイアに追い込まれた。

性能の不安定さを痛感したフェレイリーニャは、エンジンを分解。フォードAシリーズ用のミラー社製オーバーヘッドバルブ・ヘッドにより、圧縮比が異常なほど上昇していたことが、原因だったようだ。


フェルコム・スペシャル(1930年/ワンオフ・レーサー)    マヌエル・ポルトガル(Manuel Portugal)

その後フェルコムは売却され、エドゥアルド・カルヴァーリョ氏が購入。ボディは新調され、1933年から1935年まで複数のレースへ挑むが、望み通りの戦果は残せていない。

以降の履歴は断片的にしか残っていないが、現在のボディがカルヴァーリョ時代のものなことは間違いない。2019年にポルトガルのカーマニア、ペドロ・フィリペ氏が入手するまで、放置状態にあったという。

いかにも戦前のレーシングカーらしい優雅さ

彼は、排気量を3.3Lから3.6Lへ拡大。2022年にフランスで開かれた、ヴィンテージ・リバイバル・モンレリーへ参戦している。ポルトガル以外で開かれたイベントへ加わったのは、94年に及ぶ同車の歴史で初めてとなった。

ブルーのシャシーへ載るホワイトのボディは、メネレス時代の無骨さとは異なる、優雅さを漂わせる。同時期のブガッティなどへ通じるスタイリングといえるが、低く構えた無駄のない面構成は、いかにも戦前のレーシングカーらしい。


フェルコム・スペシャル(1930年/ワンオフ・レーサー)    マヌエル・ポルトガル(Manuel Portugal)

運転席は座面が低く、4スポーク・ステアリングホイールを抱えるように握れる。足もとは広く、ペダルの配置は現代のクルマと同じ。ダッシュボードはアルミ製で、速度と油圧、水温、充電計のメーターが4枚並ぶ。スイッチもいくつか。

ほぼ水平に伸びる3速MTのシフトレバーは、長さが600mmほどはあるだろう。エンジンを始動させると、サイレンサーのないエグゾーストから、4気筒の破裂音が豪快に放たれる。一帯の空気を震わせ、町民の視線を集める。

今も確かな驚きを与えるポルトガル最古のレーサー

ステアリングホイールの向こうには、金属製のディフレクター。正面の視界は、正直良くない。現オーナーのフィリペは、ブレーキの調整が完璧ではないと説明するから、慎重にフェルコムとの距離を詰めていく。

タイヤのキャスター角が強すぎ、ステアリングはかなり過敏。エンジンのトルクは想像以上に太く、アクセルペダルを迂闊に踏むと、3速でもリアタイヤは空転したがる。山間部に広がる町道を、積極的に駆け登れる。


フェルコム・スペシャル(1930年/ワンオフ・レーサー)    マヌエル・ポルトガル(Manuel Portugal)

フィリペは、このクルマへ情熱を惜しみなく注いでいる。メカニズムの状態を整えて、2026年のヒルクライム・イベントで、筆者を再び招いてくれるらしい。

2025年のカラムロ・モーターフェスティバルで注目の的になった、ポルトガル最古のレーシングカー。もうすぐ100歳を迎えるマシンが、この土地のモータースポーツ・ファンへ今も確かな驚きを与えていることを知ると、なんとも感慨深い。

協力:ペドロ・フィリペ氏、キャラムロ・モーターフェスティバル
撮影:マヌエル・ポルトガル(Manuel Portugal)